西鹿児島から青森までを時速500kmで爆走する夢の超特急「雷神号」。そのプレミアム試乗会で栄えある一号車に乗り込んだ12人の男女。番組レポーターから鉄道マニアの子供、イカれたコピーライターや空気の読めない登山家、一人でヤケ酒をあおる女…。曲者揃いの車内で次々と起こる大事件。恐怖と勇気を乗せてひた走る雷神号の行く先は…。
今年一番最初に観た芝居は「人間風車」だったが、奇しくも最後に見たのは同じキング&G2の「止まれない12人」であった。2003年を振り返ってみるに、ずば抜けて面白かったのもこの二作である。「人間風車」はホラーであるから、何度も見たい! というには、少々度胸と深呼吸を必要とするが、本作は文句なしに何度でも観たい傑作だった。
笑いあり涙あり。お涙頂戴というわけではなく、逆境にめげぬ登場人物達のひたむきな勇気に胸が熱くなる。個人的にはやはりキリヤマ隊長が好きだ。そしてキリヤマ隊長ならばキメてくれるに違いない! と期待していたところ、やっぱりやってくれた! 隊長、ステキです。「キリヤマ隊長に学ぶリーダーシップ」、やはり読んでおくべきでしょうか。あと車掌役の曽世くん。(車内での)ふっ飛び方が相当スゴイ。かの、ヴァリエ伯爵夫人とは思えない。ライフの底力見せつけてくれました。
脚本の後藤ひろひとが、私と同い年くらいだと言われたのでびっくりして「こんなに面白い芝居を描く男と同年代だなんて!」と畑&身分違いもはなはだしい割に、激しく焦った。それで調べたところ、大王は1969年生まれである。なーんだ、年上じゃん。ホッ。いや、だから何だって事もないけど、同い年の才能溢れるクリエイターってやっぱり焦るよな。ちなみにクドカンは1970年生まれ。今、そこらへんの人が輝く時代なんですね。1968年生まれの内海光司さん、いかがですか。
演劇集団キャラメルボックス「彗星はいつも一人」
上京して中学校の教師として働くヒカリ。彼女の元には毎年差出人不明のチョコレートケーキが届けられていた。ある年の冬、ヒカリは土方と名乗る不思議な男と出会う。ヒカリの事を子供の頃からよく知っているらしいのだがヒカリには彼の記憶がなく、郷里の幼なじみもそんな男は知らないと言う。ところが下関で一人で暮らすヒカリの祖母は、その男に心当たりがある様で…。
「レインディア・エクスプレス」の改訂版という事だが、「レインディア〜」を知らない私には何の思い入れもないので、些か散漫な印象。不老不死の男・北条雷太を主軸に、彼の武士としての祖国への思いと、不老不死の男の愛情と悲しみそれぞれを佐々木とナオを使って描いているらしいのだが、ナオの方では達観しているのに佐々木の方では昔の自分の振るまいにようやく気づいて憤る様な熱さを見せていて、悟っているんだかいないんだか。丸くなりすぎても面白くないのだろうが、140年かかって今の今までわかっていなかったというのも問題があると思う。
と、ここで「レインディア〜」の粗筋を見たところ、ここでの雷太は朝倉一族の節目節目に現れては助けてくれるサンタクロースの様な存在。こっちの方が良かったかな。粗筋で見る限りだと、こっち(レインディア)は現代の話の方が何だかよくわかんないけど。今回は、ヒカリ達の視点と雷太の視点との切り替えがうまくいっていなかった様に思う。
雷太は「徳造の事は俺に任せろ」と何度も言い、後々までその言葉に責任を感じているのだが、そもそも彼のその言葉の根拠がよくわからない。熟練の船乗りだから俺に間違いなどある筈がないという自信からだったのだろうか。だったら一言「彼の操舵術や潮を読む力は人並み外れていた」とかいう伏線があっても良かった気がする。いや、あったか? あったとしても弱い。北条雷太という男は非常に魅力的なだけにあちこち惜しい。
今回、キャストと役柄は凄く合っていて良かった。みんな十八番の役どころというか。西川は勿論、ぐっちさん、だっちは「もう、こうでなきゃ!」という感じ。ファンにはたまらないキャラメル祭。意外とさつきさんも儲け役だったし、細見も良かった。最初に彼が登場して語り出すところは、雰囲気があってこれからのドラマに期待がいっぱい持てた。でも途中で静枝ちゃんが狂言回しになってしまうので…語り部としても細見の存在価値ってなんだったんだろう…。最後に雷太が彼に告げる台詞は「そうかもしれないけど、えっ、そうなの?!」というとってつけた様な印象があったな。もっとパズルのピースが緻密に組み合わさっていたら凄く良かったのに、様々なストーリーの流れが交錯して堰き止められて終わった…という感じか。最近こういうの多い。「太陽まであと一歩」とか。
今回、私の大好きな前田綾ちゃんと、狂乱の貴公子・大内厚雄は一回お休み。と思ったら春公演でもお休み。良くなってきたと思った矢先に佐藤くんが役者をやめてしまったので、いないメンバーがいるとドキドキする。次回は菅野が復活で楽しみだけど。私は菅野はキャラメルでは珍しい「何をやっても菅野」にならない貴重な役者だと思う。勿論その役者の魅力に合わせて脚本を造っている向きはあるだろうし、西川なのに極悪人とか、ぐっちさんなのに風にも耐えぬ薄幸の女性とか言われてもこっちも困るが、それにしても「何をやっても××」な役者は結構多い。キャラメルのヒロインの傾向が似ているせいもあって、最近えりーにこのイメージが強い。おっかーが「裏切り御免」あたりからイメージ払拭中か。
次回作、粗筋に「一人の浪人が少女に出会う」とあるのに、主要キャストに名前の挙がってる女性陣はぐっちさん&さつきさんの最強タッグにえりー&おかうちさんの中堅どころ。思わず「少女がいません?!」と心ない事を呟いてしまったが…(ダブルキャストの温井さん、あおちひちゃんあたりなんだろうな)。
つかこうへい脚演「飛龍伝」
安保闘争激しい中、全共闘委員長に選ばれたのは東大の秀才にして四国の財閥の娘・神林美智子。作戦参謀・桂木の婚約者である彼女は、恋人の窮地を救う為、機動隊員を籠絡して11・26決戦の日の機動隊配置図を盗み出す事で取引をする。第四機動隊隊長・山崎一平と暮らすうちにいつしか彼に惹かれていく美智子だが、決戦の日は容赦なく近づいて来る。
振り返ってみると「発泡酒飛龍伝・端麗」みたいだった今回の飛龍伝。個人的な事情としては、ともかく見ている間中忙しくて忙しくて。メインの役者も気になるけど、JAEが見たくてたまらない。何よりたけっち(武智健二)をチェックしなくちゃ気が済まない。機動隊が出てくるたびに清家さんはどこ、全共闘が出てくるたびにたけっちはどこ…と同じようなジャージと制服の中目をこらした。しかもたけっちは脇にいるものだとばかり思っていたので「どこ、どこ、どこにいるの〜! あれがたけっち?!」と何度となく違う役者と勘違いをしては、かなりセンター位置にいたたけっちを見逃していた。
さすが春田純一なき後、みやむーと二枚看板という、無茶なのか本気なのかわからない位置に祭り上げられたJAE期待の星。がっちりセンターに這い進んだではないか。しかも何だか精悍になっちゃって。JAEの白百合改め、JAEの若獅子に改名。百合からライオンにって、どんな生命体なのかわかんないけど彼も。いやいや。いい男になりましたよたけっちは! タキシードで仁王立ちする姿に惚れ惚れ! パラダイスでの彼の華麗な姿が忘れられません。JAEでは珍しく顔がまともな(すみません)かわいこちゃんだとばかり思っていたのにこんなに立派になっちゃって。武智健二はこれからですよ! とは言え、作中では、アクションでは活躍したものの、役者としての見せ場は大学名からわかりきっていたオチで客席を掴んだ瞬間に終わってしまったが。元々声の低い子ではないが、黄色い声でがなりたてる妙にテンションの高い学生になっていた。ともかくアクション要員なので、やけにいい位置にいるなーと思ったら桂木を蹴り飛ばす為だったり、おっ、センターに来たなーと思ったら機動隊員に跳び蹴りしたり。嶋や武田が怒鳴っているのに飛び出して来てぶん殴るのはたけっちという、なんかそんな役どころだった…武智健二はこれからですってばよ!
そして横山のいない今回、JAE勢でもう一人注目なのは…出た〜! 次郎さーん! ダンスになるとたけっちの位置を確認した瞬間、私が次にすることは「踊っている次郎さんを一目でも見る」でした。でも次郎さんも機動隊側のアクション要員なので、なるべく舞台端にいて、すぐはけて次の場面の乱闘の準備、って感じの展開が多かったけど。次郎さん凄かったです。もしもし? トランポリンもマットもありませんよ? っていう場所で、あり得ない跳び蹴りしてました。さすがさいたまアリーナの二階から飛び降りる男。でも、移籍したとは言えキング春田も負けてはいません。脚を怪我している筈なのに、凄い殺陣見せてました。JAEはみんな化け物か。
で、JAEはひとまず置いといて、飛龍伝。久しぶりに山崎一平が戻ってきたのはいいが、なんだかあっさり風味。前回の劇画調の泊と神林に比べて、小さい二人がきゃきゃきゃ☆って感じの楽しそうな一平ちゃんと委員長。広末神林は…ジャージでちょこちょこしている彼女は可愛いなあとは思うんだけど、どうも女の子っぽさが抜けない。凄みがないだけに、ホントに四国の田舎から出てきた女の子が男達にいいように弄ばれて、最後は自分で自分の生き様に言い訳をつける為に革命を持ち出してきたって感じがする。神林美智子は桂木にクロムウェルコンプレックスの話を持ち出した時点で、少なからず革命運動に興味と理解と知識を持っていた様に思う。男達に利用されながらも、要所要所で、自分の生き様を押さえてきたように思うのだが、広末委員長は健気に不憫に流されるばかりであった。
そんな彼女が惹かれた山崎一平という男の暖かさ。つかは今回、筧が帰ってきたからにはもう安心とばかりに油断してやしなかっただろうか。一平ちゃんは確かに魅力があるのだが、それは筧の魅力であって、山崎一平という男が愛嬌以外に、人間として魅力があるかどうかを描くのに言葉足らずの部分があった様に思う。機動隊員達が隊長に心酔しているのは、何しろ「バカばっかの機動隊」であるから、どうも信用ならない。今回、桂木→一平への描写がなくて、最後の「いつからだ」だけが浮いている。美智子と桂木、一平と美智子、一平と桂木、という三つの関係が飛龍伝の核だと思っていたが、今回はホントに美智子と一平のロミオとジュリエットであった。いや、つかの演出ですから、それが今回の飛龍伝です、これが最新の解釈ですと言われればそれまでなんですけど。
前回は桂木様があまりにもカッコ良くて、思わず抱きついた美智子はもう一度乗り換えたのかとすら思った(ごめん! 泊ごめん!)。今回はなんだか「パパおかえり」って感じがした。筧と広末のきゃきゃきゃ☆なカップルがあんまり可愛くて、桂木様は二人の仲を引き裂くオッサンみたいだった。しかも割と安保闘争が軽く描かれている為、桂木様が話す場面だけが妙に重苦しく、岳男と二人、「俺達が若い頃は学生運動が盛んでよー」と、みんなが楽しくやっている時に重い昔話を持ち出す居酒場のおじさんをふと連想させた。
面白かったけどね。もっと痛くなくちゃ飛龍伝じゃないんじゃないの? と、マゾヒスティックな気分になってみたり。ああ…筧と内田で見たかった…。広末の神林美智子も、これはこれで神林美智子の姿なのだろうが、カリスマ性に乏しい。賛否両論らしいが私は内田の「似合いますか、伊豆沼さん」は本当に神々しいと思った。神林なくして全共闘無し、11・26国会前! と一人でアドレナリンをふつふつとさせていたのだ。私は内田神林の漢に惚れておったのだ。その記憶が抜けぬ間にこの神林は、ちょっとギャップが激しすぎて無理だ…。石田神林の後だったら、まだ「こういうものか」と思ったかも。
さてカーテンコール。春田の若旦那、あなたはいつになったら振り付けを覚えるのですか! たけっちは若さで何とかクリア。でも内海光司の(プチ自慢)優雅なダンスを見慣れた目には、やっぱり体育会系の踊り。ここでようやく踊っている次郎さんを確認。……。最後に振り付けがなくなった時点で判明したが、JAE勢で一番音感がいいのは清家さんだった。一番悪いのは、卒業なさったあの方です。カーテンコールでたけっちが若旦那の背中をじゃれて押しており、ああんかわいい。三度にわたるカーテンコールに筧が「とっとと帰って下さい! もう私たちは帰ります!」と言っていたが、まるで憎めないのは確かに愛嬌溢れる山崎一平の本懐と言えるだろう。
鈴木勝秀演出「欲望という名の電車」
ニューオリンズの場末の街で暮らす妹・ステラを訪ねて、ブランチ・デュボアなる婦人がやって来る。かつては豪族の令嬢だったが、今は夫と気の置けない仲間達との生活にすっかり馴染んでしまっているステラに、気位の高いブランチは目を剥く。何かと義弟のスタンレーの感に障るブランチ。しかも両親の財産をひとつ残らず手放してしまったと聞いて、二人の確執は深まる一方。そこへ、スタンの親友・ミッチがブランチに心を奪われて…。
役者が巧いだけに辛い芝居であった。辛いと言うか…ざらざらしたやすりで擦られている様な居心地の悪さがある。スタンレーにもブランチにも感情移入をしかけては、どちらにも非はあると引いてしまう。やがて物語はブランチの過去を暴き立てていくのだが、これまでさんざん引っかき回してくれたブランチなのに、じゃあどうなってもいいのかというとカタルシスより不憫さ、哀れさが先に立つ。
見ていてつらい、すごく疲れる、それでもエンターテイメントとして成り立っている、役者の底力を感じる一作。演劇真っ向勝負って感じ。一度原作者の遺族が、男性がブランチを演じるのは許さないとして上演許可を出さなかった事があるらしいが、見たこともないのに何を言う。今、日本に、篠井のブランチより女らしいブランチがどこにいるのか。と言うより、篠井より女らしい女は玉三郎だけだ(それもどうなのかニッポン)。
ライフの子が出ていると聞いていたけど、どの子かな、と話していて、まず一番影の薄いポーカー仲間の子に違いないだろうが「ひょっとしてさおたけ屋かな?」といくらさんが言った瞬間、一発でどの役の事かわかってしまった…たけや〜さおたけ〜…。確かに。
ロビン・ハーフォード演出「ウーマン・イン・ブラック〜黒い服の女〜」
自らの体験した恐怖の記憶に今なおおののくキップス老人。彼は自分の心をあの忌まわしい体験から解放する為に、その事を洗いざらい親しい人たちに打ち明けてしまおうと考える。長い物語ゆえに、どう伝えたらいいのかと若い俳優に助力を求めると、彼はその体験全てを演じてみせる事を提案する。
恐怖再び。根性キメて再演に挑戦である。今回、前回ほど怖くなかったのでちょっと強がるが、この芝居は凄く怖い。凄く怖いけれど後味は極めてスッキリしている。斉藤晴彦の芸達者さや、上川隆也の精悍な爽やかさがむしろ強く印象に残る。ちなみに、何で前回ほど怖くなかったかと言えば、ひとえに席が良かった為である。前回私は、パルコ劇場の最後列で、一人で観劇した。後ろは壁である。背後には誰もいないし、横も知らない人である。怖かったのなんのってああた。そりゃあもう怖かったんですよ。
今回はチケット取りのスタートダッシュが良かったせいか、二列目をゲットした。まあ芝居を見るにはちょっと前すぎるのだが、この席だと、客席の反応を背中に感じられる。あまりにも怖いシーンで客席がどよめき、その後に「あ、あー、今びっくりしちゃったよ。ハハハ、びびったー」という照れのざわめきがひろがる。それが安心感を誘う。
恐怖にどっぷり浸かりたい人は後ろの席で、私怖いの苦手だからという人は前の席での観劇をおすすめしたい。ただし、私の席は二列目の通路側であった。「ここ、隆也が通るんだよなー、うきうき」と思っていたら、確かに隆也も通った。…だけど、「あれ? 遅れて来た人かな?」と人の気配に気づいてふと顔をあげると、…大変な恐怖を味わう事にもなる。
真に怖がりな人は、前方・中央〜下手の席を選ぶといいだろう。ああ怖かった…。
山浦哲也脚演「Mask of Love」
マフィアに支配されている犯罪都市・Mシティ。警察さえも懐柔されたここもかつては勇敢な弁護士とマスクをつけた謎のヒーロー「ルプ」によって守られた平和な街だった。弁護士の遺児・ディエゴは今は警官となって働いているが、父の遺志を継ぐどころか、袖の下を貰って酒場で呑んだくれるのが関の山。街の人々は、人気デザイナーにして政界に進出する野心を持つラモン氏が街を変えてくれる事に儚い希望を抱いている。そんなある日、ディエゴはトップモデル・ロリータの窮地に際し、やぶれかぶれでマスクをつけて暴れ回ったところ、伝説の英雄・ルブの再来と祭り上げられてしまう。
全然知らなかったのだが、ブロードバンドシアターという、インターネットでの同時中継を前提にした芝居で、要所要所にモニターが出てきては、特殊効果と合成させて見せてくれる。実際のキャストが魔女っ子ステッキの様なアイコンを振り回すと、画面上ではキラキラやイリュージョンの人影といった、特殊効果と合成される。実際の芝居を見に行っているのに、モニターを見ている方が派手で面白かったりするのは少々問題だが、そんな事は小さな問題で。
芝居そのものが…いや、ストーリーがありきたりで先が読めるのはまだ許せる、キャストに華が無いのも配役を見たときから覚悟すべきだった。樹生の生え際が危ないのは誰のせいでもない。だがダサい歌詞の歌がくどくどと出てきてはテンポをぶち壊すのは何とかならないのだろうか。歌が始まる度、見ていてかなりつらかった…。
と、ずいぶん前に見た芝居なので、このくらいしか感想が残っていない。主役の村田真くん、聞いたこともなかったので巨人の選手かとすら思っていたが、キャラクターにはなかなか好感が持てた。歌はイマイチだな…と思ったが、それはもっとダイナマイトな人がいたので気にしない。でも、今、実は有名な人なのに「全然知らなかった」なんて言ってたら恥ずかしいなと思って検索かけたら、村田真くん、なんと北島三郎事務所所属。歌、イマイチだけどいいんですか。あ、役者志望だからいいんですか…。意外と懐が広かったサブちゃん門下。鳥羽一郎だけじゃなかったんですね。もうけ役だったせいもあるが、ゴンザレスを演じた石原真一は良かった、歌も上手かったし…と思ってこちらも検索したら、ファイズのED歌ってる人なんですか。もうわけがわかりません。びっくり経歴さん大集合。ヅカジェンヌもJJモデルもいれば、それは光GENJIだって出演するよな。
劇場や企画は悪くないのだが、芝居に慣れないキャストとスタッフで無理に作る必要はないと思う。演劇ファンにだけ迎合しろとは言わないが、今日本には二つの人種しかいない。テレビだけを見る人と、劇場にも行く人である。ブロードバンドだろうが何だろうが、どんなに新しい事をしたって劇場に行かない人は劇場に行かないのだ。だったら、顧客のニーズに応えるのが商売というものではないだろうか。
Studio Life 「LILIES」
三十年間ものあいだ独房に入れられていたシモン・ドゥセーは、自らの冤罪を訴え続け、唯一の証人であるかつての同級生・ビロドー司教に面会を求める。呼び出された司教が見せられたものは、シモンの指揮による彼等の青年時代を演じた芝居。シモンは三十年前の真実を彼に見せつけ、更なる真実を追い求める。30年前の学生時代、彼はヴァリエという若き伯爵と禁断の関係にあった…。
Studio Life初体験。ちょっと前から知恵子さんが大ファンになっていたから、話だけはちらほらと小耳に挟み「あーこの子(及川くん)は本当にかわいいねー」「でも私には姜くんが一番可愛く見えるわー」なんてプロマイドを見せてもらったりしていたのだが、劇場で芝居を見るのは初めてだ。「舞台の上には美青年しかいないのよね。美青年が女性を演じるってどんな感じかしらね」などとわくわくしながら開演を待ったら、最初に出てきたのはヒゲの司教だった。…じゃあなさん、はずれ。そしてキャストが出揃うにつけ、パン屋さんだと思っていた人は男爵夫人で、コックさんだと思っていた人は伯爵夫人だった。じゃあなさん、またまたはずれ。
「バカね、じゃあな。ライフは男性が女性を演じるんだから、少々の事は演劇的記号として理解しなくちゃいけないのよ、様式美って奴よ!」と自分を説得したまでは良かったが、のっけから繰り広げられるシモンとヴァリエの愛の洪水に早くもあっぷあっぷ。ひとしきり照れた後に濃厚な愛にもようやく慣れてきて、二人が制服さえ着ていてくれれば何とか私にも耐えられる愛の塩分濃度。控えめなさじ加減で繰り広げられる禁断の恋は本当に眼福。
姜くん、なんてかわいいの! 私はずっと弓削くんを見るたび「こんな子飼いてー!」とキケンなオバサンになっていたが、アラ、姜くんもいいわね…。家に帰ってこんな可愛い子が待っていたらどんなにいいかしら…。なごむわ…かわいいわ…。そして大沢健氏は、美少年としてならした頃の記憶しかなかったのだが、いつの間にか立派な青年に成長して、芝居も安定して見ていて気持ちいい。御大もさぞや草場の陰でお慶びでしょう。そんな二人の抱き合う姿には、思わず客席で応援団。でももっと凄い応援団が舞台の上にいたけど…あれだけ理解があるっていうのもどうなんでしょう伯爵夫人…。「いつになったら最後まで見せてもらえるの」って、アンタ、ホンバンまで見ていくつもりですか…。
やっとライフの空気にも慣れたのか、健気でいじらしいリリー・ホワイトの恋心に胸を締めつけられ「アンタ! こんなかわいいヴァリエがこれほど想っているのに何考えてんの! たとえ新宿アルタ前で100人の青少年に、ホンモノの女のマドモアゼル・リヴィーと姜くんを比べさせたら、誰だって姜くんを選ぶわよ!」と心の中でシモンを締め上げ「大体アンタは息子にシモンなんて名前をつけた時点で何かを覚悟するべきだったのよ!」とディモシーに暴行を加えていたのだが、再びムラムラと濃くなっていく塩分濃度。婚約披露パーティーに自由の女神登場ってどういう事。
更に塩分濃度どころか、岩塩の塊が頭の上に落ちてきたかの様なリディーの慟哭。私の演劇的常識を覆す熱演に、思わず客席を見回したが水を打ったように静かだ。「えっ! 今の芝居は、アリなの?!」もう、あと一目でも彼女を見たら私は悪い観客になってしまう、と必死に視線はヴァリエにロックオン。でも頭の中はリヴィーへのツッコミでいっぱい。芝居を見ていてこんなに苦しかったのは、JAC公演「TOKYO2050」以来です。そしてあの場面でのリディーの演技は、私の中で「ドラゴン・ロック2」の古田のいずみちゃんに匹敵するものと認定されました。どちらも私の中では伝説の芝居、伝説の怪演です。これだけでもライフの凄さがうかがい知れましょう。
姜くんホントに可愛かったです。ちょっと電波で天然で「おかあさまぁ」と幼い口調なれど、芯はしっかりしていて健気という、非常に魅力的な美青年役でした。大沢君との2ショ美しかったです。ストーリーも最後は手堅くまとまっていいんじゃないでしょうか。それでもたたみかける様な愛の猛ラッシュと、セコンドもタオルを投げてくれないリヴィーの怪演にすっかりあてられて、じゃあなさんかなり負け犬。すごい…ライフ凄い…。負けた…駄目だ俺にはかなわねえ…。いくらさんとふらふらしながら「かなわねえ…知恵子にだけは…」「あいつすげえよ…ホンモノだよ…」と白旗を掲げた夜でした。
劇団新感線「花の紅天狗」
ソバ屋の出前持ちの娘・赤巻紙茜は、月影花之丞一座の座長にして、伝説の舞台「花の紅天狗」の上演権を握る伝説の女優・月影花之丞に天才的な演劇の才を見いだされ、芝居の道へ。ライバルの桜小町カケルと競い合って「花の紅天狗」を目指すが、「紅天狗」に異常な執念を燃やすプロデューサー・仰 天一郎はあの手この手を使って妨害工作をはかる。
物凄く面白そうなんであるが、実際は茜、花之丞、カケル、そして花之丞のライバル麗子…と、女性が前半の芝居を回していく為、勢いに乏しい。結構眠い。おポンチシリーズなみのギャグを期待していくと肩すかしをくらう。そんな中、一人で男の底力を見せつけて舞台をくだらない方向に引っ張っていく成志の奮闘は見もの。前半はストーリーになど期待せず、花之丞・麗子に圧倒されるとともに、成志のちいさいちいさい芝居を見る事に専念するのが良いのだろう。
設定のカッ飛び具合からは想像もつかない程、後半の劇中劇「モーツァルト対アマデウス」は白熱して面白かった。「モーツァルト!」をちゃんと見ていなかったのが惜しまれる。
ラストは爽やかで(サクラ大戦の様だ)良かったが、高橋由美子の名前が私の席だとライトに喰われて見えなかった。惜しい。
三谷幸喜演出「オケピ!」
ミュージカルのオーケストラピット。華やかなステージの下では、演奏者達がそれぞれの悩みや心配事を抱えて演奏どころじゃない。自分勝手な彼等の姿に、ピンチヒッターで入ってきた学生奏者は呆れかえる。指揮者は家出した妻のご機嫌を伺いながら、美貌のパーピストにめろめろ。一方妻の不倫相手のトランペッターは自分勝手で楽譜の変更も承知しない。ピアニストはやる気がないし、そもそも実力がない。ドラムは副業のマルチ商法に夢中。これが憧れのオケピの姿なのか…?
キャスト一新、凄く良くなったところも、前の役者が忘れられないところもあるが、相変わらず面白かった。個人的な好みとして、前の役者の方が…と思ったのは、これはもう好みの問題なのだが、役のイメージからハーピスト。天海の如月さんもセクシーでいいのだが「本当の自分がわからず持て余す」様に弱い女性にも見えず、松の子供っぽさの方がそれらしかった気がする。そして前回私の最高ツボ押しキャラだったトランペッターは、伊原の方がセクシーで良かった。しかし寺脇は三谷的に使いやすかったのか、役の味付けを変えて、見せ場も少し増えた様な気がする。
今回の方が良かったのは、やはりコンダクター。前回も良かったが今回も良かった。真田広之は大熱演だったのだがハンサムすぎた。戸田さんが愛想を尽かして出ていく旦那としては、白井晃の方がビジュアルが合うし、戸田さんと並んだ時も夫婦っぽい。あと一文字さんは今回も素敵でした。
前回からの固定組では、やっぱりこの人なくしてはオケピは始まらない布施明。前回も泣いたが今回も泣いた。あれだけ笑っていた場内が、いきなりハンカチを揉み絞り出すのだからお見事。布施明はいつか歌声で人が殺せるだろう。牧村あやより恐ろしい男…。
セットの変更がなくなったのは、前回以上にすっきりさせたかったからか。大先生のおみ足はどうでもいいが、布施明ショーだけは前回の方が良かったかな。いずれにしても何度見ても面白く、三度目があっても「初演が、再演が、今回が」とああだこうだ言いながらも120%楽しめそうな作品である。
大久保なみ演出「白い嘘〜a white lie〜」
パイロットの妻として、何不自由ない生活を送る深雪。だが、夫とのすれ違う生活に「こんな筈じゃなかった」という失望を隠しきれない。年下の愛人とつきあってみるも、何だか面白くなくて…。そんなある日、同じマンションに、深雪そっくりの女が引っ越して来る。
涼平さん目当てに見に行ったのはいいが、なんだかとても高校演劇コンクール的な作品だった。役者の芝居と言い脚本と言い。演出効果の少なさが、更にハイスクール気分を増幅させる。一応キャラクターの説明役としては必要なのだろうけど近所の主婦二人が「部員の皆さんが一人でも多く舞台に立てる様に、端役をご用意しました」キャラにすら見えるではないか。
そもそも、現在の自分の生活に不満を持っている主婦が、自分とうり二つの女と出会う…となったら、もうストーリーの展開は誰にだって読めるのだから、そこまではサクサクと進めて頂きたい。そして観客が思った通りの流れに入ったら、次の分岐点にまで、またスピーディーに進めて欲しいものだ。こうなる、ってわかっているのに行きつ戻りつ。同じような場面が続くのに、またご丁寧に大河内奈々子が同じような演技を続けてくれる。観ているうちに頭が麻痺して来そうだ。キャスト全員、あからさまに悪いところがあるわけではないのだが、どうにも味気ない。中盤以降、どんどんダルくなってきたのに、もう終わったと思ってから、あと二場も続いたのにはかなりたまげた。
素人が口を出すのもおこがましいとわかってはいるが「もし私だったらこうするのに」と思う箇所がいくつも思い当たるあたり、素材としては魅力のある芝居だったのかも知れない。そう思うと残念さが募る。何にせよ全てがイマドキでなかった事は確かだ。テレビ畑の人が作ったのになんか意外。
演劇集団キャラメルボックス「太陽まであと一歩」
映画監督の兄が突然昏睡状態に陥った。体から離れた兄の魂は、最新作の自伝的作品「風の転校生」の中に入ってしまった…? 義姉の訴えを、リアリストの智は端から信じようとしない。ところが、映画を観ているうちに、智もまた、いつの間にか自分の少年時代によく似た映画の世界に入り込んでしまう。
この作品はある意味思い出深い。なぜなら上演直前に生ゴロちゃん(非稲垣ゴロちゃん。龍騎のゴロちゃん)に遭遇し、私の頭の中では山手線の発車ベルのかわりに「ラブ・ストーリーは突然に」が鳴り響いた。いや、あれは絶対にホントに鳴ってた。絶対あの時小田和正が私の後ろで歌ってた! …と劇場で待ち合わせていたいくらさんに主張したが全く本気にして貰えなかった。いたんだって! 小田が!
今回が上川出演作じゃなくて、こんなにチケットが取りにくくなかったらあやうくフラフラと後をついていくところだったが、隆也への思いが私をストーカーへの転落から救った。ありがとうキャベ2。「あんなに頭が小さくてスタイルのいい子を見た後で隆也を見たらびっくりしないかしら」と、とても失礼な事を考えたが、二階席だから大丈夫だった。いや違う。上川は上川でホント魅力的だ。ともかく声がいいね!声が! 台詞を喋らせて、若手(舞台演劇界平均年齢から)でこれだけ気持ちいいのは、生瀬と上川と入江か。ともすればキャラメルカラー一色で手がつけられなくなりそうなストーリーを、隆也の声がなんとか救ってくれている。
凄く面白くなりそうで、でも結局いつもの感じで終わっちゃったな、という惜しい作品。私はキャラメル金八作品も嫌いではないのだが、決められた運命の流れを変えていく、というパズル感覚や、序盤の西川の「黒衣の男」の不気味な存在感が「おっ?」と思わせただけに、最後がちょっと残念。えりーの台詞が蛇足だったか。それを言ったのがキャラメル芝居バリバリのえりーだったからそう感じられたのか。タイトルとテーマのこじつけ方も、なんか…もうひとつ違う道があった様な気がする。アクション満載! と言いたいところだが、なんであんなにケンカばっかりしてたのかも不思議だ。
ぐっちさん・えりー・オッカーの、ジャパンツアーダブル出演組の芝居が、あまりにもキャラメル色濃厚すぎたのも敗因か。特に今回、オッカー、悪くない役どころの筈なのに魅力に乏しい。二階席から見ていたせいかも知れないが、やたらに前のめりになって誤解を訂正する為に叫んでいる場面が多く、飽きが来る。ぐっちさんは新境地と言うべきか、割と流されてばかりのキャラクターだった為に、さつきさんと役をチェンジして欲しかったかな。いや、さつきさんのおばあちゃんは凄く良かったのだが。
しかしながら、西川・上川の兄弟は大変によろしい。と言うか、この二人が兄弟役って言うだけで、ファンとしてはにこにこしてしまうキャスティングだ。仲の良くない大人になった兄弟、ってなんかそれだけで人間関係に深みがあって面白いなあ。クライマックスはやはり、上川の誠実な声にホロリとさせられる。
正反対の兄と弟、閉ざされた虚構の世界、運命を変えようとした男、今はもういない人との邂逅、大人の事情に振り回される子供の言い分…と、ちりばめられた面白そうなエピソードの中から、どれに主題をしぼるのだろう、わくわく、と楽しみにしていたら、アラ、一番それにターゲットロックオンしないで欲しかったんだけど…という着地地点で終わった。楽しんだけど私ごのみの味付けではなかったかな。とりあえず映画のタイトルは「風の転校生」ではなく「ママのわくわく二週間家出」にするべきだと思う。
ケラリーノ・サンドロヴィッチ作「スラップスティック」
天然色トーキー映画が一世を風靡している時代に、古びたサイレントのコメディ映画をリバイバルさせようと興行主を口説き続けているビリー。なぜこの時代に、今さら古びた映画を上映したがるのかと問われ、ビリーは青春時代のある事件について語り出す。助監督としてコメディ映画制作会社で働いていた若き日のビリーは、喜劇王ロスコー・アーバックルをめぐる事件を目の当たりにしていた。
タイトルからして物語に整合性を求めてはいけないが、一体ケラ氏がこのアーバックルの事件とそれに関わった人々の、どの部分をクローズアップしたかったのか私にはわからなかった。群像劇…? 何となく最後は「映画人ってさ! ホラ映画ってさ! 感動するじゃん?!」と言われて爽やかに肩をたたかれた様な気がする。なんか「甲子園・ガラスのエース」とか「箱根駅伝、涙のゴールまであと3メートル」とか「感動するよなモチロン記号」にねじ伏せられた気がしないでもない。
「ロマンチック・コメディ」らしいのだが、どこがロマンチックなのかちっともわからなかった。そしてコメディ部分も、毒を消すためのエッセンスだとしか思えなかった(毒は消えてないけど。いわば苦いコーヒーに耐えられる様に入れた砂糖の様な…)ので、笑えるんだけど笑いにくかった。諸手をあげてワッハッハという気分にはなりにくい。
役者陣が洒脱だったので、眠るほどつまらなかったわけではないが、長い長い時間をかけて迷路をくぐりぬけたあげく、ゴールには何もなかった…という印象。あれだけの役者を使っているんだから、面白いに違いない、いつ面白くなるんだろうと期待し続けていたら、ついに三時間が終わってしまった。期待が大きすぎたのか…? 「ラ・テラス」の時もこんなポカンとした気持ちになったなあそう言えば。
とりあえず山崎一は凄く良かった。終盤近く、若かりし日の自分と初恋のひとを見つめる表情の動きが凄くいい。メジャーになってから舞台は初挑戦というオダジョーは、あれだけテレビや映画で活躍しているスター俳優の割には押し出しがなく、オダジョーじゃなくても良かったと言うか。山崎ビリーに食われた様で、損な役回りだった。
整合性を求めてはいけないと自分で言ったばかりではあるが、やはり物語の出発点と最終到着地点にはそれなりの道筋が通っていて欲しい。ビリーがコメディ映画のリバイバルを求めた理由が、どれをとっても弱く感じられた。愛すべき過去の映画人の為に、と言うなら、彼らにもっと映画を愛させてやって欲しかったし、ビリー本人がもっともっと映画を愛しているエピソードが欲しかった。結局、アーバックルやメイベル、監督ら、一流の映画人にとってビリーごとき若造は蚊帳の外の人間であり、観客ですら最後まで彼らの運命には踏み込んでいけなかった。芝居の途中で挿入される、古き良きフィルムが、そこまで観客に解説してくれると思ってはいけない。フィルムは何も語らない。観客は映画を見に来たんじゃなくて、芝居を見に来たんだから、語る声があったとしても耳を傾けにくいのだ。
松尾スズキ演出「ニンゲン御破算」
時は幕末。維新の世。新しい時代と古い時代が混沌と混ざり合う中で、戯作家を志す加勢実之助なる男がいた。南北、黙阿弥に唆されて自らの半生を芝居仕立てに語る彼の虚実善悪、性も生も超越したガセ之助華の大芝居。
私は面白かったのだが、母は「つまらん」と言って怒っていた。しかし私は「キレイ」を観た時は世間の大好評とは裏腹に、大して面白くなかったと思い、「業音」で松尾スズキに開眼したので、母ももう一作観れば松尾味に慣れるのかも知れない。だが、一緒に観た母の友人(シルバー世代)達にはおおむね好評だったので単に我が家の感性が古いだけかも…。
松尾スズキがあえてギョッとさせられるような言葉、放送禁止用語や、倫理道徳ギリギリの台詞を言わせたり、行動をさせたりするのは、私は観客の注意を惹きつける為だと思っている。芝居を観ていて眠くなっても、突然きわどい言葉を叫ばれたら、ハッとして目も覚めるだろう。しかし母は「寝ちゃった」と言っていた。彼女にはタブーがないのか、演出家の狙いがまるっきり外れているのか、どっちだ。
勘九郎主演と言う事で、歌舞伎・新派以外に出演する事の珍しい御曹司だけに、お取り巻きのおばさま方の反応は千差万別である。知人の歌舞伎評論家のおばさまは「どこの馬の骨ともわからないチンピラが、勘九郎の上に腰掛けるのよ! もう、勘九郎が怒っちゃうんじゃないかと思ってハラハラしちゃったわ。あれは楽日まで続かないかも知れない。途中でやめちゃうかも知れないわ!」と言っていた。ちなみに、どこの端役がそういう事をしたのだろうと思ったら、吹越だった…(どこの馬の骨ともわからないチンピラ…)。確かに歌舞伎の世界で言えば、三階の役者などは、手も触れる事の出来ない様な雲の上の人かも知れないが、大人計画でそんな事言われましても…。
一方、私の斜め前に座ったおばさまは凄かった。箸が転んでも笑い転げ、それも「この思い、哲ちゃんに届け!」とばかりに、勘九郎の芝居の時だけ過敏に反応する。歌舞伎ネタが出るともう独壇場の大はしゃぎ。勘九郎が花道ならぬ、客席通路を通った時などは「まあまあ上手に出来てるわねえ」と拵えを誉めて話しかける始末である。
アイドルのファンの様…とも言えるし、役者を無償の愛で見守る様は、大地真央ファンにも共通するものがあるな。高麗屋、播磨屋は同じ名門でも外部作に意欲的で、クールなせいかここまでという事はないのだが、中村屋、成田屋はスゴイな。勘太郎と七之助の将来が今から心配になる。新之助などは隠し子がいようが、何だろうが、永遠に「私の孫同然の新之助ちゃん」なのだろう…。海老様になってもなお…。
で、その中村屋ですが、浮くかなとも意地悪く思っていたのだが、独特のスタンスで軽妙に乗り切ってセーフ。終盤の長台詞は役者根性と底力を見せつけてくれて圧巻であった。他のキャストもこなれた好演を見せたが、田畑智子の演技…というか、キャラクターの有り様には疑問が残った。
G2プロデュース「人間風車」
売れない童話作家の平川は、いつも公園に子供たちを集めて自作の童話を話して聞かせている。才能はあるのだろうが、いつもどこかピントのずれた彼の作品に、友人の国尾は歯がゆいものを感じている。ある時、テレビ局の見学に行った平川は女優のアキラと出会う。アキラに恋することによって、イマジネーションの広がった平川は、一世一代の名作を書き上げるのだが、その作品から思いもかけぬ悲劇が彼を襲う。
私の今年の目標は「芝居の感想をちゃんと書く」である。去年後半はもうバタバタバタバタして、見ても全然書けなかった。需要があるかどうかはともかく、自分の記録の為にもちゃんと書くのだ。
と、いうわけで、意気揚々とやってきたPARCO劇場。最近、いくらさんがとってくれる芝居にそのまま行っているだけなので、誰が出ているどんな芝居やら何にもわからぬまま劇場に座っている。今回も、いざ劇場に座ってから、私は誰が見たくてここに来たんだったか…としばし悩み「そうだ、生瀬が出るからと思って取って貰ったんだっけか!」と膝をたたいたが、最後の最後まで生瀬は出てこなかった…(それは初演ですよじゃあなさん…)。さとしが出るのに新鮮に驚いてみたり。宇梶さんがカッコイイので突然恋に落ちてみたり。まあジェットコースターのようで面白いわ…と思ったら、キャストだけでなく芝居もジェットコースター。「たしかホラーと言われていた様な気がしたけど気のせいね。まあ楽しいお芝居だこと」と思ったところで急転直下。直視出来ない惨劇の数々に、半分くらい目をつぶっていたような気がする。
それとわかって振り返ってみると、確かにあちこち怖い。特にサンマルチノの物語が終わってからサムが登場した時の不気味な効果は、後から効いてくる。国尾という作家の遺作について話しているはずなのに「あなたは私に尋ねましたね、『平川という作家を知っているか』と」と、平川の物語から始まっていく奇妙さも観客を惹きつけて、よく出来ている。この時のカメちゃんの、微妙にイントネーションの違う柔らかな物言いと、平川の田舎臭いしゃべり方(素だったらスマン…)が、ちょっと田舎の町での出来事の様で、ラストに向けての鄙びた郷愁を誘う。
しかし一番後から効いてくるのはタイトルですか…「人間風車」ですか…。「黄金の戦士オロ」は一体、どんなタイトルにするつもりだったのかちょっと作家に聞いてみたい。
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