加藤健一演出「コミック・ポテンシャル」
近未来のテレビドラマ製作現場。かつては名監督として名を馳せたチャンスは、落ちぶれて今ではロボット(アクトロイド)が演技する昼メロのディレクターに成り果てていた。そこへ、脚本家志望で、チャンスに憧れる映画青年・アダムが大富豪の叔父のコネを使ってやって来る。チャンスには鼻にもひっかけられないアダムだが、アクトロイドのジェシーと話すうちに彼女の中に隠されたコメディエンヌとしての才能に惹かれていく。ロボット娘と御曹司の禁断の恋の行方は?
カトケンのコメディというから期待していったら、主役はむしろアンドロイドのジェシーで、カトケンの出番が少ないのがまず不満。そしてジェシー役の加藤忍の演技が巧すぎて、笑うというよりはアンドロイドとしての悲哀の方が強く印象的。あっ、なんだっけ、北島マヤが笑わせないといけないのに観客の涙を誘ってしまったうすらバカの役かなんかあったよね。ああいう感じ? 加藤忍、舞台荒らし? 恐ろしい子…!
しかも、ジェシーの、機能が追いつかずたどたどしいところをアダムが純粋な少女だと勘違いして惚れ込んでいく姿が、正直キモ…いや、ヤバ…いやその、現代社会への鋭い風刺を感じたりしたのだった。マルチたん萌えのゲーオタとどう違うのか…細見…。細見だけになおさらに…(こらっ)。
何だか何かと消化不良な作品だった。実はチャンスがアダム&ジェシーともう一度コメディ作品を作って返り咲く話かと途中で期待してしまったので、その後の展開が全部私には「? あれれ?」だったというところもある。芝居の途中で「こういう話だな」と先入観を持つのが一番いけないのよね…。というわけで、カトケンファンとしては次回作に期待。
山田和也演出「イット・ランズ・イン・ザ・ファミリー〜パパと呼ばないで!〜」
クリスマスも間近いある日のロンドン。医師のモーティマーは権威ある講演のスピーチを控えて最後の仕上げに余念がない。この講演を無事にこなせば、昇進、そしてサーの称号も夢ではないとあって、愛妻ローズマリーも期待に胸を膨らませている。そこへやって来たのは、元看護婦のジェーン。以前は不倫関係にあった二人だが、実はその時に子供が出来ていて、十八歳になるその子が父親を捜してこの病院に乗り込んできているのだという。同僚の医師ヒューバートを巻き込んで、何とか言い逃れをしようと嘘に嘘を重ね、深みにはまっていくモーティマー。スピーチの時間が刻々と迫る!。
幕が上がるまでに下手なコーラスを四曲も聴かされる。更に劇場のサイズにしては仰々しいネオンを延々と拝まねばならず、観客の心を全て手放してから始まる。大丈夫かこの芝居。何考えてんの山田和也…とイライラさせられたが、いやいや、始まってしまえば面白かった。何しろ物凄ーく引いたテンションから入っていくので、軌道に乗るまで若干かかるのだが、15分目くらいから凄くいい。特に近江谷太郎ちゃん扮するヒューバートの活躍が凄い! 見終わってから「太郎ちゃん、やったな!」と快哉をあげた。
そもこの芝居、上川と太郎ちゃんが「四十までに一緒に何かやろう」と言って始めた企画にパルコが乗ってきたらしい(演出も太郎ちゃんにさせれば、最初に四曲も聴かずに済んだんじゃないのかとチラリと思うが…)。おかげでキャストが豪華になった分、太郎ちゃんの名前の順番はずいぶん後ろになってしまったのだが、いやいや彼と上川がこの芝居の主役であった事は間違いない。二人の絡みは絶妙! 「敵は拳銃を持っている」「僕は饅頭を持っています」を彷彿とさせるナイスコンビネーション。そして太郎ちゃんの一人ミュージカルは最高だった。私の中で十指に入る怪演だ! とめさんの一人ジャズセッション(飛龍伝)に迫るよ、太郎ちゃん!
劇場では初めて観たのだが、羽田美智子も無難にこなしてチャーミングなローズマリー。出番が少ないにも関わらず、彼女に魅力がないと締まらない脚本だっただけに、好感が持てて良かった。でも何より、上川と太郎ちゃんなんだけどね。この豪速球を、アイツなら受け止められる、と上川が思いっきり投げているのがわかるし、太郎ちゃんが思いっきりホームランを打ち返しているのがわかる。それを二人ともが喜んでいるのがひしひしと伝わってくる。「ナイスキャッチ! ヒューバート!!」には、タカヤの、この芝居をしている時の嬉しさや楽しさが全部詰まっていた。いいもん観たなって感じ。いつかこの二人で「ラン・フォー・ユア・ライフ」も観てみたい!
演劇集団キャラメルボックス「ブラック・フラッグ・ブルース」
事故により植物人間となり、脳神経をコンピューターに接続することによって宇宙船として生まれ変わったマリナ。娘の砂記がテストパイロットとして乗船する事に喜ぶ彼女だが、砂記はマリナが鬱陶しくてならないと言わんばかりのふくれっ面。船長の良介に「えこひいきするなよ」とたしなめられながらも砂記の事が心配でならないマリナだが、そんな彼女の元に救援を求める信号が入る。難破船から救出した二人組の正体とは…。
綾ちゃんファンの私は迷わずマーズチームを観劇。って言うかこれ、ヴィーナスチーム見たら、レイさんが怖くて夜中一人でおトイレに行けなくなります。ええ、ぜったい。
黒い衣装に身を固めた綾ちゃん、凛々しかったですね! 確かに身体の三分の二が脚でしたね! しかしマリナ=さつき・えりー、レイ=ぐっち・綾ちゃん…って、やっぱりさつきさん→えりー、ぐっちさん→綾ちゃんって路線ってこと? 劇団として? じゃ、これからも礼子さんはえりーで、綾ちゃんはバイオニックキョウコ? …ああいいさ! 上等さ! 二代目ぐっちさんになれるなら本望さ! …ただ、初代が絶対に引退しないんで、一生襲名出来ないと思うけどな…。
本作は、キャストがみんな好きな感じの役柄にピタッとハマっていて良かったなと。私はさつきさんとおっかー、というカップル構成が好きなのだ。さつきさん可愛くて、マリナ見ている間じゅうずっとニコニコ。大内のダイゴってどうだろうと思ったけど、ヘタレ具合が、はっちゃけたアラシといいバランスだった。新人も急に育ってきたね! 期待の成瀬・佐藤がついに二人ともいなくなって、畑中くん一人でどーなるの?! と思ったら、左東くん、筒井くんともにいい感じ。特に筒井くん。今まで誰も狙う事のなかった二代目だっちの輝かしい候補がついに現れた…?!
ロビーにて「ドルフィンチームが見たかった」と言いながら、何故かビートルチームの「ナツヤスミ語辞典」を購入。理由。「出番の多い綾ちゃんより制服の綾ちゃん!」私はファンとして女として何か間違っている。ああ綾ちゃん…。
後藤ひろひと脚本・G2プロデュース「MIDSUMMER CAROL〜ガマ王子VSザリガニ魔人〜」
両親が郊外に引っ込んでしまい、気ままな一人暮らしを楽しもうと思っていた浩二だが、目障りなのは押入の仏壇。処分しようと考えていたところに、奇妙な老人が現れ、浩二の大伯父だというその仏壇の主の思い出を語り始める。嫌われもののクソジジイだった大貫老人が、丘の上の病院で過ごした夏の日々。一人の女の子との出会いが、老人の心にもたらしたものは…。
「鈍獣」が発表されるまで、今年一番の楽しみだった本作。激戦必至と思っていたのに、なんだかやたらとチケットが余っている様子で「え…もしかして、大した事、ない…?」と急に不安になったが、いやいや、さすが大王。すみません、もう目から汗がとまらないんで、休憩時間に照明つけるのはやめてください…というくらい泣いた。
泣けば名作か、というのは必ずしもそうではなく、私はキャラメルの「クローズ・ユア・アイズ」で号泣した女だが、じゃああれは傑作かと言うとあちこち荒削りなところは目立つ作品であった。ただ、登場人物がひたすら愛しかったので泣いた。ストーリーが優れている名作と、キャラ萌えの良作があるという事だろう。してみると、本作は大貫萌えの部分が大きかった。全ての涙は大貫の為に…。ハセキョー? みったん? そんな人いたっけ? というくらい大貫役の木場氏が持っていった芝居だったな。
ハセキョーとみったん(みったんって言うな)は、あんなに忙しいのにどうやって芝居の稽古なんてしたんだろう…と思ったら「ああ、忙しい人でも参加出来る芝居だね」って感じでG2の苦労が忍ばれた。テレビの人気者が舞台に来ると、どうしても見る側の目は厳しくなるわけだが、まあそのせいでかハセキョーはなかなか…惜しかった。みったん(だからみったんって)はわかりやすくやりやすい見せ場があるので出番が少ないなりに、印象的にビシッと決まったのだが、ハセキョーは見せ場の一喝の声が浮いたり噛んだりで、この役、別の女優だったらもっと良かったんじゃないの? と身も蓋もない感想がチラリ…。
逆に舞台女優の底意地を見せたのはカトリーヌ。か、カトリーヌどこまでいくの。凄いよこの人。止められないよ。みったんの見せ場が霞んでしまいそうです。
キャラ萌え作とは言ったが、「本当の結末」は大王ならではの一撃だった。あの人はあれでどうだったのだろう…あの人はそれで満足だったのかな…とつらつらと考えるにつけ、道歩いているのに涙が出そうになって困った。思い返すと懐かしいほどの切なさが残る。夏休みのない私には、いい夏の思い出が出来たという事だろうか。ごめん今ちがう涙が出そうになった。
鈴木聡脚本・ラサール石井演出「燃えよ剣」
幕末の動乱。小石川の試衛館道場から、盟友・近藤勇を信じ、剣士として生きる道を信じて京に上り、新撰組の鬼の副長としてその名を轟かせた土方歳三の半生。
何コレ。「燃えよ剣」ってこんな話だったっけ? と、傾いた首がファイテンのRAKUWAネックレス(効くのかな)をもってしても元に戻らなくなる怪作。シリアスな場面の方が数える程という、新解釈のお笑い新選組。これは原作は司馬遼太郎じゃなくて、鈴宮和由とか果桃なばことか、そういう代物なんじゃ…。燃えよ剣って言うより、萌えよ剣? シリアス路線で奮闘していたのは土方と七里だけで、近藤勇はラサール石井のキャラそのものである。ラサール編集長には毎朝、朝刊ウォッチでお世話になっているから嫌いではないが、しかしこのラサール勇のどこにどう土方が惚れ込んでここまでやって来たのかさっぱりわからない。終始一貫陽気なバカ殿。見せ場なしの局長であった。
そんな太平楽な近藤に対して、土方も善人度が高く、あまり鬼の副長らしくない。これだったら「俺達は志士じゃない」の土方の方がよっぽど非情な感じがする。キャラメルよりぬるい新選組ってどうなんだろう。ラサール石井は、さして新選組が好きではないのだろうか…。成井豊が憤死して、和月伸弘が頓死しそうな「燃えよ剣」。確かに、三時間半もの間、あの世界にどっぷり浸かるのは重いかも知れない。少々の息抜きは必要かも知れない。しかし本作の場合は、シリアス部分がギャグの息抜きの様なものだった。一幕を見終わった時点で「ねえ、このままじゃ沖田総司がただの陽気なバカじゃない? これから変わるの?」と観劇二度目のえんりさんに言ったら「あー、ねえ…」と言葉を濁していたが、全幕見終わった時点での感想は「陽気な病気のバカ」だった。これなら「とってもひじかた君」の沖田総司の方がよっぽどクールである。
数少ないシリアス場面の上川隆也は良かった。彼だけが一生懸命「燃えよ剣」をしていた(残りの人は「お江戸でござる」だった)。でもちょっと可愛すぎたかなあ。演出がダルく、最後の最後に「土方歳三の人生とは…」とこれまでの粗筋をナレーターが喋り出すJACの「HIJIKATA」は、見終わった当時「なんだこりゃ!」と噴った思い出があるのだが、今となってみては名作に思えるから不思議だ。JACのHIJIKATAに上川が出てくれれば良かったのに…。そう言えば横山の芹沢鴨は良かったよな…。
そうですね…ある意味、一番凄い演出だった山南(でもここは結構好き)の羽場裕一は良かったです。あと七里と藤堂はシリアスパートで頑張ってくれたので好印象。そして初めて髪のある(ヅラだけど)山内くんを見ました。まともなハンサムなのにびっくり。周囲の席の女の子が「ね、佐之助カッコ良くない? 彼もタカヤっていうんだ!」と恋に落ちていたが、彼女達はそのうち山内くんの真実を知るだろう。唐橋充はパンフレットを見て「出てるんだ!」とびっくりしたが、名も無き雑兵の役ばかりだったので世間の風って冷たいなあと思った。頑張れ特撮イケメン。いつか沖田になる日まで。
日本人は判官贔屓だ。新選組が愛されるのは、彼らが沈みゆく船に最後までしがみついた哀れなラスト・サムライだったからだろう。断崖しか待たぬ道を、信念を持って突き進んだ男・土方歳三。その凄烈な人生は…もうちょっと凄烈に描いて欲しかった気もする。オタクのささやかな主張だ。お雪さんに関して、歯に衣着せぬ感想を述べれば、得体が知れなくて薄気味悪かった。
マキノノゾミ脚本・山田和也演出「浪人街」
尊皇、攘夷と徳川の治世が揺らぎ始めた幕末の世。江戸に溢れた浪人達は、刀を捨てるでもなくしかし仕官する先も見つけられず、その日その日を呑んだくれて暮らすのがせいぜいだった。居酒屋「いろは」の看板娘・お新の間夫もそんな浪人の一人。荒牧源内なるその男、剣の腕は一流だが人間としては最低。お新に貢がせて自分は酒に溺れ浮気三昧。お新に思いを寄せる純情な侍・母衣権兵衛は気が気じゃない。気ままだが先のない日々を過ごす浪人達。そんなある日、いろはの主の藤兵衛が巷を騒がせている夜鷹殺しの下手人を目撃してしまい…。
私は面白かったのだが同行の友人にも前の席の女の子にも評判が悪く、多分頭がカラッポな人向けの痛快娯楽大作。まず劇場に入ると、最前三列の椅子の上に置かれたビニールシートが怪訝な感じ。これは「水や血糊が飛ぶので、それを防ぐため」というスプラッシュマウンテンの雨ガッパみたいなものらしい。私の席はギリギリでそのシートのない四列目。ちょっと! 三列目まで飛ぶかも知れないものが、四列目まで飛ばないっていう保証はどこにあるの! とビクビク。
前の人には「ここの場面は要注意」という注意書きが渡されるのだが、私たちにはそれがないので用心ポイントがわからない。前列の人がシートを引き上げるたび「来るのか?! 今か?!」といらぬ緊張が走った。
でも結局、血糊どころか、水一滴かからないまま一幕は終了。前の席の子がいなくなったところで注意書きをこっそり盗み見ると、一幕の要注意ポイントは遠くの方で水に浸かったキャストが、舞台を駆け抜ける場面だったらしい。なんだ、あんなの全然大した事ないや。「これだったらPLAYZONEの最前列でヒガシが回転する時にビニールシートが欲しいくらいだよ」などとすっかりタカをくくっていたのだが…。
ビニールシートはさておき、本編。女優陣が松たか子、田中美里と、よくもまあこんなに「何をやっても」な役者ばかりを選んだものだが(田中美里に関しては本当にそう思うのだが、松たか子は化ける事があるのだろうか。私が見るときはいつでも、どこか品のあるおきゃんな娘…みたいな役が多いのだが。演出家や観客が彼女にはそれしか求めないから、必然的にそんな芝居ばかりになるのだろうか。「おはつ」はどうだったんだろう)、男優陣は今をときめく唐沢寿明、中村獅童、そんなにときめいていないけど私は大好き伊原剛志と、旬な男前ばかり。食い詰め浪人だけに、荒々しく野蛮でだらしがないのだが、イケメン具合と相まって適度に薄められたレディース仕様。女性の方にもあっさりとお召し上がり頂けます。
「女性向けな男臭さ」で、馴れ合いもせずかと言って本気でやりあいもせず、バカばっかりの三人を見ているだけでも十分楽しい。私は、舞台の唐沢寿明は「カノン」以来で、あの凄烈な迫力を忘れられず期待満々で来たのだが、荒牧源内という男は終始一貫のらりくらり、飄々としているので(今、凄い的確だけど嫌な喩えを思いついた。荒牧ってダグラス・カイエンみたいな男って事か)情熱を叩きつけられる様なあの感動は得られなかったのだが。でもカッコ良かったよ。「荒牧源内何にもねえ」の啖呵は青山劇場の柱で見て以来、どんな場面で使われるんだろう、どんな威勢のいい台詞なんだろうと思ったら、ああ落とすとは思わなかった。やられた、と思った。
伊原はぺっこりお辞儀するのが凄く可愛い憎めない男。獅童は一番大暴れする一番の儲け役。「大きな赤ん坊みたいな男」と言った母衣権の台詞をよく表現していて気持ちよかった。で、ビニールシートがその本領を発揮する大立ち回りの場面。いや、これなら確かにビニールシートは必要です。四列目でも保険として持っていたかったです。派手な水飛沫と噴き出す血糊。真っ向から鮮血を浴びる唐沢寿明は…やっぱりカッコイイ。日本の男の究極のエロティシズムって日本刀と着流しと血しぶきかも…(健さん?!)と惚れ惚れ。あら、同じような事を伊原がやってもさほどでもないけれど…気のせいね、気のせい。
演出は山田和也なのに、それっぽくないなあ(むしろマキノノゾミっぽい)と思っていたが、槍部隊の群舞を見た時「出たー、山田和也ー!」と何だか納得してしまった。音楽は世界の坂本教授らしいのだが(主題歌だけらしいのだが。って、どれが主題歌?)キメキメの場面で颯爽と荒牧が現れた瞬間のイントロが、何だか「渡る世間は鬼ばかり」の主題歌のイントロにそっくりで、うっかり笑うところなのかと思ってしまった。アホアホマン、た〜すけて〜。
役者の数は限られているわけだから、切られても切られても斬られる雑兵の皆さんを見ていると、ついつい銀ちゃんの「ブッ叩かれて五百円、蹴っ飛ばされて八百円」を思い出すのだが、どれだけ斬られても死なないところはつか劇と同じなれど、その彼らが「行け!」「大丈夫か!」「駄目だ!」「うわあー」とあっちこっちで細かい芝居をしているのは珍しい演出。一人一人に咆吼しながら斬りかかる様な見せ場が結構あって、まあ毎日毎日血まみれ水まみれでぶっ殺されるなら、こんな一瞬のカタルシスでもないとやってる方もストレス溜まるよね、と変な福利厚生心が湧いてしまった。
升の方がてっきり重い役かと思ったら、意外と弟役の鈴木一真が持っていってしまったが、そんな升毅はセーラームーンのレイちゃんのお父さん役。美奈子の事務所の社長が成志で、レイちゃんのパパが升ですが。やっぱり四天王に粟根まこりんがいないのはおかしいと思います。。
劇団☆新感線「髑髏城の七人」
本能寺の変から八年。秀吉の天下統一を間近に控えたこの時代、しかし彼の支配の手が及ばぬ関東平野は未だ戦国の様相を呈していた。色街を渡り歩く浪人の捨之介はひょんな事から、関東で暴威を奮う謎の武装集団・髑髏党に追われている少女・沙霧を助ける。馴染みの遊郭のあるじ・蘭兵衛に彼女の身柄を預けるのだが、そこにも髑髏党の追求の手は迫る。髑髏党を率いる仮面の男「天魔王」によって、捨之介も蘭兵衛も、八年前に葬った筈の過去のしがらみに呑み込まれていく…。
面白かった。いんど屋敷もそうなのだが、私は結局こういう古田新太に痺れるらしい。本人は、いささか演じ飽きた感があるらしく、こういう女好きの2.5枚目には消極的だが、当たり役、はまり役というのは何度見てもいい。他のキャストもスパンスパンとキマっていて、アオドクロ公演が楽しみな様な不安な様な。新感線の髑髏城としての理想型がここにある以上、それを打ち破っていかなくちゃいけない高麗屋の荷は重そうである。
アカドクロチームは、古田とじゅんとのコンビネーション最高。アオドクロではだいぶ解釈の変わりそうな蘭兵衛をクールに熱演した水野美紀も、初めてカッコイイと思った。ごめん。本人が「アクション女優!」というプラカードを振りかざして奮闘する中、なんか最初の頃の「お人好しで不器用な清純派キャラ」の印象が抜けず、ぼけーっと観てきたけど、初めて強さと凛々しさと女の美しさを存分に発揮している姿を拝んだ。
そして善ちゃん! アカドクロのチケット発売の頃、私はなんだかバタバタしていて、ともかく「古田の出る方! そっちとっといて!」みたいな勢いでいくらさんに任せっきりだったので、他のキャストは全然知らなかった。ともかく赤には古田とじゅんが出るというので「もう、そっち!」みたいな。そしていざ新国立に行ったら水野美紀が、坂井真紀が。へえー…と思っていたら、善ちゃんが! ぜ、善ちゃん?! なんでいるの?! 善ちゃん、帰ってきたのかと思ったら、一応まだ留学中なんですね。本格復帰して大河にも出てくれればいいのにね。
俳優部門を設立したと息巻くJAE。看板女優・宮村優子は結婚・妊娠により早くも休業。期待の星・武智健二は出演予定作なし…と、何のための俳優部門で何の為のサイトの「武智健二速報コーナー」なのかまったくわからない。たけっちは「ドールハウス」に出演していたらしいのだが、サイトにその情報はついに載らなかった。速報コーナーはいつも空欄…。そんなJAEを影で支える男! 実働するミスターJAE・横山一敏! 今回も髑髏党ザコチームの中、たった一人だけ役名のある戦闘員として活躍していたが、しかし、横山は新感線の芝居で最後まで生きていた事があるだろうか…。新感線に限らず、彼が作中最後まで生きているのは珍しい気もする(つか芝居も大抵最後は全滅だし。JAE公演も大抵全滅だし)。同じアクション要員でも川原や前田は比較的最後まで生き残っているのだが…。頑張れ横山! ミスターJAE! 今回の彼はホースオルフェノクみたいでした。舞台の上で、規格外のでかさを誇っていてステキでした。何で横山ばかり今回はこんなにでかいんだろうと思ったら、インディがモヒカンじゃなかったからでした…。
脚本としては簡単な話なのだが、子分を思うじゅんの男気には泣いた…。ヒーロー側も七人、敵方も都合良く七人なので、七対七で対峙した構図を期待したのだが叶わなかった。あざとすぎましたか。そうですか。
生瀬勝久作・水田伸生演出「JOKER」
コント番組の収録現場。看板のお笑い芸人・小田切は最近落ち目になっていると陰口を叩かれつつも、まだまだ意気盛んでスター気取り。周囲もそれにへつらってばかりだが、番組のプロデューサーにインタビューをするためにやってきた若い雑誌記者は、自分の取材に来たのだと勘違いをする小田切に「お笑い芸人は嘘ばっかりでひとつも真実がない、くだらない」とにべもない。三橋というその青年の名を聞いた小田切は、ハッとした顔になり、自分の祖父と三橋の祖父が太平洋戦争の最中に運命をともにした戦友であった事を語り始める。
いかりやチョーさんが亡くなって、私が最初に思った事は「ああ、『JOKER』のチケットとってもらっておいて、良かった」という事だった。私は生きて動いているチョーさんを生で観る機会はなかった。せめてさんまちゃんは生で観られるわけである。やっぱり一流のエンターテイナーと呼ばれる人は一度生でその実力の程を観てみたい。そういう意味では、すこぶる満足させてくれた一作だった。
さんま演じる小田切さんはひたすらザ・さんま。視聴者や観客が彼に求めるものを惜しみなく与えてくれる。脚本もいい意味でひねったところがなく、変に通ぶったアングラさもない。すっきりと直球。それが気持ちよく面白い。予告されていた内容とはかなり違っていて、脚本の生瀬の苦労が伺えるが、ひたすらまっとうに勝負してくれた事を彼の才能として高く評価したい。
役者としてもやっぱりいいしね。生瀬の声は本当にいいね。ルックスは作中で小田切さんに「中途半端なんや! いいという程でもなく悪いという程でもなく、何もかも中途半端や!」と言われていた通りで、思わず「あー…ねえ…」と固まった笑顔のまま頷いてしまったが。
出演している役者がみんな、さんまちゃんが大好きで大好きで仕方がないのだという事がひしひしと伝わってくるカリスマ一座。新谷真弓、この前弓削くんと共演していたときと全然態度が違うんですけど…。
人気者を長く拘束出来ない為か、大阪東京合わせても二週間くらいしかやらないとあって、特に東京公演は客席に芸能人目白押し。ロビーでともさか夫妻を見かけ「頭ちっちゃ!」とか言っていたら、ちょうど私の前の席で、見やすいのなんのって。頭、人の半分くらいしかないんだから。と、言ったらいくらさんは「じゅんと古田が前にいたらこうはいかないよね」と言っていた。なんでじゅんと古田なんだ。って言うか、確かに新感線みんな頭でか…いや、まこりん! まこりんがいるだろう!(インディが来たら頭蓋骨の大小にかかわらず見られたものではないが)。
で、そのともさか夫妻に挨拶に来ていたすほうれいこ。あまりのオーラの薄さに、そこらへんのたまたま可愛い子かと思ってました。すみません。新谷真弓つながりだったんですね。
演劇集団キャラメルボックス「我が名は虹」
幕末の京都。新撰組の浪士・黒江に父と姉を殺された武士の娘・青葉は敵討ちを誓い、ひょんな事から知り合った浪人・亥三郎を剣の師匠と見込んで弟子入りする。争いを好まず、気の弱い亥三郎の幼なじみの鉄はそんな二人にハラハラするばかりで…。
「太陽まであと一歩」「彗星はいつも一人」と、期待していた割には今一歩に感じていたここのところのキャラメルでは久々のヒット。成井はパズル的にエピソードを組み合わせていく作品よりも、こういう風にスタート地点があって、ゴールに向かうだけの物語の方が最近は向いている様な気がする。って言うか、視点をあまり分散させないのは真柴さんの方の特徴?
まあ、内容の方はヒーローものといった感じで、カタルシスに向かって少々強引なところもあるのだが、ヒーローがうまくキメてくれればそれでいいかと。
いやもう菅野。何よりも菅野。以前、菅野はキャラメルでは珍しい「何をやっても本人(の得意系キャラ)」にならない役者だと言っていたが、今回もお得意の沖田総司とは違って、素朴で気弱で内に秘めたもののある「鉄」という男を非常に魅力的に演じきっていた。初登場の場面で「もぐら!」と言われていたが、そんな感じにのそのそ、うろうろしていた鉄さんが、クライマックスに向かって変化していく様は見事。でも結局は子狸さん(by西川)なんだけどね…。子狸さん、かわいくて。何をやってもなんだかかわいくて。なごみ系。いいなあ、ああいう人。菅野が良かっただけにラストシーンの人数の多さが惜しまれるが。なんであんなにみんないるのか。いっぺんはけろ、いっぺん。
菅野以外では…細見! どうしたの細見! 良かったよ! 登場時から声が良くて「ああ、まだ4月の前半だものね。まだ細見のスタートダッシュが効いている頃よね」と意地悪く思っていたら、もう神戸公演を終えた後だと言うじゃないの! カラータイマーが壊れたの? 細見! カトケン芝居に外部出演なんて、無理、ぜったい無理、と思っていたら…あら…これならイケるかも知れないわ…。すごい。がんばれ。細見。
おっかーは今回、久しぶりにいいとこなしの役。いや役として。演ってる方は結構楽しいかも知れないけど。役者としては、純粋な青年から、渋みのある役もこなせる様になってきて、順調に成長している感じ。さつきさん久しぶりにいい役で良かった。温井さんも声が可愛くて印象的だった。畑中くんも、甘いマスクの佐藤くんに比べてずっと顔が不自由だって言ってごめんなさい。ヅラで観たら気になりませんでした(もっと失礼だよ!)。
今回のパンフレットのテーマは「あこがれの人」という事で、ぐっちさんの言うあこがれの人とは誰なんだろう…としばらく考え、昨年結婚した女優と言えば「わかった! 聖子姐さんだ!」と膝を叩いた。なるほど、猛女、烈女に惚れる。ぐっちさんと聖子姐さんならお似合い(?)だ、と一人で納得していたのだが「昨年4月に結婚」だって。アレ。聖子姐さんは12月…。一体誰がぐっちさんの憧れの人であったのか。そしてぐっちさんに「幸せにしなかったらただじゃおかない」とまで言われている死に瀕した様なご亭主は一体誰なのか…。
そんなぐっちさんは珍しく台詞を間違えていた。「春枝さんはまだ十七」と言っていたが、妹の青葉が十七なのだから春枝さんはそれ以上の筈。でもそう言ったらいくらさんに「でもぐっちさんが十七って言うんだから、十七なんだよ」それは周りが引くしかない、と言われて何だか納得。いくらさんは立ち回りの時「おかみさん(ぐっちさん)がいつ脇差し奪い取って斬りかかるのかとハラハラした」とも言っていた。
いつでもパワー全開、ターボ爆発のぐっちさんこそ、女優としての好き嫌い以前に、人間として私の憧れの人なのかも知れない。
Studio Life「月の子」
200年に一度、月の人魚が産卵のために地球へとやって来る…。かつて魔女狩りの悲劇を生み出した人魚姫・セイラの子供達であるベンジャミン・ティルト・セツの三人も地球へ降り立つが、三人のうち女性化して卵を産む特権を持つベンジャミンは記憶を失い、人間の子供としてひょんな事からダンサーの青年・アートの部屋へと転がり込む。一方、ベンジャミンを疎んでいたティルトは、セツの命を救い、彼を女性化させる為に海の魔女と恐ろしい契約を交わす。青年実業家のギル=オーウェンとして再び地上に降り立った彼は、その野望のままに邁進する。
連載時、LaLaを買っていた覚えはあるのだが、途中から大して面白くもないと思って放り出してしまっていた「月の子」。原作を完読している知恵子さんやいくらさんに言わせると、舞台の方がまとまっていてわかりやすいらしく、なるほど、舞台は面白かった。清水令子も見開きで思わせぶりに月と魚と聖書の文句ばっかり書いていないで、焦らさずこういう話だと書いてくれればわかりやすかったものを。
しかし私は原作をどこまで読んでいたのか。ジミーといういつも赤面している半泣きの坊ちゃん刈りが、清水令子お得意の美少女に変身するのだけは覚えていたのだが、彼の慕っていた青年が「アート」という名前だということすら忘れていた。知恵子さんが前情報で「姜くん、アート役がわからないって泣きながらお稽古してるらしいよ」と言っていたのを聞いて「なんてかわいいの! 楽しみだわ、姜くんの美しいアート!」と期待していたが、どうも人魚のうちの一人だとでも思っていたらしい。開演してアートが登場した瞬間の心の叫び。「攻かよ!」。いえ、でも、アートの駄目さはいっそ受でした。ベンジャミン相手でも受です。私の中ではそういう事に決定しました。
「リリーズ」には出ていなかったので、私はライフのプリンセス・及川くんを初めて拝むのだったが、写真で見る限りあれだけ愛らしい彼がジミーの変なヅラのせいでまったく美貌のほどがわからず。しかも原作でも鼻につくジミーの鬱陶しい愛らしさがここぞとばかりに強調されていて(正しいジミー像なんだと思うが、要するに私は原作のジミーからして苦手なのだ)あんまり可愛いと思えなかったのが残念だった。ジミーのヅラ、今思い出して見てもテリーとドリーみてえ。
代わりにセツはとても可愛くていじらしい。ショナが惹かれるのもむべなるかな。って言うか、ティルトと言いショナと言い、ベンジャミンとセツ両方を知る人はみんなセツを選んでいるのだが…。ようやくショナと結ばれる時には、心の中でガッツポーズ。そうだ! ショナ! 行け! 男なら行っちまえ! B'zのLIVE
GYMもかくやという勢いで拳を振り上げていたら、物語は同時進行でベンジャミンの身に異変が…。待てショナ! イクな!
…私が心の中で、こんなに汚い事を考えている間も、ライフファンのお嬢さん達はハンカチを握りしめて号泣していました…。私はどうやってもライフっ子にはなれない魂の持ち主なのかも知れません…。
そうそう、ギル・オーエン。エリートの青年実業家で、ハンサムで、不治の病。そしてあれこれ画策してはツメの甘さと自分の甘さで追いつめられていく。凄くタイプでした。って言うか、二階席の端から見ればそりゃもう北岡先生さあ。ギルが倒れるたび「いやーっ、北岡先生死なないでーっ」と心で黄色い悲鳴。あんなに先生が守ろうとしている、ピュアなセツはゴロちゃんなのね…と切なさにハンカチを揉みしぼり、カーテンコールでは「ティルトとギルをもっとセツの側に行かせてあげなさいよ!」と憤っていたのだが、冷静になって考えてみるに、秘書なのだからリタがゴロちゃんだったのかも知れない。そう考えると切ないながらもハッピーエンド? ごめんなさい、私、ライフファンも「月の子」ファンもみんな敵にまわしてますね。孤軍奮闘です(しなくていい)。
作中、スペースシャトル・コロンビア号の爆発事故に関する話題があって、いくらさんと「あれっていつだったっけ?」「私その頃いくつだっただろう」という話になった時、私の返答は「中学の制服着てその頃のいきつけの本屋で『アーシアン』の一巻を買った覚えがある。あれの第一話はそのネタだった筈だから、私が中学生の時、約15年くらい前だろう」であった。渡辺淳一は人が自分の歴史を振り返る時、その時どこに住んでいたとか、何をしていたではなく、誰に恋していて誰とつきあっていたかが一番の指針になると言っていたが、私の目盛りは「どこの本屋でどんな漫画を買ったか」によるらしい。こんな私の星に200年後、人魚たちは帰ってきてくれるのだろうか。
G2プロデュース「仕方のない穴」
大昔に陥没した巨大な穴の中にある、まったく独自の生態系を調査する為にやって来たカメラマン、ライター、医者、通訳。彼らは穴の中の研究施設で生活するうちに、少しずつ変化をとげていく…。
サイトのアンケートで「奇面組の最終回以来の釈然としなささ」と言っていた人がいたが、釈然とはするけどオチていないというか。「あー、そういう話だったのか」とは思うけど、そこに至るまでの導かれ方が何だかフシギ。もっとこういう話? それともこういう話? と考えながら歩いていたところで、全然関係ない穴に突き落とされて終わった。もっと新本格派ミステリみたいな展開になるのかと思ったら、アラそっちに行きましたかと。
ホラーと言われていたが、いや〜な感じはするけど怖くはなかった。カイザ嫁の演技が、おかしくなる前からおかしいくらい怒りっぽかったので単調に感じた。でも松尾貴史が巧かったので悔いなし。終わってみると序盤の彼の台詞「気持ち悪いなあ…」は凄く効く。
ケラリーノ・サンドロビッチ脚本・カメレオンズ・リップ
稀代の「うそつき」だった姉のドナが失踪してから数年…弟のルーファスは父親の遺産として遺された谷間の別荘でひっそりと暮らしていた。少し前から、ドナによく似たエレンデイラと名乗る女性を住まわせており、手癖の悪い彼女が盗んで来たハンドバッグの中には大手化粧品メーカーの女社長とハリウッド・スターの密事の証拠があった。屋敷も抵当に入り、金策にあえいでいたルーファスはこれを使って女社長を恐喝しようと企むのだが、そこには彼を待ち受ける二重三重の罠が…。
脚本の仕掛けは本当によく出来ていて、見ているうちに誰が嘘をついていて誰が本当の事を言っているのかさっぱりわからなくなる。思い返してみても「あれは嘘だったのかな…いや、あの人の言った事の方が嘘?」とあちこち気になって、脳内パズルとして長く楽しめそうだ。
堤と生瀬は、今、若手では最高の舞台役者だと思う。見ていて実に気持ちいい。堤は体が動くし姿がいい。生瀬は洒脱で声がいい。うっとりと二人に見とれていると、ストーリーはどんどん破滅的な展開へ。
「この人はこういう理由があるから、おかしくなっちゃってこんな事をしたのかしら、それともケラさんにとっては演劇的にもう、人間ってこのくらいイッちゃうものだという事になっているのかしら」と首を傾げつつも、壊れ続けていく人々をぼんやりと見守る。毎日これをやるんだから、役者って体力いるなあ…。
生の芝居を見るのは初めてだが、深津ちゃんというのは、役柄が信用ならないからか芝居が感に障るのか、何だか見ていて居心地の悪い人だった。役柄のせい? 山崎一は「スラップスティック」に引き続き好演していた。
それにしてもケラさん、Bunkamuraの駐車場は10時30分に閉まるんだから、10時16分まで芝居するのカンベンして下さい。
岡本貴也脚本・森田空海演出 「日ノ丸レストラン」
第二次世界大戦に勝利したのは大日本帝国だった。占領国の人々は皆、日本語教育と日本国民的思想を叩き込まれ、試験に合格したあかつきには日本国民としての資格を手に入れる事が出来ることになっている。ここ、亜米利加・自給自足型日本語教育施設「敵刺(テキサス)」では、卒業試験を目前にして四人のアメリカ人が日々勉強に励んでいた…。
タイトルを見るたびに「失恋レストラン」が頭をよぎるが、内容は明るく勢いのいいコメディで面白かった。ねえマスター。
振り返ってみるとチューヤンとすほうれいこの役それぞれに「…どこがいいんだ?」「…なんであんな人なんだ?」という疑問は残るが、そんな変わり者の二人だからこそ惹かれあったのだろう…っておい、そういう解釈の為だったのか。
勿論弓削くん目当てに見に行ったのだが、彼は殆どSETの野崎かナイロンの新谷の舞台慣れした二人と絡むので(いじられる危険性はあるが)波に乗りやすく、演じている姿も楽しそうだった。何よりカッコ良くて! おばちゃんホワイトデーにサイン会行くから! おばちゃんホワイトデー予定ないから! 行くから! そう思うと「こんなカッコイイ男の子と握手するなんて…」と緊張で武者震いが走り、芝居の間中ずっとイメージトレーニングをしてしまった。にぎにぎ。
終盤、キャストほぼ全員が竹刀を振り回して舞台上を走り回るのだが、広くもないスペースで怪我のない様にこれをやるのは意外と大変だろうな…と考えるにつけ「『剣の舞』みたいだな」といらん事まで思い出してしまった。
クライマックスでのそれぞれの参戦表明の為に、それまでの人間関係を仕組み過ぎてたなというきらいはあるのだが、いやいや、仕組まれてもこれはやらないと。やっぱり気持ちいいからこういうの。幕切れも秀逸。原作は映画だったそうだが、うまく劇場の間尺に合わせた形に仕上げ直したものだと。
カニリカ作 「どれミゼラブル」
数多くの名優達が若かりし日にそこで過ごし、そこから巣立っていったという伝説を持つアパート・「コーポ・レミゼ」。ところが今は売れないアクション俳優から売れない歌舞伎役者、お笑い芸人、ミュージカル俳優…と家賃延滞記録連続更新中の冴えない住人ばかり。両親の愛したアパートを守ろうと健気に奮闘する大家の松子は、ついに新しい住人を迎える決意をする。まともな勤め人を期待したのに、やって来たのはまたしても俳優志望の青年で…。
落ちこぼれ集団の中に、夢に燃えるストレンジャーが飛び込んできて、最後には落ちこぼれ達も発憤し、全員が団結した底力を見せてカタルシスとともに終幕…という三谷幸喜的な展開を期待していたら全然そんな話ではなかった。
三段落ちのつもりなのか散弾銃のつもりなのか、最後はどすんばたんとねらい所のよくわからないオチが来て終わる。森山直太郎の今のキャッチフレーズは「起き抜けの革命家」だが、そんな感じで朝目が覚めて「あっ、今日から私、変わるかも!」と閃くのは勝手だが、それで周囲の人生まで右往左往させないで欲しいとは思う。でも家賃払ってない人に異を唱える資格もないんですがね…。
コメディだから退屈はしないが、最近ドリフのDVDを観てるせいで笑いのツボが80年代になっているのか、なかなか爆笑に至らずもどかしい。客席がどっかんどっかんウケていたのに乗り損ねて逆に退いてしまったのかも知れない。早苗ちゃんがカフェで注文する時に「ロイヤルミルクティー。ロイヤル多めで」と言った時の方が面白かったなあ…なんて思っていたらそれがツボにハマってしまい、思い出し笑いで笑い続けてしまった。何しに劇場まで行ってるんだ私は…。
相変わらず涼平さん目当てに行ったわけだが、私がもう少し彼を好きか、どうでも良い程度だったら、もっと面白い舞台だったろうと思う。彼だけ見ている分にはそれなりに楽しかった。
新春寿大歌舞伎 「鎌倉三代記」他
味方の敗色濃厚な中、母・長門の危篤を知って見舞に駆けつけた若き武将・三浦之介。彼を慕う時姫は喜ぶが、長門は戦場を抜けだしてきた息子を未練と責めて会おうとはしない。長門の容態は悪く、これが今生の別れとなろうからもう少し側にいてくれとかきくどく時姫に、三浦之介は足を止めるが、敵方の北条時頼が娘である時姫を妻にする事は出来ないとすがる手をすげなくふりほどく。
久しぶりに歌舞伎座に行ったらタイヤキが売っててびっくりした(昔は人形焼きだった)。
今月は凄くいい、絶対見ておいた方がいいと強烈に薦められたので慌てて観に行ったのだが、なるほど確かに。「鎌倉三代記」は何という事もない、せいぜい時姫のこしらえが可愛いぐらいだが(しかし歌舞伎とはどれもそうではあるのだが、あまりに無意味な脚色と強引な展開と偶然の連続に「歌舞伎ってグランセイザー…」と思った。「鎌倉三代記」、特に)、「二人娘道成寺」は素晴らしかった。
菊之助の花子が登場した瞬間は、なんてキレイなんだろう。若く美しい男が華やかな娘の姿になるというのはこれほど清冽なものだったかと舌を巻いたのだが、玉三郎の花子はその上を行く。菊之助の若さが持つ生々しさが、技巧と経験にオブラートされて本当に妖精の様である。それもふわふわと頼りないフェアリーではない。物凄く可憐で美しいが、ひとたび牙を剥いたら、命を奪われる様な強さと怖さを持った異形だ。女形だからか、清姫だからか、それとも女形とはすべからく清姫か。
まだ人間らしさの残る菊之助の花子が、玉三郎の花子に導かれて蛇の化身となっていく様で目が離せない。正直、こんなに道成寺が面白いと思ったのは生まれて初めてだ。今思い出してみても夢の様なひとときである。
玉三郎を観た事は何度もある。道成寺はもっと何度も観た。と言うかもう、何度も寝た。しかしこんなに驚かされた事はかつてなかった。人々が讃える玉三郎の芸が、今さら急に円熟した筈もないから、菊之助という若い役者と二人で踊る事によって、玉三郎が発憤したのと、菊之助の初々しさ、若々しさと対比させる事によって玉三郎の芸の深さが光ったという事だろうか。
続く「十六夜清心」は新之助がこれまた美しい。「武蔵」の時はさほどと思わなかったが、化粧して舞台に立った新之助の若さと美しさと色気たるや、確かに当代一である。絵の様に美しい。声もいい。時蔵には悪いが、十六夜より美しいのだからもうどうしようもない。新之助ファンが「あれだけの名門の家に、あれほどの才能を持った巳年の(巳年は役者の当たり年らしい)男の子が生まれたのはまさに奇跡!」「新之助は奇跡の子なのよ!!」と拳をふるわせていたが、確かに奇跡的な美丈夫ぶりである(でも、菊之助も同い年である。名門の家の奇跡の子と言えば菊之助も同様だと思うのだが…)。
私はそれほど盲目的なファンではないから、奇跡が永遠に続くとは信じない。男の旬は短い。男の子が一番綺麗なのは二十代のうちの四年間くらいで、あとはよほど本人が努力しない限り、ただのハンサムなオッサンになる。ただ、今の新之助は旬だ。今が一番美しい。今年の春には海老蔵を襲名するが、まさに輝く様な美しさであろう。冥土の土産に是非観たい。
何だかとっても眼福な新春歌舞伎でありました。
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