さらばDiary

七番目の夏(10/12)

さてここで問題です。「七番目の夏」のじいさんの名前はなんでしょう。…ちっ…ちっ…ちっ…。はい時間切れ。正解は「モホーク」です。

今、これをパッと答えられる人は少ないに違いない。何故ならあのビデオを見返す光GENJIファンはかなり少ないに違いないからだ。私も初めて見た時は「???…なんじゃこりゃ?」と思い、私の買ったビデオだけ不良品で、何か重大なシーンが抜けているのではないかとポニーキャニオンに抗議しようかと思った。あと、ジョイコンのビデオも私だけ内海君のソロが白黒になっていますと抗議しようかと思った。しなくて良かったが。樹生の頭が火事だったせいもあって、一度見て、もう一度ざっと見てから、もう見る事はないのではないかと思った程だ。

私の十年にわたるファン生活の中で、理解出来ないもののベスト3をあげるとしたら、まず一位にエントリーするであろう不可解なビデオ「七番目の夏」(ちなみに2位は花井愛子の絵本だな)。あれを見て、何が何だか、よーしわかった、得心いった!と膝を叩いた人はいるのだろうか。あれを作った人はよほど何か辛いことがあったのではないだろうか。私は何度も、多くの人と、あの作品の謎を解明しようと討論したが、いまだに真相は闇の中である。ちょうど似た様な時期にSMAPが「はじめての夏」というビデオを出していて、これはわかりやすくも感動的な、なかなか優れた作品であった様に思うのだが、数だけは多い「七番目の夏」は…考えるだに薮の中に迷い込む。ふらふら。

「七番目の夏」とは、不思議な力によって導かれた七人の青年が、謎のインディアンの老人から地球を見守る役目を引き継ぐ…というストーリー(しかも引き継いだ途端、彼らはそれぞれの生活にさっさと帰って行ってしまう)の光GENJI主演オリジナルビデオである。今回、これを書くにあたって、真面目に検討してみようと思って色々とチェックしてみたのであるが、やはり気になるのは内海と寛之(と和己)のキャラクターの特異性である。

モホークや「監視人」については後に譲るとして、七人の中で内海と寛之と和己の三人は何かと特別扱いされているのである。まず啓示の受け方にしても、まず淳・敦の二人は、二人一緒で初めてモノリスの映像を見る。個別では見る力がなかったらしい。荷物を盗まれて、野宿するにあたって初めて「二人一緒にひとつの場所で」意識を失った為にようやく啓示を受けたというのが正解の様だ(飛行機の中では席が離れていたとか、緊張のあまり眠らなかったとかしたのではないだろうか。飛行機が空いていて、淳君が調子良くギャルの隣の席に行ってしまったとかいうのも、作中のキャラクター的にはありそうである)。ちなみに淳君の感応力は最弱の様で、七人が合流する直前にも

 淳一「ねえホントにこっちでいいの? 信じらんないよね」
 晃「勘だよ、勘」
 寛之「僕もこっちだと思う」
 敦啓「俺もこっちだと思う」

と、いうくだりがあったくらいである。

晃は一人でもモノリスの映像を見ているが、それでもヒロくんの様に単身何が何でもモノリスまで行こうとは思わなかった様だ。

しかし寛之は、たった一度夢に見ただけで、いきなりアメリカに来てしまうのである。章の部屋でモノリスの絵を見た際に「…前に夢に出て来たんだ」という寛之の台詞がある。つまり「いつも夢で見ていた」わけではないらしい。それだけで乗り込んできてしまう程惹かれたのか。更に七人が揃って野営をしている時点でも「あの夢を見たからアメリカに来た」とハッキリ発言している。モホーク昇天の際の「僕も連れていって!」にしても、寛之のモノリスに懸ける思いは随一である。

一方内海はさすが最年長と言うべきか、啓示を受ける時点から一番明確なメッセージを受けている。「北へ行って日本人に会え」である。モホークがもう少し親切な人だったら「北へ行って一見ジャマイカ人に見える日本人に会え」というところであろう。まあこのくらい明確なメッセージを受け取れば、出かけようかなという気にもなろうものだ。七人の中で最初からモノリスを目指してスタートしたのは寛之と内海だけである。

また内海は最後に、

 敦啓「色々、世話になったな」
 晃「いいよ」
 淳一「絵、頑張ってね」
 晃「ああ」
 寛之「あんまり、悪い事しないでね」
 和己「悪い事ォ?! …しないよ」
 樹生「何かあったらまた言って来い」
 和己「大丈夫だよッ!」
 晃「時間だよ」
 敦啓「…ああ」
 光司「じゃ。…いつかまた会おう」

と、奇しくもモホークの最後の言葉と同じ言葉を一同に告げている。(ちなみに内海の台詞以外は別に必要なかったんであるが、テープおこししたらかわいかったので全員分書いておく)関係ないがここでの彼の白いコート姿は大変によろしいと思う。
更に彼はモノローグで「いつか…また会おう。あの場所で…」と、見透かした様な事を言う。やはり監視人としての使命を一番理解しているらしい。では監視人ってなんだ。以下次号。



七番目の夏2(10/14)

ううむ。段々真面目に調べたくなってきた「七番目の夏」。なかなか奥が深い。どう深いのかはさておくとして、とりあえず前回の続きからいこう。

あのビデオで私が問題にしたい事のひとつは、ヒロ君と内海と和己のキャラクターの特異性であった。和己がどう特異なのかは後述するが、さて他に疑問点がないかと言えばいくつもある。

 モホークとは何か。
 監視人とは何か。
 モホークが先代の監視人であるならば、どうして次代は七人もいるのか。

大きなところでは以上であろうか。
さてモホークとは何か。浅学な私は知らなかったが、このモホークというのは、インディアンの種族の名称であるらしい。ナヴァホとかアナサジと同様に、モホーク族というのがアメリカに(と、どうやらカナダにも)いるらしい。居たらしい、かもしれないが。

するとモホークは自分の種族名を名乗っていたのだろうか。しかしモホークを追って州警からMJ12、そしてFBIに行ったというハリー=フリント捜査官に対して、かつての同僚であった警官が「まだモホークを追っているのか?」という台詞がある。やはりモホークは種族名ではなく個人名であるらしい。モホークという種族名にしろ個人名にしろ、インディアンの言葉で、例えばだが「大きな鷹」とか「白い熊」とかいう意味があるに違いない。これがわかればモホークの正体にも少し迫れる様な気がするのだが、一生懸命調べてもついにわからなかった。くやしい(ご存じの方教えて下さい)

このハリー=フリント捜査官、突然出て来たかと思ったらわけのわからない事をやたらと言う。
「嘘じゃない、私は12歳のときモホークがUFOを呼ぶのをこの目で見たんだ」「それにヤツは確実に183歳だ」「伝説ではモホークは七人の弟子に使命を引き継いで帰るんだ。早くしないとモホークが帰ってしまう!」
…12歳の時にUFOを呼ぶのを見たのは勝手だが、何で「確実に」183歳なんであろうか。ちなみにこの183という数字に意味があるのかと考えてみるに、ビデオの発売が93年であるから、作中のリアルタイムも1993年とすると、それから183年前は1810年。年表を見ても、意外と何にもない年なのだった。強いて言えばナポレオン戦争が続いているかなというくらいである。
ううむ、面白くない。では12歳の時はどうだと言いたいところだが、このハリー=フリント捜査官が幾つだかわからないのだった。つくづく使えない情報だけを喋る男である。大体、モホークが帰ったら何の問題があるというのか。せいぜい注目すべきは「七人の弟子に使命を引き継いで帰る」というところであろうか。

監視人というのは使命らしい。七人は弟子らしい。七人はアクシデントで七人もいるのではなく、伝説になるほど昔から、次は七人と決まっているものらしい。私はかつて、この監視人が一気に六人増えた事に対して、裁判官説を唱えた事がある。アーシアン的発想であるが、地球をある程度監視した後に、その生殺与奪を決定する事が最終目的ではなかろうか。その最後の審判員だとすれば、一人では心もとない。二人では意見が対立した時に決定出来ない。そんな理由から最後の監視人は(奇数の)七人存在し、四人が同意した意見によって審判が下されるのではないだろうか…という。まことにオタクチックな。

ここで和己の特異性について言いたいのであるが、彼はモホークからある種の贔屓を受けている。アメリカをぶらぶらしていたワイルダーの彼は、ロバート=T=マードックと名乗るアスピリンのセールスという男にホールドアップされ、身一つで荒野に放り出される。
荒野に放り出された和己は、通常なら迷って死ぬところを、インディアンの聖地であるパオア・ストーン近くで倒れているのを警官二人に発見される。この警官二人は、ただパトロールに来たのではなく「高校生くらいの声で、この付近で薬の取り引きがあるとの通報を受け」てわざわざやってくる。

するとマードックの相手というのは高校生くらいの男の子だったのか。誰だか知らないがその彼はマードックに取り引きを持ちかけながら、裏切って、警察に通報したわけである。日本人の和己を高校生と間違えても不思議はない。するとマードック側にしても、最初から取り引きに応じる気はなかったのだな。薬のかわりにその「高校生」が渡す筈だった何かを奪ったつもりで、和己の荷物を奪ったという事だろうか。おお、結構つじつまが合うな、そんな裏の物語があったとは。奥が深い。深いけど、どこ行っちゃったんだその高校生。

話を戻そう。パオア・ストーンにいた状態を和己は「あったかくて…何かに守られてるみたいだった」と評している。明らかにモホークからの守護を受けている。しかも、一度パオア・ストーンまで歩いてたどりついたにしては、もう一度七人でやって来た際に「あれ〜? 俺ここに来た事あんぞ〜?」と首を傾げている。つまり再度来る過程において彼はパオア・ストーンへの道筋だとわかっていなかったらしい。つまり、最初に行った時、そしてそこから帰る時は彼の意志ではなく、モホークの操作によって動いていたものらしい。そう言えば警官に助けられた後和己は「呼んでる…」と操られる様にしてパトカーを強奪している。

段々卒論の時の気分になってきたが、そんなわけで犬江親兵衛もかくやという特別の恩寵をただ一人受けている和己というのは、七人の審判員の七人目なのではないだろうか。おそらく残りの六人には、存続の是非がほぼ確定しているのだろう。察するに内海が是、樹生が否だ。ヒロくんが否で淳君が是だ。晃が是で敦啓が否だ。内海と寛之の特異性も同様の事が言える。寛之は否のリーダー格(「連れていって」といい、どうも此岸に未練がないらしい。転じて人間嫌いと言える)内海は是のリーダー格(理由。内海だから…ってんじゃあんまりか。しかし遺伝子を専攻するあたり、人間に対する関心が強いとむりやりいっとこう)なのだ。そして和己の決断によって、多数決が決定するのである。和己を七人目に選んだのは勿論先代の監視人であるモホークだ。だから彼は特別扱いであり、最も重要な人物なのである…。

と、この説を覆すものはないと私は思っていた。結構手堅くまとまっていたからだ(オタクチックに)。ところが、インターネットであれこれ検索しているうちに、実に気になるものにひっかかってしまった。
それはあるインディアンの墓碑に刻まれた詩である。




  父よ、わたしは力を求めています
  偉大なる敵と戦うことができるようになるための力ではなく
  その力で、汚れのない手と、濁りのない眼をもって
 
わたし自身があなたのもとを訪れる準備をさせてください。
  もしそれがかなうのなら、 日没の太陽が姿を消すように
  わたしの生命が終わりを迎えたとき いささかも恥いることなく
  わたしのスピリットはあなたのもとを訪れることができることでしょう。


これは、アクエサスネ・モホーク・ネーションという種族のトム=ホワイトクラウドというインディアンによるものである。
このインディアンの詩が収録された本が河出書房(やはり河出か…)から出版されており、そのタイトルが『虹の戦士』なのである。これはひっかかる。いやでもひっかかる。虹は嫌でも七色、七を連想させる。例えばモホーク族の中に、虹の戦士という伝説でもあれば、彼らは戦士であり、審判員説はひっくりかえってもおかしくないのだった。本を見つけたらまた研究を進めるとしようか。

さて、最後に、一人だけ悩むのは嫌なので、モホークと七人の対話を引用して終わるとしよう。前述のホワイトクラウドの詩にどこか似たところがあるこの台詞。この中からヒントを得たら、ぜひ教えて頂きたいのだった。

和己「じいさん、あんた一体何者だ?」

モホーク「わたしはこの星の管理人だ。
この星は大昔からわしらのような監視人が何代も続いて見守ってきた。
お前たちが次の世代の監視人だ。わしの役目は終わった。
わしはお前たちが生まれたときから知っておる。ずっとお前たちを見てきた」

敦啓「じいさんは死んじゃうのか?」

モホーク「死ぬんじゃない、別のところへ行く」

淳一「俺達どうすればいいんだ?」

モホーク「見守り…ときに手を貸す」

内海「どうやって」

モホーク 「力ではない。監視人は力を使わない。風に形がないように、音にも形がない。
形ではなく、力でもない。」

寛之「僕も一緒に連れていって。僕も一緒に」

モホーク「思い出せ」

寛之「何を?」

(映像のラッシュ)海、流星、草原、アメリカの町、ビックバン?津波?

モホーク「風になるのだ」

(映像)小麦畑を揺らす風。

モホーク「いつかまた会おう」 



 最後に最大の謎をひとつ。そもそも「七番目の夏」とは何だ?


あしながおにいさん(10/17)

内海光司(どうしよう、今一括変換出来なかった。どうしてだろう。私こわい)の名前が印刷されたTシャツが大ブームになればいいのにと、キノッピー掲示板に寂しい書き込みをしたら、いくらさんが「私はそれが出来たら香取慎吾に送ろうと思う。彼はきっと面白がって着てくれるだろう」と言ったので、思わず膝を叩いた。

どうせなら「ダサかわいい」「キッチュ」を目指して、内海光司のイケてない写真(しかも首から下は入れない。ジャスト顔のみ)を刷り込んで、下にダサいフォントで「キノッピー」と入れる。背中はスッキリと「キノッピー」だけでいこう。ダサかわいいどころかダサいだけの様な気もするが、最近は何がウケるかわからない世の中だからイケるかも知れない。

それで、ジャニーズで他に着てくれそうな人を考えたのだが、せいぜい錦織しか思いつかなかった。くやしい。彼だったら絶対PLAYZONEのツカミギャグにそのTシャツを着てくれるだろう。但し、初日から三日くらいたって笑いが取れなくなってきたら、今度は違うTシャツにしてしまうだろうから、短い命である。

こんなからめ手からも内海光司のムーブメントを狙うわたしたち。タケヤマが「なんか内海に仕事ないんか」と電話してきたんで「ありゃしない」と答えたところ、彼女曰く「永野、なんか仕事つくったれや。夏祭りに呼んだり」との事。来るわけないじゃない、そんなの、と言いかけたが、天下のSMAPが会場がなくても呼べるくらいなのだから、内海光司だったら夏祭りくらい来たかも知れないな。来年検討しよう。

思えば私は大学時代、部活なんかに燃えないで、生徒会役員として骨身を惜しまずに活躍すれば良かったのだ。そうすれば内海光司を大学祭に呼ぶ事が出来たかも知れないというのに。社会人学生としてもう一度大学に入り直して、生徒会役員となり君臨したい。過去の実績からすると明大あたりでどうだろう。入れるだろうか、今の私の死にきった脳細胞で。こうなったら入学後生徒会に入って文化祭にかける全権を掌握して内海光司を招くという条件の元に、内海ファンが奨学金を出しても構わない。足長おじさん募金に対抗して、『足ながおにいさん』基金を設立しようではないか。

「私は物凄い才能があって女優になりたいのに親に反対されて上京するお金がない」という女の子も、将来大女優となった暁には必ず内海光司とスキャンダルを起こしてくれるという条件の元に援助しよう。「ジャニーズに入りたいのに」という少年も、必ず「尊敬する先輩は内海光司さん」「内海さんに憧れてこの世界に飛び込んだ」として、デビューコンサートには必ず内海光司を招きステージにあげてくれてしかも一曲歌わせてくれるというのなら、資金の心配はしないで貰いたい。

いや、どうせデビューまで行くのなら、タッキーをも超える大人気ジュニアとなって「僕は内海君とグループを組ませて貰えないならデビューしません!」と駄々をこねて貰うのもいいな。しかし援助していた彼が売れなくなった場合、彼と内海光司と両方を面倒みなければいけないのだから修羅の極致かも知れない。資金が足りなくなったら街頭募金か。内海光司も自分に関わる事なのだから協力して、銀座ソニービル前に一緒に立って欲しいものだ。だったら内海光司に全資金を投入して、偉い人に黄金のお菓子を送った方が早いのだろうか。




学園天国(10/22
)

ジャニーズというのは昔は明大中野に通っていたものだったが、堀越を経て、今は二十歳すぎても高校生でいられる夢の学校に通う者が多い様だ。さすがアイドル。夢の学校に行くとは小憎らしい。

明中に行く者がいなくなったのは、おそらく明中に入っても、
まともに出た者が殆どいないからだろう(すみません)が、堀越に行かなくなったのはどうしてだろう。堀越の偏差値があがったからだろうか。関係ないが私は堀越の古い制服の女の子の夏服が好きだった。制服が変わってしまって本当に残念である。

と、いう様な話を姉としていたら「だったらジャニーズが学校を作ればいいのに」という意見があがった。なるほど。今のジュニアの人数からいけば、生徒数は十分足りる様な気がする。過疎地の小学校なんかより、ずっと生徒数が多いではないか。学校法人にしてしまえば、税金対策的にもお得である。このスケジュールでは高校なんて夢のまた夢と思っていた売れっ子の父母は大喜びである。生徒数を増やしたければ、共学にすればいい。「タッキーと同じ高校に入れるの?!」という事であれば、女の子はこぞってジャニーズ学園を志望するであろう。

タレントの勤務形態から考えて、学校は朝の10時から夜の10時まで開講し、選択した授業に出る事によって単位を取り進級する。音楽と体育の単位は、校外実習で免除してもいいかも知れない。あっ、しまった。この学園には、内海光司も社会人学生として入学させるつもりだったのに、そしたら彼は体育と音楽の授業をわざわざ受講しなければいけないではないか。内海とか錦織とか忍者とかだけが参加する体育と音楽の授業。なかなかハードそうである。しかしここで鍛えておけば『筋肉番付』出演も夢ではないかも知れない。授業は跳び箱と筋トレを中心に行って欲しいものだ。単位も取れて筋肉番付も狙える。一石二鳥である。

学園祭は大パニックが予想されるのでチケット制にすると良いだろう。そうなるとチケットを売買する輩も続出するであろが、なーに学園側だってこっそり売ってしまえばいいのである。そして当日ドル箱タレントがみんなテレビやコンサートで学校にいなかったとしても、別に出演者を発表したわけではないのだから、文句を言われる筋合いではない。ジュニアを目当てにやって来て、その日全員が番組収録に行ってしまって内海光司が楽しそうにタコ焼きを焼いているだけだったとしても、誰にも罪はないのだ。

問題は、売れっ子はなかなか単位が取れずに卒業出来ないから、そのファンも卒業したがらないという事だ。テストでは逆の意味でのカンニングが横行するかも知れない。「やだ、光ちゃんたらナポレオンの事カメレオンって書いてる、あたしもカメレオンにしよーっと」「どうしよーテストで70点も取っちゃった、単位取れちゃうよ」「こうなったら出席日数を減らすしかないかな」「駄目よ、当分ツアーもないからみんな学校に来るわよ」「見たいけど、出席したくな〜い。そうだ、出席に返事しない事にしようかな!」 なんとも親不孝な女子生徒が増えそうである。「嫌いな子には代返する」などという逆の常識がまかり通りそうだ。

最近の私立高校にしては珍しいが、修学旅行は京都である。何故なら多くの生徒が途中を抜け出して「KYO TO KYO」に出演しなければならないから。「あ、俺金閣寺見られないんだ、三部のステージ終わったら三十三間堂から合流するわ」「そしたら俺がバトンタッチだ。夕食には戻るからよろしくな」途中、単独で太秦に向かう子もいるかも知れない。「俺、今日オープンセットだから、天気によってはなかなか戻れないかも知れないけど、みんな待ってて寝ないでくれよ〜」忙しい限りである。そんな中でも内海光司はひたすら点呼を取る係だろう。彼とその仲間たちは十二分に京都を満喫出来る筈だ。いいんだかなんだか。

体育祭は東京ドームで決まりである。観覧席の都合から、卒業式も入学式も東京ドームになりそうだが。テレビ中継も入れて派手に行こう。慣れ親しんだ母校を巣立つジャニーズジュニアの涙。ワイドショーもスポーツ新聞もジャニーズ学園の学校行事で四季の話題にはことかかないな。ああ、これで内海光司もテレビに出られる。素晴らしいジャニーズ学園…と思ったが、問題は内海光司はこんなに素敵な母校から、あっという間に卒業出来てしまうという事である。とりあえず大学と大学院を作って貰って、最後の最後は研究室に残り続けるしかないだろうか。ついに博士号が取れてしまったらどうしよう。あっ、そうか、先生になればいいのか。




MASK(10/27)


11月の予定ばかり増えていくが、そう言えばまだ10月の半ばなのだな。予想通りにいけば、12月まで内海光司の仕事はない(3の倍数にしかテレビに出ないから)まだまだのんびりしていられそうである。もうこれ以上のんびりしないでもいい様な気がするが。

12月と言えば、総統と光ちゃんの「MASK」である。正木が出たんだから、内海光司が何かイタイ役で出演するんじゃないだろうか、タッキーを座長と呼ぶのだろうかと色々悩んだが、何となく、出ないという方向に世論は落ち着いた模様である。ほっと一息である。内海ファンは勝手にほっと一息ついているが、ジュニアファンにしてみればたまったものではないだろう。どうして一部ではもうチケット発売が開始されている舞台の、出演者がいまだに発表にならないのだろう。このままでは一人十役である。北島マヤもびっくり。「秀明と五つの青い壷」もしくは「光一と五つの青い壷」。それなら手だけでも出演させて貰おうかな。「さすが内海君、手だけであれほどの恐怖を演出出来るとは…」失礼な、内海は手は綺麗なんだぞ(「手は」って…)

私はV6がやった方の「MASK」を知らないのだが、新版のMASKは主役が「三人」いなくてもいいものなのだろうか。もし大筋が、PLAYZONEの「MASK」に似ているのだったら、残りの二人の共演者はここまで名前が出なくて気の毒ではないのだろうか。きゃっ、内海がくたばる方の役だったらどうしようかしら。

「内海君が…長くて三年…悪くすると半年の命だろうって…」「寿命なのか…」失敬だな君達は!
「…いや、そうじゃなくて…」「『なんじゃに?!関ジャニ』を続ける事が、どれだけ内海君の身体に負担をかけてると思うんだ!俺はこの番組を降りるよ」「待て! 横山!!」そうだ、待つんだ横山、それがどれだけファンの身体に負担をかけているのかわかっているのか。
「俺達の夢…関ジャニ…その最後の舞台だ…」バーレッスンに勤しむ村上。あれっ、タッキーどこで出てくるんだろう。まあ千年だけ踊って貰えばいいのか。

ところでMASKの正式名称は「SHOW劇MASK〜仮面〜」である。続けて読むと特撮のヒーローの様だという意見はPLAYZONEの時点から多かったが、内海はこの「しょうげきますく仮面」として出演するというのはどうだろう。あっ、光ちゃんががワルワル軍団(ちなみに軍団員のユニホームは白衣だ)に襲われているぞっ「たすけて〜マスク仮面〜!」「ジャニーズのドル箱を苛めるとは!許せんっ、とうっ!」「だ、誰だお前は?!」「私の名は、衝撃マスク仮面! 将来のジャニーズ事務所を背負って立つ男だ! 仕事の惜しくないジュニアは、かかって来いっ!」「うわ〜、マスク仮面にたてつくのはまずいぞ〜」「はっはっは、逃げていったなジュニアどもめ。さあ光一、大丈夫かい、しっかりしたまえ」「あ、ありがとうございました、マスク仮面。あの、もう仮面を取ってもいいですよ」「失礼な。これは地顔だ」…いつの間に東山が主役になったのだろう。


 

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