パパウォッシュ(5/6)
パパウォッシュを探している。えっ、じゃあなさんパパウォッシュってあのパパウォッシュ?そう、そのパパウォッシュ。
パパウォッシュを買えば内海光司に仕事が来るとかそういう事ではなくて、ただ単に欲しいからだ。
思い起こせば四月のはじめ。京都に行った折じゃあなさんは伊勢丹でパパウォッシュを買った。かねてから使ってみたかったのが、通販というわずらわしい手段をとらずに手に入るので嬉しかったのだ。悦子はちょっと私をバカにした。バカにされたものの、使ってみるとなかなかよろしい。アイシャドウだろうがマスカラだろうがガツンと落ちるのが気に入った。しかも私はかつて酵素入り洗顔料で肌をムケムケにした事があったのだが(じゃあどうしてパパイヤ酵素の洗顔料を買ってみたのだ…)パパウォッシュマイルドはそんな事はない。うーんマイルド。調子に乗って母までもが私のパパウォッシュを使いはじめた為、購入した一本はもはやなくなってしまった。
そんなわけでパパウォッシュが欲しいのだが、いざ買いたいと思うと、あれほど雑誌で見かけたパパウォッシュの宣伝がどこにも見あたらない。中村由真がタオルで顔拭いている奴だ。絵を書けと言われれば書ける程見かけた、あのパパウォッシュページはどこへ。と、いう事で、パパウォッシュを購入出来る連絡先をご存じの方はじゃあなまでご一報下さい。パパウォッシュ情報募集中。
それにしても、関東在住の私にとって(そしてラブジュニを録りのがした私にとって)最後に内海光司の姿を見たのはこのパパウォッシュを購入した京都の公演が最後なのである。凄い。パパウォッシュ使いきるほど仕事をしない男。今度内海光司に仕事が来たら、洗濯石鹸とかシャンプーとか買ってみるといいかも知れない。アタックを使いきる程仕事をしない男。ティセラ二本分仕事をしない男。何だかチンケだが相応しい称号である。ヤシノミ洗剤を詰め替え用パックに変えてもなお仕事をしない男。そのうち最後の一葉の如く「このヤシノミ洗剤を使いきってしまったら、内海はヤシノミ洗剤3パック分仕事をしない男になってしまうんだわ…」と洗剤をケチり出してしまう心優しい人が出て来てしまうかも知れない。まあ自然には優しくて良い事だが。
もしかしたらパパウォッシュの広告はアイドル雑誌に載っているのかも知れない。昔よく見かけたのに、今見かけないというのは、かつて買っていて今買っていない雑誌という事になるから有り得る話だ。パパウォッシュひとつでこれだけ世情の寂しさを実感出来るとは。どんなものにも、もののあはれは潜んでいるのだなあパパウォッシュ。人生いたるところに青山あり。パパウォッシュ情報お待ちしてます。
Newtonスピリッツ(5/10)
Appleのホームページに行ったら電気釜がくるくると回っていた。「さすがApple。面白い観点から攻めてくるなあ」と思ったら、電気釜の正面にはモニタが。これが噂のiMacという奴であるか。うーむ。コニーちゃんのポケットボードスケルトン(シェルブルー)みたいだ。
再三言っている様に私はMacユーザーである。私の周りは何故かMacユーザーばかりなので、Macが少数派だという気にはあまりならない。ダイエーとかの電気機器のチラシにMacOS搭載マシンが載っていないと、やっぱりMacって少ないんだなという気になる程度である。しかしながら、街を走っている車にリンゴのマークが貼ってあるのを見ると、Macユーザーの愛着と誇りを感じるとともに、わざわざウインドウズのシールを貼る人はいないという絶対的圧倒感に襲われる事もある。言ってみれば、貼ってない人は殆どウインドウズユーザーという事になるではないか(まあ私も車には貼っていませんが)。
そんなMac、そんなAppleにまで見捨てられたマシンがある。マイノリティの中のマイノリティ。キングオブひとりぼっち。そう、NewtonMessagePad(MP)である。ショップでは殆ど販売されていないので、Mac雑誌を読まない人は見たこともないであろう電子手帳である。そしてApple社が開発中止を宣言し、あともうちょっとで生産も終わってしまうであろうから、まさに幻の電子手帳という事になる。細かく言及しておくと、MP130まではPDAで、2xxxはハンドヘルドPCという事になるらしい。なんでこんな事まで言っておくかと言うと、Newtonユーザーは凄いからだ。
何が凄いと言って、MessagePadとNewtonOSにかける愛情がただ事ではない。私はMP130購入以降、メーリングリストやパソコン通信のフォーラムなどに入会したが、トラフィックも書き込みも、他と比較するとかなりの量である。ハッキリ言って私が今入っているどのフォーラム、PATIO、メーリングリストよりもNewtonが一番多い。
私も同僚がたまたま持っていたのを見なければ、多分実物のMPなど見ることはなかっただろう。さくらややヨドバシカメラで売っているものではないし、東京でさえまともに扱っているのはたったの二店舗だ。かなりレア物を扱っていると思われるPower-Yu(モバイルパソコン専門店)でさえ、MP130購入前に「扱っていますか?」電話して聞いたところ「いや、今は扱ってないですよ。だってもう…ねえ?」と言われてしまい、思わず一緒になって笑いながら「いやいや、そのうち君は『だってMacはもう…ねえ?』とか言う日も来るぞ」と、思ってしまった程じゃった(懐古)
その、どこにも売っていない様な、しかも今年が終わったらもう本当にどこでも手に入らない様な、そんなNewtonのユーザーが、今どこよりも熱い。これはもう「凄い」としか言いようがない。この逆境、このマイノリティぶりは内海ファンよりもハッキリ言ってひどい。だがそれにも負けずにNewtonファンは熱い。頭が下がる思いである。
Newtonエヴァンジェリストはソフトを作る。それも殆どが「より多くの人にNewtonを愛して欲しいから」という理由によりフリーウエアだ。放っておくとハードも作る。来年くらいになったら、ユーザーの手によるNewtonMessagePad3000(カラー液晶)なども制作されるかも知れない。Newtonスピリッツなるものを愛し、制作が打ち切られた今となってもNewtonは永遠だと断言してやまない。
私はと言えば、MP130とそれなりに仲よくなりつつあるが、まだNewtonスピリッツを理解するには遠く及ばない。だがどんな逆境においてもNewtonを愛し続けるユーザー達の姿勢を、内海スピリッツにおいても見習いたいとハチマキをしめなおすのであった。内海ファン、まだまだぬるし。
就職活動(代理)(5/13)
晃が大河ドラマに出演するというので、晃ファンの早苗ちゃんと話をしていた。「浅野大学ってどういう人?」「内匠頭の弟で、浅野の家督を継ぐ人」(だったと思うの)と言ったら「ああ、またオクタヴィアヌスみたいなもんか」と言われ、正誤はともかくあまりにも歴史的に壮大な発想の飛躍に返す言葉もなかった。
私は大河ドラマは羨ましいけどそんなに羨ましくない。内海光司には向いていない事もないが、実力で勝ち取ってくるとは到底思えないし、事務所的に回ってきた仕事ならば事務所が内海光司なんぞを推すわけがない。一年に一度しか(「琉球の風」みたいな例もあるが)回ってこないチャンスなのだから、もう少しブレイクさせたい人材を投入するであろう。大体うっかり大河なんぞに出て、これ以上ネームバリューがないのにギャラだけ上がっては、いよいよ使い途がなくなるではないか。私が狙っているのは同じNHKでも、朝の連続テレビ小説である。出たい。うわーん出たい。大沢樹生ほど朝の似合わない男が出られたのだから、内海光司だって出してくれ。なっ、井澤満(と、言いつつ彼の方がよっぽどNHK再進出を切望しているかも知れない…)。毎朝内海光司が見られるなんて、これに勝る贅沢はないではないか。
私は最近のNHKの朝ドラは見ていないが、どうも新聞の粗筋を見る限り、大抵が、とても爽やかで前向きなヒロインに、庶民的な男とちょっと無理めの男がセマっている様な印象を受ける。まあ詳細は違っても、大体そんなところなのだろう。庶民的な当て馬をさせれば内海光司の右に出る男はそういないだろう。長江健次が出てこない限りまず内海光司の独壇場だ。NHKは劇団あがりの爽やかな好青年を起用している暇があったら内海光司を使ってくれるべきではないのか。何故って?劇団あがりにはまだ限りなく広がる未来と可能性があるから。「大地の子」だろうが、俳優座公演だろうが、どこへなりと広い海原へ扱ぎ出していくがいい。朝ドラでブレイクなどというチンケな了見は、本格派の君達には似合わない。バスだって電車だってシルバーシートではお年寄りや身体の不自由な方、言わば社会的弱者に座席を譲るだろう。そしてそれこそがNHKの訴える「これからの老人大国・にっぽん」ではないのか。おお人間交差点。
ところでNHKと言えば、大河ドラマなんぞは、顔の角度、セリフのブレスの位置も監督の言う通りにしなければならないという。だからそれが出来ないタイプの役者には非常に辛いのだそうだ。言われてみるとヒガシも晃も、そういう事には如何にも素直そうである。ここで錦織あたりをつれてくれば、神経性胃炎で途中降板にすらなりそうだ。だが、ヒガシよりも晃よりも向いている男がいる。そう、内海光司。監督が宙に浮けと言えば浮くだろう。長いものに巻かれる事に何の抵抗も感じない男。ましてや相手は親方日の丸である。それはもう、マリオネットの如く制作者の指示に従うであろう。カクカクっとね。
素直で従順で爽やかです。他にはさして取り柄もありませんが、NHKさんどうか買ってください。年は30です。
秘密だよ(5/17)
この一週間というもの、風邪をひいたのか微熱が続いて身体が使い物にならなかった。ようやく復活してきた感じである。平熱が水銀体温計で計れない程低い私にとっては、6度7分を越せば大した熱なのである。今までで38度の壁は超えた事がない。高熱だ、これはもうすぐ脳が沸騰して死ぬだろうと思った時で7度8分くらいだった。
熱と言えば、私は高校時代、横になっていても天井がまわるくらいの熱を出して、うんうんうなっていた時、突如思い立って部屋中のポスター(当時は天井までポスターを貼っていたのだ。若いっていいネ)を剥がし始めた事があった。熱にうかされながら考えたところでは「光GENJIなんてもうあと何年もあるわけじゃないんだから、こんなに好きでいても仕方がない。傷が浅いうちに(十分深いが)さっさと忘れる努力をしよう」と思った事を今でも覚えている。考えてみれば私はあの時が一番正常であったな。
ちなみに今私の部屋にポスターは一枚も無い。昨今内海光司のポスターが販売されないというのもあるが、高校の頃とは部屋が変わった為に、部屋の四面の壁のうち、一面が窓、一面がクロゼット、一面がドア、一面がロフトベッドになってしまった為、どうあがいても貼る場所がないからだ。
ポスターというのは、家族や友人の手前か、貼る人と貼らない人にハッキリ分かれる様だ。私の友人でも、まあなちゃんやまあねちゃんの部屋は、お好きな方にはたまらない状態になっているが、悦ちゃんは絶対にポスターは貼らないで、丸めたまま保存しているらしい。しかも几帳面な彼女の事だから、今までに発売された全ての種類のポスターを端一つ折る事なく大切に保存しているのであろう。殆ど先祖伝来の掛け軸である。
かつて、友人の部屋に遊びに行くと、内海のポスターが貼ってあった。と、いうか、彼女の好きなメンバーの二、三人のソロポスターが貼ってあったわけだが「ああ、このポスターちゃんと貼ってみると結構いいね」と私が壁に貼られた内海をしみじみ見ていると、彼女は「そこ、あんまり居ない方がいいよ」と言った。「どうして」と聞くと、なんと霊の通り道だから、という。「この部屋、そこの扉からそのポスターまでの一直線に道があるらしくて、よく通るの。ちょうど内海くんのところから出て行くんだよね」真偽の程はともかく、私がそのポスターを他のメンバーと貼りかえてやったのは言うまでもない。誰にししたかはヒミツ。
いつかキンキンになる日まで(5/20)
相変わらず微熱と咳に悩まされながらも(じゃあなさん現在健康法絶賛募集中。何だか自分の健康に不意に自信がなくなってきた)どっこい生きている。
今日はまたしてもうちのママがテレビに出演するというので、一緒に芝公園スタジオへ。昔はスタジオやテレビ局に行くとなると「内海光司に会えないかしらっ?」という期待にうち震えていたものだったが、今となっては私も現実というものを知っている。滅多にスタジオに来ない私と、滅多にスタジオに来ない彼が出会う確率は「君の名は」の二人よりも低いだろう。
タカをくくって行ったところ、相変わらず楽屋リストに内海光司の名前なんぞはないが「アド街ック天国」(これ関東ローカルかも知れない。私時々見てるんですけどね)の収録という事でヤックンがいるらしい。いたいた。朝「花まるマーケット」で見ていたヤックンが今私の目の前に。人生ってファンタスチック。山田五郎なぞは、実物を見ると意外とスラリとしていてカッコイイ。キューピーちゃんなのはカッコイイ自分を隠す為なのだろうかと一瞬思ってしまった。
最近はスリップドレスなんぞが流行っているから仕方ないのだが、綺麗な身体の若い女の子が、何だか下着姿みたいな格好でソファーにひっくり返っている。出演者リストを見るに、これは辺見えみりかな、ずいぶんだらしないなあと思っていたら、どうやら新人の女の子らしい。辺見えみりは気持ちいいくらい爽やかに「おはようございます!」「よろしくお願いします」と挨拶している。
芸能人の、しかも若くて綺麗な女の子となると、どうしてもワガママとか、高飛車なんて先入観があるが、こうして見てみると、名の売れているアイドルの女の子達はみんなホントに礼儀正しくてお行儀がいい。街で探しても見つからないくらい、気持ちよく挨拶をしてくれる。こうでなくてはアイドルにはなれないのだろう。だから、ジャニーズの男の子達も、何となくパッと想像するとちゃらちゃらして、お高く止まったアイドルを想像してしまうが、ホントは偉くなる子ほど、ちゃんと挨拶をして礼儀正しいのだろうと思う。きっとKinKiなんて、新人社員研修に使いたくなるくらい立派に挨拶が出来るんじゃないだろうか。
そんな事を考えていたら、本番が始まるとの声。出演者がバタバタと楽屋から出てくる中、スタジオに行く廊下に突然ちょっとした花道が出来る。誰かに挨拶する為にスタッフや関係者が待ち構えているのだ。一体どんな大物が出てくるのだろうと思ったら、Yes、You're
キンキン。 ザザッとスタッフが頭を下げる中、キンキンはうむと頷く様な感じで廊下に出て行った。静かなるドン・キンキン。キンキンの意外な貫禄に、思わずつられて頭を下げるじゃあなさんであった。
そんな事をママに行ったところ「そうよ、ちゃんと挨拶して、人に気をつかえる子がやっぱり偉くなっていくのよ」とひとしきり頷いている。「階段をのぼれば、今度は落ちるのが嫌だからやっぱり人に気をつかっていくのよ。そうやって偉くなっていくの」そうして、いつかキンキンの地位にのぼりつめるまで、芸能人の切磋琢磨は続いていくのであろうか。
昔大人気アイドルだったからって、奢り昂ぶれる程気の大きい人ではないだろうが、内海光司はちゃんと挨拶をしているかな。おかあさんはちょっと気になったのであった。
ジュニアという生き方(5/23)
私はさして頭が良くなかった。勉強は無論好きではなかったが、中学以降ずっと、塾に行くか家庭教師についていたりしていた(今でも覚えているのだが、水曜日の七時からが家庭教師の時間になっていて、私はビッグファイトがあんまり見られなかったのだ。だから私のビデオではビッグファイトがよく抜けている事が多い。くやしい)大体週二回とか、受験の年は週三回とか、勉強していた気がする。
私達の世代だと別に偉い事ではない。塾も行っていなくて家庭教師もつかない子というのは珍しかったと思う。今はもっとそうなのだろう。私のまわりには、就学年齢の子供というのが全然いないのでわからないのだが、クラスの殆どが塾に行っているんじゃないだろうか。
この年になってみると、学歴というのはあんまり関係ないものに思える。例えばだが、東大を出ていても気が利かなくて仕事の出来ない人はいるだろうし、中卒だって素晴らしく活躍する人はいるだろう。私の知る限りでは、高卒の方が仕事に対する姿勢がシビアで、有能な場合が多い。でも就学時というのは、大抵の人が不安なのだ。ともかくいい高校に入らなければ、いい大学に入らなければ、いい点数をとっていい会社に入らなければいけない、とやけに焦る。みんなのしている通りにしていないと、落ちこぼれる様な気になるのだ。これは、その渦中にいる人にいくら「そんなの、関係ないよ」と言っても仕方がない。登り切ってから見下ろしてみないとどんな山を登ってきたかなんてわからないのだ。
何が言いたいかと言うと。現在ジュニアというのは百余人いるらしい。ジュニアは、土日にレッスンがあるらしい(少なくとも内海の頃はそうだったらしい。って、何年前だ)つまり土日には塾に行けない。と言う事は四谷大塚には行けないな。そして、昔のジュニアに比べて今のジュニアは大忙しだ。先輩の歌番組のバックで踊って、コンサートについていって踊って、自分達の番組にだって出演してしまう。これでは、週二のペースで塾に通うのがやっとか。夏期講習には参加出来そうもない。それで学業に専念しているクラスメートと対等に渡り合うのはよほど頭のいい子でもなければ不可能だろう。
みーんなが必死になって山を登っている時に、一人だけ川で泳いでいる様なものである。川で泳いでいる奴は、涼しそうかも知れない。楽そうかも知れない。いい気になって、ちやほやされているかも知れない。でも、山には登っていないのだ。みんな登っているのに登っていないのだ。みんなが「みんな」である事をこんなにも要求されて、みんなが「みんな」の中に入りたがっているこの世の中で、そいつは川で泳いでいるのだ。私はこれは勇気だと思う。湿気のない意味でのバカだと思う。
私がもし男の子で、何となく楽しそうだとか、女の子にちやほやされそうだとかいう理由でジャニーズ事務所に履歴書を送って、万が一それが通ってしまったとしても、怖くなって途中で辞めてしまう気がする。だってあいつより俺は背が低いし、あいつみたいに踊れないし、あいつみたいにパッと見てカッコイイわけじゃない。百余人の中でもトップクラスとはほど遠い上に、他の「みんな」は山に登っている! これは怖いんじゃないだろうか。私なら塾に行く。どんなに成績が悪くたって「どうせ俺は頭が悪いし」なんて割りきれないと思う。
最近は、学業に専念するという理由で辞めるジュニアの話を良く聞くが、至極当然な事だと思う。むしろ残っている連中は本当にバカだ。山に登らないのだ。明日どうなるのかもわからないのに川で泳いでいる。識者ならば本当に「馬鹿」だと思うだろう。私は彼らを「バカ」だと思う。ジュニアの番組をしみじみ見ているわけではないが、CMなんかで雁首揃えている姿を見ると「まだ日本にこんなにバカがいた!」とそのエネルギーに圧倒される。この子達は(基本的には)みんな塾に行っていないのだ!
今のジュニアは、人数ばっかり多すぎるかも知れない、メディアに露出しすぎるかも知れない、実力が足りないかも知れない。まとめてみればただの沢山の子供達かもしれないけど、彼らはクラスの中でたった一人クラスメートと違う事をしていて、その背徳感に耐えている子供だ。
ジュニアは多すぎるというが、ジュニアという生き方を選べるバカな子供は、今の時代にはもっと多くたっていい。
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