さらばDiary

内海光司補完計画(4/4)

内海光司なヒトとかモノをつい探してしまう。小説や漫画を読んでいてもつい内海に似ている人を探したり、キャラクターグッズもどこかに内海らしさを求めてしまう。最近ではポケモンシリーズの玩具「うなずきフシギダネ」。話しかけると「ダネダネ」と頷いてくれる「手のひらピカチュウ」と同じシリーズの玩具であるのだが、これが大変内海に似ている。フシギバナになると晃になってしまうのだが、フシギダネの時点では大変内海だ。内海らしい外見のポイントはやはり、平面で横に間延びした顔とナイ鼻とデコであろうか。あとツリ目。この緑色のフシギダネを私は何とかブルーに着色したくて仕方がない。何で塗ればいいんだこれは。

内海光司な性格、という事になると、ワガママで子供っぽいか、体操のお兄さんの様にクソ爽やかかのどちらかが「らしい」という範疇に入るのであるが、後者で言えば「てくてくエンジェル」のグッドエンディングも脱力するほど内海だった。こういうのもネタバレになるのだろうから言わないが「…お前は内海か…」とがっくりするほど内海だった。内海に会いたい人は日々せっせと歩くとよろしいだろう。一度エンディングを見たっきり、ママに貸したらトイレ床に叩きつけられてあっけなく壊れてしまったので、私は他のエンディングは見たことがない。あれはバッドとかノーマルエンディングだったとしてもあんなに内海なのだろうか(だが、同じエンディングを見たまあねちゃんは「昔のあっくんみたい…」と言っていたから、まあ樹生と和己以外は各メンバーにむりやり当てはめられるメッセージなのかも知れない)

何でそんなものを愛読しているのかと言われれば返答に窮するが「ほんとにあった怖い話」という季刊の漫画雑誌があって、その中で霊能者の寺尾玲子さんというのが「新都市伝説」と称して、幽霊が出るという場所に行ってレポートしたり、歴史上有名な人物をゆかりの地で降霊するという企画があって、今回はそのテーマが新選組だった。玲子さんが沖田総司を霊視して(当たり前であるがさっきから降霊とか霊視とか、みんな一喝変換出来ない単語ばかりだ。ちなみにジバクレイも出来ないぞ。ほん怖編集部のワープロにはさぞかし変な単語が登録されているに違いない)曰く、「公園で子供と遊んでいたという説話があるけど、実際は子供を集めて説教をしていたらしい」…との事。玲子さんの霊視の程は知らないが「内海光司に沖田総司を」と主張していた私には「ほらやっぱり!」と膝を叩きたくなる様な証言であったな。

そう言えば以前私は「内海光司が大河ドラマの主役になってくれたらいいのに…」と夢想するあまり色々な手段を考えた。いくら私がNHKの偉い人だからって、よっぽど理性を捨てなければやはり内海光司を大河の主役に抜擢する事は出来ないのだろう。私にも出来ないのだから局長にはもっと出来ないに違いない。だが何とか内海光司を抜擢する大義名分はないものかと考えあぐねた挙げ句「内海光司の先祖が大河ドラマの題材になれば!」という結論に達した事があった。内海光司の先祖を題材にしたドラマならば、その役を子孫の内海光司が演じるのは至極当然な事である。いないのか、内海の先祖に突然、織田信長とかが。内海藻屑衛右門とかいうのが(それは磯野さんの家だ)ジェームズ三木の感性にビビッと触れたりはしないのだろうか。私の先祖でもいい、居たら子孫の私が「内海光司が演じるのなら」とドラマ化を快諾しよう。NHKよ、うちのおじいちゃんのドラマを作ってくれ。



ジンクス(4/9)

花散らしの雨が続いている。ああ風流な書き出しだ。満開の桜の下を通る時、私はいつも緊張する。降ってくる桜の花びらを手で捕まえられたら、願い事が叶うと昔大好きな先輩が言っていたからだ。

幸か不幸か、私の生活圏の中にはやたらと桜並木が多い。その下を歩く度に、美しさを愛でるでもなく、散り行く花を惜しむでもなく「これが主演ドラマの分ーっ」「これが映画のーっ」などと心で叫びながら花びらに飛びついていく私は、およそ風情とは無縁の人間であろう。最近では毎春の特訓の成果か、花びらを捕まえるのが巧くなってきてしまった。あれは、急にパッと動くといかんね。自分が起こした風圧で結局獲物を逃してしまう。桜にこちらの気配を勘づかれない様に、何げなさを装って桜が油断したところを電光石火で捉える。蝶の様に舞い、蜂の様に刺す。お願い事を唱えたら逃がしてやる。これが私の春のジンクスだ。

要求が身分不相応なのか、それで願い事が叶っているかと言えばそうでもない。捉え方が甘いのかも知れないと、最近は「一度に二枚掴む」とか「左手で捕まえる」など、さらに試練を過酷にして挑戦しているのだが、効果の程はいかがなものだろうか。来年になったら是非、箸で捕まえるという宮本武蔵的な技にも挑戦してみるとしよう。

ジンクスと言えば、最近ネット上では「内海ファンが海外に行くと内海光司が仕事をする」というのが囁かれている。過去私やらたかねさんやらが海外出張になると必ず、留守のうちに内海光司の仕事が決まったりしたからだ。私の研究によると、内海光司の仕事量は巨人軍の勝率に影響する。逆かも知れない。何故か巨人が強い時、内海光司は働く。私が巨人ファンなのは別に内海家の嫁として認められたい為ではない。巨人を応援する事が自分の利益につながるからだ。頑張れ松井。頑張れミスター。ジンクスが叶わずとも、巨人が勝てば内海の機嫌が良くなるのだから、それだけでも応援した甲斐はあるというものだ。

仕事量巨人軍勝率比例説を唱える私に対して、友人は仕事量株価反比例説を主張していた。景気が悪いと内海光司の仕事を増えるという事か。生憎株価には暗いので実感した事はないが、おそらく「また私の株は落ちたけど、でも内海に仕事が来たからいいわ…」という感慨を何度か乗り越えた人が唱え始めた学説なのであろう。してみると、株価が低迷している時、巨人は強いという事になるが、これは統計学的に証明出来るのであろうか。

いずれにせよ、何と連動しているのか内海光司の仕事量は多いとは言い難い。駄菓子屋のひもクジの様にどの紐を引っ張れば内海光司がつり上がるのかわかっていれば、今度はそちらからアプローチしてみるのだが。もし内海光司の仕事量と便所の落書き量が比例するというのなら、私は喜んで軽犯罪法違反に身を投じるのだが。




まっくこわれる(4/19)


全く冴えない一週間であった。まあねちゃんのPowerBookの具合が悪いというので「どれどれ」とヤブ医者のじゃあなさんが診察したところ、起動すると内部から「つったかたー、つったかたー」と兵隊さんが行進するかのごとき、リズミカルなノイズが聞こえる。「いくら私でも兵隊さんの行進は止める事が出来ない」とさっさとサジを投げ「多分HDD換装になるから、ともかくバックアップとっておいてね」と他人の不幸にさして親身にもならずにいたら、自分のPowerBookのHDDがまるっきりぶっ壊れてしまった。

不精なじゃあなさんがこまめにバックアップなど取っているわけがない。一気にデータは一カ月前に逆戻りだ。大体何のOSを使っているのかわからない程カスタマイズされた私のデスクトップは、一度失われたら戻すのに(戻すな)一苦労である。

Macが壊れたらマックもこわれた。うちにはMacが来るずっと前からマックという名前の猫がいる。世界で一番恐ろしい猫だ。過去五指にあまる人をその牙で病院送りにし、十人の消防隊員と戦った経験を持つ歴戦の勇者である。そのバカ猫が最近めっきり痩せてしまったので決死の覚悟で病院に連れていった。予約をとって行ったら医師が逃げる可能性がある。アポ無しで飛び込んでみたところ、先生は往診に行っているとの事。一時間で帰ってくるというので、おんおん鳴いているマックを放り出して一時間後に戻ってきてみれば、連れてきた時は確かに猫の入ったペットキャリーだったものがただの「怒れる箱」になっている。シャンプーに来たという愛らしいおだやかな顔をしたシーズーが、マックの剣幕に怯えて診察室の片隅でガタガタ震えている。ふと見れば一時間前に私が記入していった問診表の「日本猫。マック。オス」という下に「兇暴」と書き足されている。(どちらでもいいらしいが)私が普段「きょうぼう」と書くときは「凶暴」であるが、メモには「兇暴」とあった。何だか「兇暴」と書かれるとより恐ろしさが増すというものである。ちなみに今辞書ソフトで調べてみた「兇暴」は「残忍で乱暴なようす」…残忍な猫。どうしてそんなものを飼っているのだ私は。

診断結果は肝臓障害から来る消化不良との事。御薬とビタミン剤と専用食(まずいらしい。嫌そうに食べている)を貰って帰る車の中でも、マックは相変わらず「怒れる箱」であった。今このペットキャリーが壊れたら間違いなく私は殺される。喉笛に緊張を走らせた、かつてないスリリングなドライブであった。松島とも子の気持ちというのはああいうものか。

ここまでプライベートが恵まれないのなら、内海光司くらい華々しく活躍して埋め合わせて貰いたいものだがそんなうまい話もないらしい。東京の空模様の様に、まったく冴えない一週間であった。




名にしおふ(4/22)


佐野瑞樹の、いえ、ハナミズキの美しい季節となりました。よし、掴んだかな(ギュッとね)。

「もっと更新して下さい」という声は一言も聞かないが、個人的には大変更新スピードが落ちて申し訳ない。Macユーザーで内海光司ファンというマイノリティの逆境に耐え続けた結果、ついにはそれに悦びを見いだして、自らNewton Message Pad(Appleの出していたPDA。過去形ってところが何とも…)を購入してしまい、地獄の底まで落ちていったせいかもしれない。

初心者でも、機械オンチでも扱いやすいと言われているMacでさえ、じゃあなさんは購入一週間目くらいまで「…高い箱買っちまったな…」と日々まきがめ(ゲーム)ばかりをカチカチとやっていた覚えがあるが、MessagePad購入四日目の現在も「…カッコイイからいいんだよ…」とねちがめ(Newton版まきがめ)をタップし続けている。さて使える様になるんでしょうかねNewton。

Newtonはさておき内海光司であるが、先週のラブジュニを見逃したじゃあなさんは、いつも信じないTV STATIONを今度ばかりは信じて、今週分を録画してみたのだが、総統が焼き鳥食ってるだけだった…。内海光司、いずこ。私が毎週ラブジュニを見ていた頃のスタメンがちょうど京都に行ってしまって、その下の世代がくりあがって今メジャーフィールドにいるらしい昨今のラブジュニであるが、いやあ最近の若いモンは洒落た名前をしておるね。トーマにライタときたか。ここで私が「ゴールドライタン!」などというギャグを飛ばしても、マッハゴーゴーゴーの物真似をした錦織以上にウケないんだろうな。しょぼん。

私の本名もかなり珍しいが、これは深い理由があってついたわけではないので、珍しくとも立派な由来があるわけではない。生田のお母さんには是非「斗真」と言う名前にどういった謂れがあるのか聞いてみたいところである。まさかお兄さんがオスカーとユーリというわけではあるまい。

内海光司というのは、珍しいのか珍しくないのか判断に困る名前である。これが「ウツミ浩次」となるとかなり平凡であるが「内海光司」だと先入観からかちょっとカッコイイ気がする。大体私は四角い漢字がするので、内海光司という字は大変好ましい。とまるっ、はらうっ、とまるっ、はらうっ、という溌剌としたテンポを感じる。内海が男の子で良かった。お嫁に行って苗字が変わる事がないから。

だがひょっとして内海光司などは、「光」の字のアシくらいしか流れるところがないから、仕事にも発展性がないのだろうか。何だか姓名判断の新説を打ち出してみたが、もう少し柔軟性のある、滑らかな名前だともっとうまく世を渡っていけるのではないだろうか。滝沢秀明。うむ。適度に流れておるな。三宅健。うむ。流れている流れている(何となく、今うまく世を渡っていそうな人を挙げてみた)。東山紀之などはまさに剛柔あわせ持った波乗りサーファーの様な躍動感を感じるな。うむ。

門戸を開くという意味で、内海光司もしばし私の愛する四角い名前を捨てて「内海のし」とか「内海あのよろし」とかいう名前にすると、ソフトな印象で仕事が舞い込んでくるやもしれぬ。




しあわせの青い鳥(4/24)

関東在住の私にとって、内海光司の近況を知る情報源はもはやこれしかない。と、言う事で最近マメにジャニーズマガジンを速攻購入する様になった。

相変わらず目覚ましい仕事の予定などはないらしく「まとめて休みがとれたのでスノボに行った」などとぬかしていたが、まだ「まとめて仕事がとれたのでお金が出来たからスノボに行った」という方が信憑性がある。あっ、主語は自分ではないのか。「(友達が)まとめて休みがとれたからスノボに行った」なのか。と、ちくちく内海を苛めても仕方がないのでこの話題からは離れよう。

くじ引きトークとかいう、くじ引きで当たった相手についてコメントを述べたのはFROM内海TO草ナギ剛と、FROM長野博TO内海だ。バックナンバーを引っ張り出すのは面倒なのでわからないが、どうもジャニマガでは内海と草ナギ剛、長野博という組み合わせが妙に多い様な気がするのは気のせいか。あと国分太一、山口達也。どうして内海とキムタクとか、内海と長瀬智也、KinKi、森田剛などグループの売れセンが組んだ試しがないのだろうか。何だかマイナーとメジャーでリーグ分けされている様な気がする。

博から内海のコメントトークであるが、申し訳ないので、彼が内海の付き人だったという事実はそろそろ時効として処理しては貰えないだろうか。今はかわってあげてもいいくらいだ。

長野博と言うと、私は彼にはちょっとうるさい。実は今冷静に考えたら何才なのかも知らなかったのだが、それでも私はデビューのずっと以前から彼に注目していた。彼が初めて雑誌に名前が載った瞬間から注意していたと言ってもいい。何故なら苗字が同じだから。彼がメジャーになったあかつきには「私あの子と親戚なの」という嘘をつこうとずっと狙っていたからである。実際はと言うとデビューした今となってもまだ言った事がない。そろそろ言おう。その親戚の長野博。親戚だから言うけど、彼は眉毛が薄い。「二人でお茶を」で、素敵な水着を着ていた時も思ったが、続く名古屋「女の言い分」に通行人で出て来た時にはもっと薄くなっていた。内海光司の付き人という過酷な職務が、いたいけな青少年の眉毛をむしばんでいるのではないかと、当時私達は気が気ではなかった。最近の博の眉毛は結構濃い。メイクで描いているというのもあるだろうが、内海光司が視界からいなくなった事で、ようやく毛根が生き生きしてきたんではないかと踏んでいる。

博と内海は兄弟の様だと、かつて赤坂晃が言っていた。…どこがだ。おっとりと穏やかに見受けられる博と、気忙しく潔癖なわがままを誇る内海のどこが似ているというのだろう。そういう意味では坂本の方がよっぽど内海に似ている。私の従兄弟に(段々近くなってきた)変な言いがかりをつけないで頂きたいものだ。

私はずっと「尊敬する内海君」とか「内海君にスニーカー貰えて嬉しかった。宝物」などと言ってくれるジュニアを切望しながら生きていたが、眉毛がハゲる程ひどい目に遭いながらも内海の事を「マジメだ」と誉めてくれる愛らしい博というものがこの世にいてくれたのか。何だか七色の花は家の庭にあったという心境になったジャニマガであった。しあわせの青い鳥は人々の心の中に。あとはジュノンで対談をして貰うだけだな。




爆走兄弟レッツ&ゴー(4/29)

ゴーゴー光司というのは長年の私の夢である。何でそういう名前にしたのか、その出典はとうに忘れてしまったが、つまるところが東山の様に後輩の尊敬を一身に集めるゴージャスでパーフェクトな先輩像の事を指す。

ゴーゴー光司は後輩に奢る。お年玉をあげる。服をあげる。靴もあげる。間違っても仮面ライダーのお面を城島茂にあげたりはしないし、ジュニアの村上から物を貰ったりもしない。ゴーゴー光司は都会のおしゃれスポットを知っているから、関西ジュニアの憧れの的。ゴーゴー光司はいつもおしゃれ。ベタなギャグを飛ばしたりはせず「フッ、〜だな」という車田正美の漫画みたいな喋り方をする。呑む時は勿論ブランデーグラスだ。途中から二次元的な幻想も入り込んでいるが、そんなゴーゴー光司に私は遭ってみたい。

ジャニマガを見る度に、ゴーゴー光司のかけらを探すのであるが、相変わらず内海はショボい内海のままで、瓶の王冠を集めた話などをしていてまことに貧乏くさい。瓶だけにビンぼう。なんちて。どぅわはどぅわはどぅわは。その横で東山は、聞いてもいないのに「知人のコンドミニアム(別荘)に行った」などとうそぶいている。カッコは余計である。エディタが入れたと考えるのが普通であるが、東山の事だから「俺の知人のコンドミニアム、あ、カッコで別荘って入れておいて。わかんないといけないから」と注釈してくれていそうで想像するだに臍で茶が沸く。もはやゴーゴー東山というより、放っておいてもゴーゴーレッツゴー東山という感じである。彼の場合そろそろ誰か止めてやって欲しい。

私が、内海がたった一度、もしかしたら彼の唯一の財産かも知れないプラダのスーツを披露しただけで、ゴーゴー光司への夢を何百倍にも膨らませているというのに、東山はパリのヴェルサーチ本店でスーツを作ったなどと触れ回っている。東山を見る限り、バブルはまだ終わっていないと感じさせられる。そして後輩からの人気もバブリーに爆発。確かに実績では大きく劣るが、勤務年数ではさして変わりがないというのに、この貧富の差はどうした事だろう。内海がしみったれているのか、東山が火の車になりながら焼き肉を奢り続けているのか、一体どっちだ(両方か)

内海だって最近は頑張っているのだ。かつて御正月のコンサートでTOKIOが口々に「諸星くん、大沢くん、お年玉くれてどうも有難う」と言う中、こそこそと隠れる様に小さくなっていた最年長。その彼が、敦啓・晃に焼き肉を奢り、長野博にはなんとふぐまで奢ったというではないか。以前から比べればかなりゴーゴー光司に近づいている。あとは「フッ、〜だな」という喋り方をすれば、相当ゴーゴー光司ではないか。なのに、その前を、ゴーゴーレッツゴー東山が札ビラまき散らしながら爆走していくばっかりに、ついぞ脚光を浴びる事がない。今はまだバブルの波及が関西ジュニアまで到達していないからテリトリーは守られているが、東京進出の横山あたりからじわじわと「東山さんがご馳走してくれた。尊敬するのは東山さん。東山さん大好き」などとレッツゴー東山に傾倒していくに違いないのである。おそるべし東山。ジャニーズ事務所の魔王よ。

ジャニマガで内海は、本気かポーズか喫煙を全面否定していた。さして吸わないという事なのだろうが、ゴーゴー光司は紫煙をくゆらせないといけないのになあと私は残念でならない。しかも煙草はまかり間違っても、親指と人指し指でつまんでいつまでもシケモクを吸ってはならない。人指し指と中指ではさんで、顔の下半分を斜めに覆う様にして吸って頂きたいわけである。きゃーかっこいーゴーゴー光司。レッツゴー東山の財力がついに尽きて、ゴーゴー光司が憧れの先輩界のスーパースターとして君臨する日を願ってやまないが、その頃には総統が「ふっ、ジュニアのみんなは可愛いな」などと言いながらゴールドカードを閃かせていそうである。いつまでも夢のままのゴーゴー光司であった。

 

1996年 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月        
1997年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
1998年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
1999年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2000年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2001年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2002年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2003年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2004年 1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
2005年 1月 2月