直撃! ドラゴン・ロック3〜轟天対エイリアン〜
20××年、人類は未曾有の危機に直面としていた! 巨大な謎の彗星の接近、そして世界各地でパンダが凶暴化して人間を襲うという怪現象勃発。当局は「パンダ殺し」の異名を持つ格闘家・剣轟天に協力を養成し、宇宙護衛艦「うまなみ」で彗星の探査に乗り出す。
相変わらずいい具合にくだらなかった。巨大彗星に乗って地球侵略をたくらむ悪のパンダ星人と戦うってなんやねん…。私は日本屈指のパンダラー、無論黒柳徹子師匠には遠く及ばないが、パンダには一家言ある身だ。私のパンダ観から行けば、本作はバンダの可愛さを十分に理解していない。パンダの可愛さはあのぽってりとした洋梨体型にある。手足にメリハリがあってはパンダではないのだ。だから私はパンダ星人達の愛らしさになど惑わされたりしない。しかし古田がパンダ星人をやっていたらメロメロになっていたかも知れないがな…(古田がパンダの着ぐるみを着たら、そのまんま乱馬のお父さんだという説もあるがな)。
そうなのだ、折角のドラゴンロックファイナルなら、やっぱり敵の総大将は古田にやって欲しかった。今回、パンダというモチーフに頼りすぎて、ドラゴンロックにしてはパワー不足の感が否めない。その前のいんど屋敷が凄すぎたのかも知れないが…。しかし、パワー不足な分、台詞や演出はしっかり素地が出来ており「こんな長い説明台詞をここまで聞かせるなんて凄い」「こんなに怒鳴っているのに声が割れてないなんて凄い」と、新感線の底力は感じられた。
ともかくパンダ星人の皆さんは、みんなパンダなので誰が誰やらよくわからないのだが、インディパンダだけはとてもわかりやすかった。右近ちゃんとまこりんにもっと見せ場が欲しかったところ。成志はあいかわらず、客演とは思えない順応ぶりを見せていた。
演劇集団キャラメルボックス『ブリザード・ミュージック』
90歳の祖父が突然、劇場を借りきって芝居をすると言い出した。役者を集め、財産をなげうってまで上演しようとするのは宮沢賢治の未発表作品。息子夫婦や孫達、集められた役者達も正気の沙汰とは思えないのだが、40年前の彼の熱い思いはなんとしても止められなくて…。
毎度毎度のキャラメルボックスだが、今回は若手、中堅の頑張りよりも、ベテランの輝きが眩しかった。じいちゃん西川には脱帽。細見をやりこめた「ちら。」はお見事!
そして日本最後の頑固親父は高倉賢でも伊藤四郎でもないこの男・篠田剛。だっち、輝いていたよ。私は「クローズ・ユア・アイズ」の時、顔を真っ赤にして熱演しているだっちに「だっち超熱演!」と思ったら彼はその時高熱を出していた。点滴を受けながらの出演だったというのをあとから知って「だっちの顔が真っ赤だったのはそのせいだったんだ…うーん役者魂」と思ったら、ちがいました。今回も熱を出していたんじゃない限り、だっちは通常の状態でもああなのですね。
綾ちゃんファンの私は勿論REDチームを観劇したが、うーん。岡内さんの方がきっと、聞き易い芝居だったんだろうなあ。うーん。うーん。綾ちゃんのキャラクターは大好きなんだけど、脇キャラが説明への場つなぎの為に、わーっと喋ってわーっとボケる「キャラメル芝居」をさせると、声が割れるのね。でもえりーでさえ声が高く突き抜けちゃった時があったから、あのキャラメル芝居をするのはとことん年期がいるという事だろうか。ぐっちさんなんて演技しなくても体に染みついてあれやってるもんな…。
ぐっちさんの男役はかなりステキでした。次の「TRUTH」の弦次郎はぐっちさんでもいいかも知れないくらいステキでした(ええっ?)、鏡吾でもいいかも知れません(えええっ?!)。おっかーはもはやベテラン級の貫禄で、来年の外部出演が楽しみな限り。彼のストレッチはある意味眼福でした。いやー鍛えてる役者ってのは頼もしくていいね。今回は久しぶりに、狂乱の貴公子・大内厚雄が欠席で、ダンスシーンがいささか物足りなかったのが残念。
後半どんどんいいんだけど、家族のドタバタぶりがどうもわざとらしい。もっとメリハりがつけば、みっこさんやだっちの名台詞もズバッとキマったのに、と残念な気がした。あとお父さんの一番の名台詞の時の音響もうるさすぎ。私はあの台詞の為にこの芝居を見に行ったのになあ…。
今回は「MIRAGE」以来のインターネット放送アリ。「MIRAGE」みたいにライブ中継じゃないから、毎回西川のアドリブをチェックするコアな楽しみはないが、いつ接続してもやっているのが嬉しい。24時間「ブリザード・
ミュージック」である。 しかしうちはADSLにした筈なのに、接続速度「ADSL以上」にすると殆ど画像が出なくて「ISDN以上」の小さいなウインドウだとやっとこ見られるというのは何故なんだろう…? ホントにADSL圏内になってるのか、品川区。
INOUE-KABUKI HORI-MIX『大江戸ロケット』
老中・水野の政策によって、華美な事は禁じられ、質素倹約の令に苦しい生活を強いられている長屋の職人達。芸人も大工も瓦職人もみんな商売あがったり。そんな中で、花火職人の清吉は新作花火の開発に余念がないのだが、突然現れたソラと名乗る不思議な少女に「月まで届く花火を作って欲しい」と頼まれる。一本気な清吉は、持ち前の負けん気で、月まで届く花火を作ろうと乗り気になる。一方、街では妖しい獣が人々を襲う怪事件が多発。手を焼いた奉行所はついに天下の一大事にのみ集結するお庭番衆を蘇らせようとする。
子供ミュージカルと言われていたが、そういうのが好きな私は意外とストライクだったりして…。どうも新感線だから、という思いがあって、臍サマはもっと悪いヤツなんじゃないかとずっと疑っていたのだが…なんだ、いいヤツだったか…(おヒョイさんも疑っていたのだが…)。
裕太のキャラクターのせいもあるのだろうが、直球ストレートど真ん中に「いいモン」な清吉。私はいしだ壱成があまり好きではなかったのだが(単純に顔が私の嫌いな子に似てる。壱成本人に対してはまことに心苦しい理由だ)もしこの役で壱成を見ていたら私は彼が大好きになっていただろうなあと思うと、そこのところが惜しまれる。
裕太はあっけらかんと男の子らしく、清吉を気持ちよく演じてくれた。裕太、大きくなって…。客席にTOKIOの松岡が来ていたのだが、裕太にしろまぼにしろ、どうしてあんなに小さかった男の子がいつの間にか立派に育っているのだろう。親戚の子は育つのが早いというが…(他人だ)。私も年をとるわけである。よぼよぼ。
ちなみにまぼは開演前から、客席の女の子達の視線を集め、注目の的であったが、私といくらさんはおばちゃん オトナなので、そんなにちらちらと振り返ったり、後を追いかけたりはしないのだ。えへん。ミーハーな彼女達は休憩時間になると、わっとまぼの後ろについていたが、オトナはクールに見送る。まるでジャニーズなど何の関心もないかの様よ。ふふふ。しかし、少女達の誰もが使っていない「まぼ」などという局地的な呼び方を平気でしている事におばちゃんはまだ気づいていない。
みんなが一生懸命一つの事に向かって努力している姿は、おばちゃんといえど見ていて気持ちがいい。見ているだけで楽しいのだから、やったらもっと楽しいに違いない。壱成は勿体ない事をした。あの中に入れるチャンスを自分で潰してしまったのだから。夏の終わりにいい思い出になった、元気良く明るい舞台。
みんなクスリやらないで芝居やろうよ。戦争してないで芝居見ようよ。
演劇集団キャラメルボックス『月光旅人-ミスター・ムーンライト-』
小説家志望の図書館司書・鹿島は、普段から同僚のあかりの気を揉ませてばかりの冴えない男だが、ここのところ特に様子がおかしい。いつも疲れて眠そうだし、きっと風邪だろうからと早退させられた筈なのに、気が付けば大学時代の同級生・結城の家にいた。突然押し入ってきて、死んだ義妹のふりをしたと、結城の妻に警察につき出されてもまるで覚えのない鹿島なのだが…?
劇団が「タカヤが帰ってきたら、あれもやらせてやろう、これもやらせてやろう」と楽しみに待ちかまえていた様な一作。上川愛されてんなあ〜! という芝居だったが、彼は期待に十分応えてくれた。声がいいよね。発声が耳に心地よい。冴えない男の役なので、髪もボサボサ、服装もラフ。誰かに似ているなと思ったら加藤健一だった。上川なら将来あのレベルの役者にまでいってくれるかも知れない。楽しみである。
炎の女・ぐっちさんは出てきた瞬間あまりの気迫オーラに「うわっ、すみません、ごめんなさい」と謝りそうになってしまったが、ナレーションの時の彼女の「ザ・キャラメル芝居」は、古いというべきなのか、もはや伝統芸として諦めるべきなのか悩むところだ。しかしぐっちさんがいなかったら、やっぱり物足りないとは思うんだけど。
他のキャストで言えば…狂乱の貴公子・大内厚雄。ここんとここんな役ばっかりの様な気がするが、似合うんだから仕方ない。たまに直球(エトランゼ)投げさせれば、たろちゃんに持っていかれてしまったしな。成長著しいので、秋の外部作出演に期待しよう。
首藤が大絶賛していたオッカーは、ダーティな刑事さんぶりでカッコ良かった。こんな「太陽にほえろ」観てみたい。オッカー=マカロニ、大内=殿下(やっぱり…)、上川=ジーパン、西川=ヤマさん、だっち=ゴリさん。…やっぱりオチはだっちなのか…。
あと個人的には今回の綾ちゃん(の、千草ちゃん)はめちゃくちゃタイプだった。ワタクシ、元々綾ちゃんが凄くタイプなんです。ああいう、体つきは細いのにガッチリ体育会系で怖い者知らずの現代っ子で、カワイイんだけど完璧な美人ではない女の子、大好き。ついでに長身。もうたまらん。ただでさえ好きなのに今回は生意気で愛すべきちゃっかり者の妹という役どころがピッタリハマっていて、私なら綾ちゃんにゴウ! って感じだ。世の男性諸君よ。彼女のお父上が怖くないのならゴウ! するとよかろうよ。
脚本としては、途中モタついてるなと思ったところはしばしばあったのだが(土浦まで移動する必然性が…)、大好きなキャストなので気にする程でもない。むしろ見終わってから「ああ、あの時のあれって、こういう事だったんだ」「確かにあの時はこうだった」みたいな細部が凄くよく出来ていた。かすみちゃんがナイフを掴んだ時は「ちょっとあんた、何すんの?!」と思ったけど、あれはそういう事だったのですなあ…。
つかこうへい作『新・飛龍伝』
60年代、日米安保条約反対に燃える全共闘は、11月26日の国会前での最後の抗議運動に向けて、四十万の学生をまとめる委員長を決めあぐねていた。白羽の矢が立ったのは、東大に首席で入学したばかりの財閥の一人娘・神林美智子。美智子のカリスマ性に導かれて志気を高める全共闘軍だが、美智子は作戦の為に身を任せた筈の機動隊隊長・泊平助に惹かれていく…。
委員長お急ぎ下さい!!
四十万全共闘軍、委員長のご指示をお待ちしております。
明日こそ日本が変わります。私たちの理想の時代が来ます。
お急ぎ下さい!
デビルマンのイントロを聞けば否が応でもアドレナリンが分泌する様に、この台詞を聞いて興奮しない人はいないかも知れない。つかこうへいの代表作「飛龍伝」。
思想も信条も関係なく、私はこの興奮させてくれる芝居がやけに好きである。「飛龍伝」を見ていると、人間は本質的に戦いたいものなのだとすら思ってしまう。イヤでも背筋に喝が入れられる飛龍伝。筧がいない事はそんなに気にならなかったし、内田有紀は相変わらず男前だった。あまりにカッコイイボディに、登場時は圧巻。思わず「カッコイー!」と叫びそうになった赤いハイヒールの勇姿でございました。
叫んでばっかりで台詞が聞き取れない、との前評判だったが、ハイ、本当に聞き取れませんでした。しかし、飛龍伝とは元からこういうものではなかったでしょうか。滑舌のいい、声の割れてない飛龍伝なんてあったっけ? まあその分、小川や哲也の抑えた演技が光る。哲也今回良かったね。儲け役だったのだろうか。そして目玉
はやっぱり若旦那。「二代目はクリスチャン」は及川以造スペシャルだったが、今度こそ春田純一スペシャルが誕生した。帰ってきた六月の赤い風に、「カツラギサマーッ!!」と心で絶叫したよアミーゴ。素敵すぎであります、桂木参謀。
残念だったのは、20年後の国会前が、単なる泊のリハビリに終わってしまった事。イントロの武田と嶋のやりとりが良かった分(あの場面こそ何言ってるんだか殆どわからなかったが)新・飛龍伝ではもう一度戦って終わるのかと思った。泊は戦いの中に戻っていったのかも知れないが、貫禄あふれる桂木サマにもう一度角材振り回して欲しかった。そうでなければ、桂木順一郎が大人になってしまうではないか。
この世の誰が落ち着こうとも、つかだけは落ち着いちゃ駄目だ。いつか誰かに刺されて路上に倒れるまで、転がり続けて欲しい(めちゃくちゃ言うとんな)。モアパッションでモアエモーションである。アミーゴ。
加藤健一事務所『セイムタイム・ネクストイヤー』
旅先でたまたま知り合い、意気投合してベッドインしてしまった家庭のある男女が、毎年、同じ時期に同じ場所で逢瀬を重ねる。二人をとりまく状況も、それぞれの社会的な存在も変転していく中で、変わらないのはコテージのその部屋と、二人の関係だけ…。
カトケン事務所の十八番だそうだ。舞台の上に二人だけしかいないとは思えないほど、存在感と魅力がたっぷり。心の座標が正しい位 置に戻ってくれる様な、ヒューマニズム溢れるラブコメディ。
ドリス役の高畑さんも、くるくると成長していくドリスを見事に演じていくが、やっぱりジョージ役のカトケンが可愛いねええ。あんなお父さんか旦那様がいたら! ドリスもジョージも、それぞれ月日の中で変わっていくのだが、ドリスが最初に持っていた最大の魅力である少女らしい無邪気さと、ジョージが最初に持っていた少年らしい明るさは最後まで二人の根底に残っている。
人ってこうだよな、いいところって、やっぱり幾つになってもそのまんまなんだよなと思い出させてくれた一作。ラストのジョージには、ともかく「また来年! もう何年でもおやんなさい!」と言いたくなるな。いつまでも仲良くね!
中村吉右衛門・麻実れい『蜘蛛巣城』
旅先でたまたま知り合い、意気投合してベッドインしてしまった家庭のある男女が、毎年、同じ時期に同じ場所で逢瀬を重ねる。二人をとりまく状況も、それぞれの社会的な存在も変転していく中で、変わらないのはコテージのその部屋と、二人の関係だけ…。
カトケン事務所の十八番だそうだ。舞台の上に二人だけしかいないとは思えないほど、存在感と魅力がたっぷり。心の座標が正しい位 置に戻ってくれる様な、ヒューマニズム溢れるラブコメディ。
ドリス役の高畑さんも、くるくると成長していくドリスを見事に演じていくが、やっぱりジョージ役のカトケンが可愛いねええ。あんなお父さんか旦那様がいたら! ドリスもジョージも、それぞれ月日の中で変わっていくのだが、ドリスが最初に持っていた最大の魅力である少女らしい無邪気さと、ジョージが最初に持っていた少年らしい明るさは最後まで二人の根底に残っている。
人ってこうだよな、いいところって、やっぱり幾つになってもそのまんまなんだよなと思い出させてくれた一作。ラストのジョージには、ともかく「また来年! もう何年でもおやんなさい!」と言いたくなるな。いつまでも仲良くね!
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