さらばDiary

紅白に告ぐ(1/1)

紅白の民放化が嘆かわしかった97年である。
司会の中居はずいぶんと頑張っていた。和田アキ子はもう少し役に立つのかと思ったら、かなり突っ立っているだけに等しかった。
彼女もいい加減、いじられるのに慣れすぎて、通常のMCは出来ない素材なのかも知れない。どうしても和田アキ子が使いたかったなら、白組の司会を吉村明宏にするより他なかっただろう。

で、中居が頑張っているのはいいんだが、後ろにずらりとSMAPが応援に立ってしまうので、どうしても民放らしさというか、フジ臭さがにじみ出る。
それで、トモちゃんが歌えば小室先生が出てくるわ、反町が歌えば竹野内豊が出てくるわで、ベッタベタである。中学生が考えてももう少しひねるだろう。そのベタな演出が、ワイドショーなり「ビーチ・ボーイズ」なり、完全に民放に準拠しているのがまた悲しい。プライドはどうしたNHK。一番面白かったのはTOKIOの次に反町隆史が歌った事か。あれは狙っていたのだろうか。途中意味有りげにギタリストが出て来たので「うわっ、山口達也?!」と期待してしまったが。

その前に見ていたテレ東の「年忘れにっぽんの歌」の方がよっぽど盛り上がっていた様な気がする今年の紅白。そもそも爆弾が小林幸子しかいないというのが寂しい限りだ。昔、紅白は頭の固い厳格な校長先生だった。靴下は必ず三つ折り。授業中のシャーペンの使用は禁止。上履きの踵を踏んで歩いたら職員室に呼び出し。だが、今紅白は気さくな校長先生である。校則など無きに等しい。まるで自由奔放なアメリカンスクールだ。面白いもので、規律がないと脱線する奴はいない。コンドーム振り回していたモックン(審査員席に悠然と座っていたが。シブ時代、そしてワンモアチャンスのソロ時代の紅白出場を振り返るにつけ、彼は不死鳥である。人はいくらでも過去を捨てられるのだな。頑張れ大沢樹生)アマポーラを歌って突如凶弾に倒れたジュリーなど、毎回必ず登場した爆弾野郎どもが紅白からいなくなってしまった。みんな小さくまとまってしまっている(幸子以外)。ドリカムも移籍前までは元気が良かった様な気がするのだが、今年はどうも冴えなかった。衣装の爆弾もいなかった(幸子以外)。森高なんておしゃれでやんの。紅白でおしゃれなんて反則だ。

光GENJIは間違いなく紅白の爆弾だった。ファンとしては毎回心臓をえぐられる様な思いで12/31を迎えていたが、今、一視聴者として何のこだわりもなく紅白を見ると、ああいう爆弾がいないというのは全く物足りない。思えばチェッカーズも衣装爆弾だったな。フミヤ一人でも、爆弾野郎としての責務を真っ当して貰いたかった。やはりV6を出すべきだった。今、ジャニーズで一番爆弾に相応しいのは彼らだろう。思えば大河出演の森田剛を擁しているというのに、V6が紅白に出られないというのは、全くジャニーズも意地が悪かったな。

KinKiが紅白に出なかった時点で、ジャニーズが紅白を見限っていたのは明白である。衣装にも演出にも、爆弾を投入する気もないくらいやる気がなかったに違いない。中居の司会は当たりだったと思うが、それもスマスマスペシャルの感動の到着の伏線になった感が無きにしもあらず。オイシイところはフジが持っていった様な具合だ。中居が紅白の司会になった事を、一番喜んだのはフジテレビかも知れない。
ジャニーズに紅白は必要ないかも知れないが、紅白にジャニーズは必要なんである。今年の白組の若手の面子を見よ。協力的だったのはジャニーズを除けば、西川くんとつんくだけの様なものではないか。Xはもとより、河村&反町の「俺流」を貫き通す二人には協力する気などはさらさらない。終始「俺」。全て「俺流」。でも根本的に言えば紅白に出ちゃってるんだけどね。「俺」。それにジャニーズが踊らないと、踊る人間がいないではないか。やはり紅白には踊り系も必要だろう。少年隊と光GENJIがいなくなったせいで、今回白組で踊ったのはダイナマイト部分のSMAPとジュニアだけか。些か躍動感に乏しいのではないか。二人の「俺」のせいかも知れないが。

ジャニーズ側にやる気がないのなら、どうでもいい人材を貸し出せばいい。今、ジャニーズで一番どうでもいい男。言うまでもない。キングオブ昼行灯・内海光司である。彼と忍者ならばどんな爆弾をも演じてみせよう。ついでに秋山や国分博あたりの、たたき上げのジュニアもくっつけてやる。なんだってやるぞこの面子は。石を食えと言っても食えるね。スターさんとは違う迫力で、演歌に負けない芸能界の銭の花を見せてやる。どうだNHK。買わないか



1998.1.11(1/13)

昨日一番笑った事。「晶子曼陀羅」観劇中に、鉄南の「これを見て下さい。今発売の『明星』という雑誌に、志ようさんの歌が載っているんです」という台詞を聞いた早苗ちゃんが「今で言うとヤンソン?」と聞いた事。

それはさておき、内海光司も30歳になった。私が一番衝撃を受けたのは彼が25歳になった時で、その時すでに30歳の覚悟もしてしまったので、大台に乗ったからといって然したる感慨はない。人間毎日息吸って吐いてれば30歳になれるのである。めでたい限りだ。

誕生日だからといって舞台を見に行ったり夜を撤してカラオケをしたりしていたが、そんな事は内海光司には殆ど全く関係がない。個人的に彼に何かした事と言えば、健気な友人が「内海君にカードを贈ろうね!」とバースデーカードを買い込んできたので、柄にもなくそんなものを書かされた程度であろうか。

それでそのバースデーカードを、帝国劇場の受付で「内海君に渡してください」と言って預けたら、一枚一枚裏表確かめられたのには驚いた。元よりハガキであるから、剃刀等の心配はない。あれは中傷文かどうかをわざわざチェックしていたのだろうか。あそこで「内海君と河村龍一のデコはどっちが広いんですか」とか書いたら「ちょっとこれは御取り次ぎは出来ません」と断られたりしたんだろうか。どこまでが帝国コードにひっかかるのか、試してみたい気もする。

ちょうど冬のコンサート時期と外れる為、晃や和己と違って、内海の誕生日をファンがリアルタイムでお祝い出来るというのは珍しい機会だった。開演前から帝国劇場前には女の子が沢山いて、受付でプレゼントを預ける人も多かった。見ていると、十本の赤い薔薇と、三本の黄色い薔薇の花束なんて洒落たものを贈っている人もいた。内海には久しぶりににぎやかな誕生日になったんではないだろうか。

私は内海光司が人に愛されているのを見るのが好きだ。だから私にとっても1/11はいい日だった。誕生日ジャストという事もあって、地方の友人も張り切って観劇に来ていたが、友達に囲まれて舞台を見ながら、彼がいなければこの人達にも出会う事がなかったと思うと、やっぱり私は内海光司のファンになって良かったと思った。御誕生日、おめでとう。



大名商売
(1/15)

大雪である。朝、出かけない事が決定して以来今まで、だらだらと床暖房に張りつきながら無為な時間を過ごしてしまった。ぼんやりニュースを見ていたニュースによると、日比谷では予定通り日比谷のファイナル公演の抽選会が行われていたらしい。マイクを向けられた子などは、前日の12時(昼の!)から並んでいたという。それでも先頭からほど遠かったところを見ると、先頭などは…一昨日だったのだろうか。それでも抽選に外れる事はあるのだから、全くお疲れさまとしか言い様がない。

18日の公演のチケットを15日に発売するのだから、中止にするわけにも延期にするわけにもいかないのはわかるが、せめて場所は変えられなかったのだろうか。宝塚劇場はどうせ、今現在ジャニーズが買い取った廃屋の様なものなのだから、そちらに動員する事は出来なかったのだろうか。大雪の光GENJIの握手会でも、極寒の忍者のメルパルクでも死人は出なかったのだから、今回もとタカをくくっていたのかも知れないが、ファンというのは大抵グループで行動する。ちょっと具合が悪くてもみんなが行くのに「私は行かない」と言い出せる勇気のある子は少ないだろう。ちょっと具合の悪い子が、雪の中で徹夜して、抽選の時に極度に興奮したりしたら、十分死亡も考えられると思うのだが、何故かジャニーズのファンというのは丈夫だ。乱暴な言い方をすれば、死者が出れば今後の対応も違うと思うのだが、皆元気で救急車すら呼ばないものだから一向に改善されない。

以前フライデーで、当時大人気だった「サムライトルーパー」というアニメの試写会にて、女の子が興奮のあまり続々と失神し、担架で担ぎ出されたという記事を読んだが、ジャニーズでそんな記事は見たことがない。ピンクフロイドでもレッドツェッペリンでも失神するファンはいるというのに、どうしてジャニーズではそんな騒ぎになった事がないのだろうか。今まで私が体験した中で、一番人がばたばたと倒れたのは大沢樹生の前橋での握手会(真夏、長時間アスファルトの上、という条件だった為熱射病が続出した)であったが、それでも主催社側の対応が問われなかったのは、救急車が呼ばれなかった為だろう。ジャニーズ事務所の対応が異常だと言うより、ファンの体の頑丈さの方が異常な気がしてきた。サムライトルーパーのファンに比べて、当社比十倍程健康な気がする。ジャニーズは体にいいのだろうか。

しかし根本的な疑問として、何でジャニーズ事務所はチケットの発売が遅いのだろう。郵便事故(未着)が起こったり、抽選会をしたり(まあこれは話題作りという事もあるだろうが)するのは、ひとえにチケットの発売が遅い為だろう。自分のところのタレントのスケジュールが自分でわからないわけもあるまいに、公演決定・発売がやけに遅い。スタッフが足りないのだろうか。最後には協力隊に無料であげてしまう事を思えば、スタッフを増員したり他社にチケット販売を委託したりした方がよっぽど経済的な様に思うが、これって素人の考えか。以前に御正月の武道館コンサートで、結局晃の公演などはチケットの発券がぎりぎりまで間に合わず、払い戻しをした上にテレホンカードまで配った事があったが、あの時のチケットの払い戻し代金、テレカの制作費、そして全ての郵送料を思うと、大変な金額を損したものと思われる。それでもまだ発売はギリギリ。私はさして被害を被っていない。晃のコンサートに行って、やはり発券が間に合わず、しまいにはスタッフが「もういいから入ってください」とチケットも無しでいれてくれたので、結局タダでコンサートまで見てしまったが、それに対して今さら怒る気にもなれない。寒かったなあと思うだけだ。だから純粋に不思議なのだ。

ファンは何をやっても従うのだから、もっと無茶をして都合良く儲けてもいい筈だ。チケット発券が面倒臭いなら、いっそ野球の様に「私はKinKiの大阪公演は日程に関わらず全部買います」とか「V6のコンサートならばトニセン・カミセンに関わらず全ての東京公演のチケットを購入します」とか、年間契約で売ってしまえばいい。勿論先払い。ファンも楽で結構喜ぶと思うし、その後「あたしその日テストでどうしても行けない!誰か買って!!」とファン同士でどんなにもめようと、そんなのは事務所の知った事ではない。大体、先払いで大きな収入を得られるのだから、銀行の利息だけでもウハウハである。別に年間契約にしなくても、半年後のコンサートのチケットを先に発売するだけでも、銀行にお金をおいておけてお得だと思うのだがどうだろう。

素人目で見る限り、ジャニーズ事務所はもっともっと儲かってもいい筈なのに、その利益をみすみす見逃している。使いもしないタレントをゴロゴロと抱えている事自体勿体ない。全てが歩合制なわけではあるまい。ある程度の固定給は支払っているだろうに、一カ月も二ヶ月も仕事をしないタレントがのうのうとドル箱の収入を食いつぶしている。内海光司にそうして欲しいというわけではないのだが、もつと外回りの営業に出したり、片っ端からオーディションを受けさせたり、一人で足りなければ抱き合わせでイベントを組んだりすれば、無駄な給料を支払わなくても済むものを。

不可解なジャニーズ事務所の営業姿勢は、節税対策なのだろうか。




鉄の男
(1/22)

私は小学生の頃、健康優良児賞をとって国会議事堂で表彰された。別に無遅刻無欠席なわけでもなかったのに、わざわざ首相がメダルまでくれたところを見ると、どこが健康だったのかわからんがとても健康だったのに相違ない。
見る人が見ればその健康さを讃えずにはいられないという事か。そんなわけで自分の健康には並々ならぬ自信を持っていた為、いざ珍しく風邪をひいてみても、行きつけの医者はないし、第一健康保険証がどこかへ行ってしまった。まあ、医者にかかれないものはしょーがあるめえと、結局何もしないでただビタミンCなどを飲んでみる、かつての健康優良児であった。

行き慣れないせいもあるのだろうが、私には病気になったら医者にかかるという基本概念がない。どこへ行ったらいいのかもよくわからない。一番最近で医者にかかったのは、爆弾の様な口内炎が出来て、うちから一番近い病院に行ったら、この世よりもあの世の事に詳しそうな老医師が「口内炎ですね。はい、ビタミン剤」と言って、チョコラBBより効かなさそうなビタミン剤をくれた…。そんなもので治るわけがなく、しばらくは物もろくろく食べられなかったから、あの天国に一番近い病院には二度と行きたくはない。

かと言って、大病院は待たされるから嫌いだ。以前あるキリスト教系の名前のついた大病院に行って気が遠くなるくらい待たされて、ここはもしかして病院じゃなくて、主のお迎えを待つ場所なんじゃないのかと本気で心配した事があった。あんな悠長な診察をしていたら、年寄りは順番より先に寿命が来てしまう。あれこれ言っては病院に行かない私には、かかりつけのお医者様が、自分の体調の事を心配してくれる状況というのが尽きせぬ憧れである。

しかしあの健康優良児賞というのは不思議だ。どういう基準で選んでいたのだ。私は、自分で言うのもなんだが、運動神経は極めて悪かった。頭は中くらいだった。一年に二、三日は風邪で休む事もあった。真冬でも半袖で学校に来る様な奴は、一学年に二、三人はいたが、私は寒がりなので冬にはさっさとダウンジャケットを着て登校していた。せいぜい人より優れていたと言えば、虫歯がない事か。私はこの年まで歯医者に治療をうけた事がない。だから歯医者の恐怖というものを知らない。嫌なものらしいですね、あの音は。あとは身長が常に割と高かった事か。その程度でいちいち表彰していたは首相も身が保つまい。一体私のどこがそんなに健康だったのか、教えてくれ田中角栄。

内海光司は健康優良児賞を貰った事がないのだろうか。私程度の健康で貰えるのなら、あの健康の生き標本の様な男は、国会どころか国連から表彰されてもいいのではないだろうか。体力の化け物・東山紀之ですらギブスのお世話になった事があるというのに。あの健康優良児賞というのは、厚生省が出しているのだろうか。何で小学生にしかくれないんだ。大人でも健康ならくれてもいいではないか。そうしたら、内海光司は絶対に受賞出来る。紫綬褒章は貰えないかも知れないが、これなら確実にとれる。スポーツ新聞の見出しも決定。「元光GENJI十年連続健康優良児賞・おそるべき健康の秘訣とは?!」で青汁からマムシゴールドまで、CM契約が山程舞い込んで来るに違いない。「健康アイドル」新しいジャンルである。今は由美かおるしか手をつけていないジャンルだ。「健康」も「爽快」もこぞってインタビューに来るな。残る問題は名称か。「ヘルシーアイドル」で「ヘルドル」か。何だか景気に悪そうな名前であるな。「アイアン・アイドル」で「アイドル」。そのまんまやんけ。



クラクション全開
(1/24)

裏番組の「寺子屋夢指南」を見ていた為か、Mステを見るのは本当に久しぶりだった。一体いつ以来見ていないのだろうと真剣に考えたら、それこそ少年隊が前回出た時以来見ていなかった気がする。いつの間にかアシスタントは知らない人になっていた。今度見たらタモリさんすらいなくなっているのかも知れぬ。

「ああ、Mステも久しぶりだ。懐かしいな。ジャストフィット家の人々とか言うコーナーは、とっくに終わってるんだろうな」と思いながらしみじみ見ていたら「さて一曲目は少年隊です」おいおい、もう見るとこないやんけ。「湾岸スキーヤー」の衣装が、コンサートの時とは違ったのは安心な様な残念な様な。オープニングでは「カッコイイ!…腹が目立たなくて!」と喜んだが、いざ歌い初めてみたらバックが白で、後ろに白い人が沢山いる為、ダンスが際だたない。失敗だぞこの衣装。しかもえらいことジュニアが多い。みんな頑張っているのはいいが、もっと頑張ってライバルを蹴落としあって、少しは人数を減らしてくれたらどうだ。レッスンするより先にダンスシューズに画鋲を入れる方が先だろう。Mステのカメラというのは大抵、左右・中央・中央上のクレーンを使うわけだが、どうしてたった三人を映すのにクレーンを使うのか。引きすぎじゃ。

ああ狭っ苦しいと呻いていたら、観音開きのセットの向こうにまたジュニア。いるのは全く構わないから、淘汰してくれ! 最低六人! 六人以上は家帰って顔洗ってテレビ見てなさい。フォーメーションが三列以上になるのはどう考えても無駄だ。三列目は映りゃしないんだから、少年達の貴重な学業時間を削ってまでお稽古する必要は無い。 しかも観音開き組は色付きの衣装を着ているもんだから、更に目立つ。だんだんどっちが少年隊だかわからなくなってきた。カメラに少年隊をメインで映そうという意欲があんまり感じられない為か。常ならカメラにかぶりついてくる東山を「うるせー奴だ」と思うところであるが、今回に関しては東山くらいで調度いい。逆に「あーあ、俺またテレビに映っちゃってるよ。忙しくて参るな。ポリポリ」などと頭を掻いている植草などは、まったく映っていないから安心してくれ。錦織も久しぶりのテレビ出演への張り切りが、アクセルを鳴らした瞬間、雲散霧消した様だ。あの瞬間「俺このビデオあと100回は見るんだから勘弁してくれ」と思ったのは私だけではあるまい。

東山一人が「東山紀之ここに見参!!」と全身で訴えている。はいはい。やっぱりテレビって慣れなんだネ。 ところで「湾岸スキーヤー」の歌詞であるが、ネコサさん「KISSまで」のあとは「パノラマだよ!!」などとじゃあなは嘘をついてしまいました。ごめんなさい。私の腐った耳にはそう聞こえました。全然違う歌詞でしたね。でも、腐った耳を掃除してみても、やっぱり佐藤さんと斎藤さんは聞こえます。西郷さんかも知れない…。




ロングバケーション
(1/28)

寝ていても、起きていても、日はまた昇る。じゃあなさんにとりついた病魔の勢いは止まる事を知らず(と、言うより、薬も飲まず医者にも行かなかったのだから、止める事をこっちがしなかったのかも知れない)ついにじゃあなさんは寝たきりとなったまま今日の日まで生きてきたのであった。本日ようやく元気になったので会社に行こうと思ったのだが、声が山瀬まみと三宅健の間に生まれた山瀬健(そんな人はいない)の様な状態で、しかも咳き込んだり鼻血を噴いたりしている為に「病原体は来るな」と申し渡された。客商売は辛い。そんなわけで本日ようやく、喉と鼻はともかく頭はクリアな状態でパソコンの電源などを久々に入れてみたのであった。

とは言え、久しぶりでも内海光司のお仕事情報などは別に変わってはいないのだな。トホホ。もしかしたらあと三ヶ月後に電源を入れても同じ事になっていたかも知れない。ハッ、何て不吉な事を。いやいや、そんな事はない。私自身はさして勤勉な人間ではないのだが、その私でさえ三日も会社を休むと、いい加減心配で仕方がない。一日目は会社から、あれはどうしたこれはどうしたと電話がかかってくるから、具合が悪いのに勘弁してくれと思いながらFAXなど返していたが、三日目になって音沙汰もなく「休みます」と言っても「あらそうお」で済んでしまうと、いい加減寂しい気持ちになってくるのだった。それで冒頭の心境に戻る。寝ていても、起きていても、日は昇るのであった。私なんぞいなくても社会は回るのであった。寂しいなあ…。そう思うといい加減働かなければという気持ちになる。内海光司とて同じ事だろう。四日も五日もスノボに明け暮れていればいい加減「あれっ、俺最後にテレビに出たのいつだっけ?」という気持ちになるに違いない。「俺ってひょっとして一年に一回しか雑誌のインタビュー来てない?」と思う日が来るに違いないのだ。

だから、休むとなったら本人が焦るまでとことん休ませてやるのも手かも知れない。おそらく、私の悲しい大予言によれば、内海光司は舞台が終わったという事で、遅い正月休みに突入する可能性がある。一年中盆暮れ正月の様なものなのだから、今ごろ何が正月だという気もするのだが、その可能性はかなり高い。だが構うまい。これも療法のうちだ。もっとも、本人が焦った頃にはもう取り返しがつかないという可能性があるがな。私も内海も。


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