名探偵の聖地(3/12)
帰ってきたら東京は春、の予定だったのだが、そう甘くもない様だ。ミラノ、リヨン、ロンドンと回って帰ってきたが、内海光司は活発に活動してもいないが、死んでもいない様だ。休火山みたいな男だ。一発ドカンと噴火してみる気はないのだろうか。
実は私はイギリスには初めて行った。ロンドンは旅情溢れる美しい都市で、大英帝国の誇りを讃えた昼間の美しい街や公園と、霧と闇が似合う様な夜の妖しい静けさがなかなか対照的でロマンチックであった。
私は海外に行くにあたって、現地の事を何にも予習しないで、ただのこのこと出かけて行くので、ともかくロンドンときたらダイアナ妃とシャーロック・ホームズぐらいの了見でヒースロー空港についた。ホテルとちょっとリッチにリッツホテルである。私は時々うんといいホテルに泊まる機会に恵まれるが、パリの五ツ星ホテルなどは結構、慇懃無礼だったりする。ロンドンのリッツは気さくで優しく、いい感じであった。ベルボーイがしきりと私に「リッツのシールをあげよう。ステッカーを沢山あげよう」と物をくれたがるのは親切を通り越して不思議だったが。東洋人は若く見えると言うが、いくらなんでもこの生活に疲れた24歳がシールで喜ぶ様には見えないだろうに…どうしようこの沢山のリッツシールを…。
で、それしか知らないのだから、とりあえずベーカー街221bに行く。ここはシャーロキアンの熱望により、現在シャーロック・ホームズ博物館として、当時の面影そのままに?保管されている。中に入ると可愛いメイドさんが入場券をくれる。階段を上がると、暖炉には火がたかれていて、安楽椅子が二つと食事の準備がされているテーブル。物語そのまま、多分にテレビの影響もあるのだろうが、思っていた通りの「ホームズとワトソン博士の部屋」である。思わず暖炉の側に火かき棒を探し、あったので喜ぶ。ふむふむ、ホームズはこれを曲げるんだな。
三階はホームズ博物館である。やはりシャーロキアンの手によって、様々な証拠品や記念品が陳列されている。おいおい、それはホームズの手もとにはないだろう、と思う様なものも多い。ナポレオン像、踊る人形の壁、アイリーン・アドラーの写真、コブラ、ミイラ。誰だこんなもの持ってきたのは。赤髭連盟の写本もあったが、あれは中もちゃんと書いてあったのだろうか。
サイン帳があって、日本人のファンの書き込みが多い。「また来てしまいました」とか「やっと来られました」なんて熱っぽいものも多い。やけにNIFのIDを書き残している人が多いのも特徴と言えば特徴か。四階でお土産ものなど買って、すぐに見終わってしまう狭くて小さな博物館を後にしたが、古いのに埃をかぶっていない部屋の為か、焚かれていた暖炉の為か、何となくこうして帰ってきてみると、私と入れ違いにあの部屋に名探偵が帰っている様な気がするから不思議だ。夜の倫敦にはまだまだシャーロック・ホームズの出番が多い様な気がする。お土産物の袋によると、ホームズはE-MAILのアドレスを持っているらしいので、怪事件に御悩みの方は相談してみるとどうだろう。
野生の証明 (3/15)
元から寝ぼけ気味の人生を送っているので、時差でなくても突然睡魔に襲われる事は多いが、今日コンタクトレンズの検診中にうっかり眠ってしまったのは我ながら快挙であった。御医者さんにライトで眼球を照らされたり、目蓋ひっくりかえしたりされている時にぐーぐー寝てしまったのだ。やはり覚醒時とは反応が違ったのだろう。御医者さんは困っていた。「刺激に弱いんでしょうか…これは…でも今までちゃんと使ってらしたんですよね…」と悩んでいたので、正直に打ち明けたが信じて貰えなかった。いや本当に眼球露出したまま寝ていたのだが…。
私はどこででも眠れる。路上でも人混みでも立ったままでも眠れる。一度などは眠りながら接客して販売した事があったので、一体私の寝言でどうして何十万もの物を買ってくれたのは甚だ疑問であるが、あの時は何かを成し遂げた様な気持ちになったものであった。人間は眠っていても何でも出来るのだな。
ハードワークをこなしている成長期の少年なんぞは、それは眠いに違いない。光GENJIもよく、歌番組の後ろの席で眠ってしまった事があったらしいが、内海光司が眠っていた事がないので私はその現場を見たことがない。内海光司は眠らない。だがそれは彼の熱く激しいワーカホリック魂ゆえだけではなく、彼が見かけによらず神経質だからだろう。
内海光司は人前では眠らない、という話があった。だから「移動中のバンでも一人で起きている」と以前和己あたりが言っていた。後に内海光司がサングラスをかけたり、あれこれ被ったりしている状態での「眠っている映像」を見る機会が増えたが、あれも本当に眠っているのかどうかあやしいものである。ショップで売ってた枕抱えて転がってる写真。あれもアヤシイ。タヌキじゃないのか。
大体内海光司は、神経質というより動物的である。ドッキリも野性の勘で大抵気付いている(様に見える)。ハワイは全く気付いていなかったか全部ヤラセかのどちらかだろうが、煙草を手に押しつけられるドッキリの時は座っている時点からニヤニヤしている。結構アヤシイ。STARLIGHTヒット祈願も、あれだけ無抵抗なのはアヤシイ。ドッキリと気付かないまでも、相手が本気でない事は野性の勘で察していたに違いない。一番顕著だったのは、ニューハーフのおねえちゃんに襲われた時だ。どの時点でカメラに気付いたか知らないが、少なくともあの部屋に「なにかある」事は本能的にすぐに悟って、入った瞬間に出ようとしてスタッフを困らせていた。何にも考えないでカッコ良く机にまで座った大沢樹生とはえらい違いである(最後まで細かく言及すれば、廊下で大きな音を出される仕掛けのときはさすがに全く気付いていなかった様に見える)。たとえ彼に寝起きのドッキリをしかけたとしても、ドアが開いた瞬間に飛び起きてしまうだろう。
そう言えばその群れのボスに絶対服従するのも動物っぽい。コンサートでも、目が合うと彼は逃げる。自分のファンのところには近寄って来ようとしないのは、あれは動物だからだ。野性動物だから、人と目が合うと、ぴやっと逃げてしまうのだ。だから内海ファンは保護観察するのに双眼鏡を用いる。野性動物ウォッチングの基本である。自分でも巧い言い訳を思いついたところで、本日はこれまで。
引っ越し大名(3/18)
内海光司に仕事が来ない事も嘆かわしいが、ネタDEナイトフィーバーが終わってしまったのも身も世も無い程悲しい。「出る番組は打ち切る!」打ち切りキングの内海光司がゲスト出演した為ではないかと思うと、内海光司さえも憎い。でもその内海光司も、また一つゲスト出演先を失ったんだからおあいこか。ああもう誰を憎んだらいいのかもよくわからない。こういうのを二律背反というのだろうか。
それで、内海光司に仕事があろうとなかろうと世の中は動き日々は流れ行き、ジャニーズ事務所は十億円の新事務所社屋を設立だ。光GENJIピークの時代であれば「この事務所は私達が建ててやった様なものよ!」と腰に手をあてて高笑いをするところであるが、今となっては「すみませんねえ、こんなピカピカの事務所にお邪魔しちゃって…ぺこぺこ。え、どっこらしょっと」という気分である。新社屋が何階建てだか知らないが(新聞の写真をチラッと見た限り、五階以上には見えなかったが)地下駐車場を少年隊、一階から二階をSMAP、二階から三階をKinKiが設立したとすれば、内海光司が貢献したのは入口の足拭きマットぐらいのものだろう。まあ新社屋の中でも、あんまり彼の為にスタッフが奔走してくれるとも思わないから、足拭きマットでも十分か。これもおあいこだ。世の中は巧く回っているものだなあ。
和己だったか錦織だったか、そういう事を言い出すのは大抵この二人のどっちかなので、どっちだかわからなくなってしまったが、以前に「ジャニーズ事務所には所属タレントの名札が偉い順に並んでいて、ずっとおりも政夫さんがトップだった」という話をしていたが、さしずめ今ならば内海光司もそういった形骸化したトップクラスうちの一人なのだろう。きっと入ったばかりのジュニアだって、光GENJIの内海光司は知らなくても、事務所の名札が上の方に貼ってある「うつみこうじ」は知っているに違いない。新社屋移転の時にその名札とやらが捨てられていなければの話だけど。
そうだ。事務所の財政にあんまり貢献していると思えない内海光司だけど、引っ越しの時はきっと役に立ったに違いない。晃によれば「気は優しくて力はない(笑)」そうだが、内海光司は見かけによらず結構力持ちの筈だ。ビデオ「太陽がいっぱい」(実写)の時も、あんなにガリガリなのに丸太を担いで歩いていて不思議だった。みんなが「あいつには重いものを持たせられない」と思っているのを後目に、わっせわっせと机を担いでいく事だろう。
それに引っ越しの極意は人海戦術だ。人数と言えばジャニーズ事務所には、100人ものジュニアがいるではないか。パパですら覚えていないであろう東西のジュニアをシキれるのは、東西ジュニア番組の幻の(ホントだ)司会者・内海光司しかいない。「東京ジュニア、整列っ!
よーし、後ろから順にダンボールを送れ! いち、にっ、いち、にっ!そこ! 関西ジュニア! 電気機器は丁寧に梱包しろよ! 何のためにサバイバルでロープの結び方を教えたと思っている?!(その為だったのか)リースなんだから丁寧に扱えよ!
リトルはチョロチョロしない! ファイルを持っててきぱき移動しろ!」…そうか、内海光司はその為にジュニア番組の司会をしていたのかも知れない。引っ越しが終わったからもう用は無くなったという事か。全く世の中巧く出来ている。今自分で言って自分で傷ついてしまったが。
茨姫 (3/21)
年甲斐もなくキャラクターグッズを買って喜んでいるが、最近キティちゃんよりマイメロちゃんがお気に入りである。「内海ファンなら当然マイメロちゃんでしょう!」と友人に断言されたせいもあるのだが、ついついVIVITEXに行くとマイメロちゃんグッズをチェックしてしまう。
何で「内海ファンならマイメロ」かと言えば、京都の彼のコスプレはどうやらマイメロちゃんだと本人言いたかったらしい(ちゃんと耳に花もついてるし。赤いベストも着てるし)のと、内海光司は妙にうさぎの格好をするのが好きだからだ。生物的にはイグアナとかウーパールーパーとか、まあ、むりやり可愛いところでは猫とかの方が似ていると思うのだが、本人の断固たる要望により「内海光司はうさぎ」というのが定着させられた様な気がする。何しろ彼のコスプレはうさぎが多い。
だが私がマイメロちゃんが好きなのは、内海光司の作戦に乗ったからではなく、二番人気だからに他ならない。どうも昔からこの二番人気というのに弱い。内海ファンはみんなそうではなかろうか。どうしても主人公じゃなくて仇役とか、主人公の補佐役とか、そうでもなければ極端な脇役とかに走りがちである。アムロよりシャア、真吾よりブンドル、キッドよりアイザックなのである(年がバレるね…)乱暴に断言すれば、内海光司ファンは「キャプテン翼」なら全員若島津ファンだ。少なくとも私のこれまでの研究によれば例外はない。「私は違う!」という内海ファンがいたら相談に乗ろう。内海ファンである事か、若島津ファンでない事か、どちらかが間違っている(じゃあなさん、そこまで…)
内海ファンには先天的に、メジャーなものよりマイナーなもの、陽のあたらないものに走る傾向がある。だから内海光司なんかに走ったわけだが、この道はイバラの道だ。足もとは険しく、通る者も少なく、ゴールにたどりつける保証もない。Macユーザーにも似ている。と、言って内海光司ファンが全員Macユーザーであるという研究結果は別に出ていないのだが(でも比率的には意外と多いかも…いつかアンケートをとって研究してみたい)何となく「内海ファンでMacユーザー」というのは凄く似合う。「ああ、やっぱりね」という感じがする。悲愴感と強靭な信念を感じさせるではないか。殉教者という風情がしないだろうか。しないか。内海ファンでMacユーザーでマイメロラーな私などはさしずめ三重苦といったところであろう。
「私、キティラーからマイメロラーになりつつあるのよ、やっぱり一番メジャーなものは外したくなっちゃうのよね。まっすぐな道よりもついイバラの道を選んでしまうって言うかー」と言ったら姉に一言「それじゃイバラーだよ」と言われた。けだし名言である。
プロポーズ(3/26)
晴天の霹靂、の「へきれき」というのがどうやら雷の事らしいというのを、バカなじゃあなさんはTMR西川君の歌で知ったが、それにしても本日はまさに雷にうたれた様に感心してしまった。「やる気まんまん」のオットセイは、あれは「夫/精」という意味でオットセイではないのか?そうではないのか?そうだ。きっとそうに違いないのだ。一人、道を歩きながら雷に打たれるじゃあなであった。
さておき(こんな話を枕にするのは大変不適切であったが)長くファンをしていると、必ず一度や二度は「内海光司が結婚してくれって言ったらどうする?」という幼稚な質問を受ける事があるが、それに真剣に考えてしまう私が一番幼稚だ。
「内海光司が結婚してくれって言ったら」…何で言うのだ。会ったこともないのに。まずここから想像力の限界が来る。「コンサート会場や劇場で見かける君をずっと探していた」よくわかったな。双眼鏡のない私を。「実は僕は、君の年と星座と血液型に生まれた女性と結婚すると、風水では芸能界でスターダムにのしあがれる事になっているんだ」…うーん。そういう事なら結婚しないでもないぞ。
だが。私には内海光司よりも、内海光司のファンの方が大事だ。内海光司が結婚するとなったら、希少な内海光司ファンが更に減ってしまう可能性がある。そうとなれば、結婚する事は絶対秘密だ。ああっ、でも秘密にしたらワイドショーに出られない。ただでさえ相手が私という(おいおい)ただの会社員だから話題にもなりにくいと言うのに。これでは私自身によって「内海光司が結婚する時には、ワイドショーを全部録画して、内海光司寿ビデオテープを作る」という夢が阻まれてしまうではないか。私め。何て事をしてくれるのだ。
かくなる上は、結婚するし、挙式も芸能人を招いて派手に執り行うけれども、二人は愛し合っていないというスタンスを貫き通すしかない。特に内海光司が私を愛していない事が重要だ。「親の決めた許嫁なので…」とちょっと寂しそうに笑ってみたりするとどうだろう。ファンには妄想をはさむ余地があっていいが、世間的にみればただの変な奴になる可能性があるな。難しいところだ。
嫁ぐと言っても、私が持っていくのは服と本とパソコンとビデオくらいのものであるが、このうち本とビデオはダブっている物が多そうだ。これ以上「闘志」と「HAPPY!」が増えるのはごめんだ。うちにさえゴロゴロ余っているというのに、著者見本とかで本人が更に持っていたらどうしよう。もう、引き出物に贈るしかないな。総スカンをくらいそうだが。
ビデオは私の方が貴重なものを持っているのか、内海の方がレアなのか、迷うところだ。内海自身のビデオならば内海の方がもしかしたら持っているかも知れないが、少年隊なら私の勝ちだ。「うわっ、これ見たかったんだよ! 俺良かったー君と結婚して」そうだろうそうだろう。私も「夏の王様」見たかったんだ。良かったあなたと結婚して。それでいいのかこの夫婦。
しかしそうなると、私はこのDiaryに何を書けばいいのだろう。内海光司がご飯食べてる横で『それにしても仕事がない。内海光司よりも和田アキ子のマネージャーの方がよっぽどテレビに映る確率が高いんじゃないのか』などと打っていていいものだろうか。「何書いてんの」「に、日記よ!(嘘じゃない)」「ふうーん。…おかわり」更新スピードが更に遅くなりそうだ。やっぱりこの縁談は無かった事にしてもらおう。
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