花嫁はスミレの花の様に(8/5)
内海光司が仕事をしない事は腹立たしいが、彼の私生活にまで口を挟む気はない。だが私にもささやかな夢がある。一寸の虫にも五分の魂。それは、いつの日か内海光司が花嫁を迎えるのなら、その女性は宝塚出身であってくれないだろうかという事だ。
元光GENJIがただ結婚するだけでは、今時さして話題にもならないだろう。ワイドショー一局五分が関の山だ。大沢樹生の挙式から結婚生活が何かと話題になるのは、塵もつもれば山…いや、夫婦のネームバリューが力を合わせた結果だと思われる。内海光司一人の知名度では、挙式直後と一子誕生までしか追って貰えないに違いない。ピンでは「熱愛発覚」も取り上げて貰えるかどうかもあやしい今日この頃。結婚式でタキシードの内海光司。一子誕生ででれでれの内海光司。この様な貴重な内海光司は出来る限り堪能したい。会社を休んででも全ワイドショーをチェックして「内海光司寿スペシャル」というビデオが作りたい。勿論新婚向けの鶴のついたアルバムに関連記事を全てスクラップしたい。その為にも内海光司には出来る限り話題性のある花嫁を娶って頂きたいのだ。
宝塚出身、という肩書きはかなり素晴らしい看板である。ジャニーズが宝塚と結婚、というだけでも話題性は十分だし、関西方面では理想の花嫁として引く手あまただというタカラジェンヌをゲットしたとなれば、内海光司の男もあがるというものだ。あこがれの夫婦CM共演もこれならば夢ではないし、彼女にネームバリューがあれば、二人でディナーショーやミュージカル共演も有り得る話だ。懐妊の喜びを伝えるワイドショーでは是非内海光司に「男の子だったらジャニーズ、女の子だったら宝塚にいれます」と笑顔で語って貰いたい。
可憐な娘役もいいが、カッコイイ男役も意外で素敵だ。内海光司の隣にスラリとした美貌の女性が立つ。うっとりだ。光司、君もうっとりであろう。披露宴には新婦もタキシードで登場する演出があったりして。後輩のタカラジェンヌ達が「パラダイス銀河」を歌ってくれたりして。
おそらくその場合、私の内海光司にかける情熱は横滑りしてそのまま花嫁に向かうであろう。大ファンになって、過去のビデオを買いまくるね。プロマイドも集めて、カラオケも歌うだろう。おそらく彼女は退団(しかも結婚電撃退団だったりするとまたカッコイイ)した後だと思うが、今さらの様に宝塚のファンクラブにも入会するだろう。しまいには「内海くんどいて! ○○さまが見えない!」などと光司を怒鳴り付けるかも知れない。
叶う事ならトップの女性と恋に落ちて欲しいのだが、問題はその後内海光司ファンが全てのチケット奪取の際に、ジャニーズファンを上回る機動力を持つ最大の強敵・ヅカファンを相手に立ち回らなくてはならないという事と、内海光司には間違いなくそんな甲斐性がないであろう事だ。
駆け落ちでエクセレント(8/14)
それにしても危険だ。この一カ月というもの「誘われてEX」以外の曲を殆ど聞いていない。お休みになって友達に会う機会も増えるから、カラオケの新曲でも仕入れれば良さそうなものだが、こんなカラオケに到底入りそうもない曲(暴言)を反芻する様に聞いてどうするというのだろう。しかしCDをリピートしてしまう。しかも一曲エンドレスリピート。危ないね、この人。
私の生活範囲内にある音響設備の中で一番いいのは車のオーディオである。であるから「誘われてEX」を大音量でかけながら街をふらふらと徘徊するベンツを見たら私だと思って頂きたい。一番いい音で聞きたいが、運転しながら聞くにはあまりにも刺激が強すぎて危険だ。難しいカーブで「こっちこいよ」と聞かれた日にはそのままハンドル振り切ってダイブしたくなる。やばい。
どのパートでもうっとりなんであるが、やはり今回は錦織の「声の"いい男"ぶり」が凄い。本人、元々ハンサムであるが、この声はどう聞いても「絶世の美男子の声」である。これ以上粋な声は存在しないだろうという声だ。チャンドラーボイスと言ってもいい。フィリップ・マーロウみたいな声だ(聞いた事あるのか)
しかも歌詞がいい。私は以前、内海光司の腰を国宝に指定しろと喚いた事があったが、同様に錦織一清の背中も重要文化財に指定するべきである。あんなに綺麗な背中の男はいない。反り返る時の美しさは絶品であるし、それにあの背中は「語る」。背で演技出来るのはジャニーズ広し長野博といえども彼くらいのものである。もし私が彼と三角関係がもつれて(もつれるかい)より条件のいい財閥の御曹司に走ったとしても、錦織が「幸せにな、じゃあなちゃん」と言って背を向けたらその瞬間「一清さん!」と叫んでレースのハンカチ握り締めて走り出しそうである。
あの背中には年輪がある。山岸涼子の「アラベスク」を映像化するならとりあえずユーリ・ミロノフ先生は錦織にやらせるべきである。人種の壁なぞは彼はこれまでにも何度となく乗り越えてきた。ロシア人くらい朝飯前だろう。
で、あるから錦織が朗々とした声で「背中から始まる…」と歌うと、美しい背筋を思い出してうっとりしてしまう。だがそれにしてもその後のノリは何なんだ。最近、ようやくカッコイイ歌い方をするふりを覚えたかと思ったのに、この曲に関してはどうして全編こんなに可愛い声をしているのであろう。錦織で「一清さん、私を連れて逃げて」状態になったところで、後ろから財閥の御曹司が情けない声で「じゃあなさーん!」と呼び止めている様な気分だ。思わず振り向いてしまう。ああこの人の方が私がいないと駄目なんじゃないかしら、やっぱりこの人と一緒に生きていかなくちゃいけないのかしら。揺れるじゃあなお嬢さんの心。いい身分だなアンタ。
事ほどさように素晴らしいこの曲が、歌番組で歌われる気配もないというのは全く得心がいかない。私は既に「自分が見たいから」などと狭量な気持ちからそう言っているわけではないのだ。私は広く日本国民に見せたいのだ。もう坂本龍馬の様な西郷隆盛の様な気持ちでそう言っているのだ。日本はこんな小さい木っ端タレントを見て有難がっている様な駄目じゃきん。日本に少年隊ありという事を国民の心にしらしめるでごわす。
見れば凄い事がわかるというのに、上辺だけかすめて「まだ解散してないの」だの「いくつになっても少年隊なの」だの言っているだけでは、黒船を見て「南蛮人は肉を食べる」と言って騒いでいるのとまるで同じである。日本の夜明けだ。政府よ、少年隊を歌番組に出してくれ。
聖少女(8/19)
相変わらず内海光司の事を考えるとあたふたしてしまうので、とりあえず別の事を考えるとしよう。最近気になる事と言えば、ずばりこれである。「堂本光一は本当に東山紀之なんかに憧れているのだろうか」。
「なんか」と言えば語弊があるが、しかし私達が、遠巻きに東山を「カッコイイね」「ねー」と見るだけならいざ知らず、光ちゃんは「東山みたいになりたい」らしい。通常のセンスとは思われない。あれはやるものではなく見るものだろうと思うのだがどうだ。
東山はカッコイイ。否定する気はない。私は彼は昭和史(今平成だよ)に残る美男だと思っている。だが、彼はどうにもカッコ良すぎる。いてもたってもカッコイイ。立てば芍薬座れば牡丹。歩く姿は東山だ。おいおい、いくらなんでもそんなにカッコイイわけないだろうと思わず笑ってしまう程カッコイイ。格好良すぎて笑いが取れるのは芸能界広しと言えども東山紀之くらいのものだろう。
しかも彼はわざとカッコ良くしているわけではない。もはやあれは本能なのである。彼は自然にしていてもカッコ良くなってしまう体質なのである。意識しなくても人につまようじを取って貰う時には指を鳴らしてしまう様に生まれついてしまっているのである。いや、生まれついていたのではないのだろうが、いつからか彼は擬態が本性になってしまったのだ。無意識のカッコ良すぎるカッコ良さ。「ヒガシってカッコイイよねーあっはっはー」と思わず最後に笑いがついてしまうカッコ良さ。まるで街で野村佐知代を見かけて「あっ、サッチーだ」「ホントだ、ヴェルサーチ着てる着てる」と笑ってしまうのと同様に「あっ、ヒガシだ」「ホントだ、カッコイイカッコイイ」と指さしてしまう様なものである。
笑い者になる程カッコイイ男。しかし自分では決してそれに気付かない男。光一は果たしてそんな大人になりたいのだろうか。彼も後輩につまようじを取って貰う時に「生田(ぱちっ)つまようじ」とか言いたいのだろうか。私にはどうしてもわからない。
知らぬは善なり。無邪気は美徳なり。植草の途方も無い馬鹿さに天使を見る様に、私は東山のナルシズムにも崇高さを感じる。計算だらけの芸能界の中で、掛け値なしに自らの本能の赴くままにただカッコ良くあり続ける東山の姿は哀れにも尊い。可愛くておかしい。私が光ちゃん程の良識を持ち合わせていたなら、決して天賦の才なくして到達出来ない高みにいるこれ程の男を目指しはしないのだが。大体、やっぱ恥ずかしいだろ、普通は。アレは。
ところで、植草がわざとボケてはならないのと同様に、東山も己のキャラクターを食い物にしてはならないと思う。コミカルで好評だった今年のPLAYZONEの彼だが、私は不服だった。「クールな俺に戻れーっ」なんて、東山はそんな事言っちゃ駄目だ。自分が面白い事に気付いちゃ駄目なんだ。私は寄宿舎の聖少女を愛でるがごとく、彼の無邪気なナルシズムを愛している。彼はいつまでもそのままの彼でいて欲しい。寝ていても起きていても、指先の伸びている「ザ・ヒガシヤマ」な君でいて欲しい。そして光一には、やっぱり光一だけの地平線を目指して貰いたいのだ。
それは、東山が二人もいたら、世の中面白くて死にそうになるからかも知れない。
まだ終わらんよ(8/24)
内海光司の京都も無事に終わった。「初恋〜君をさがして〜MOON
LIGHT GIRL〜明日はもっと素敵な君がいる」の、内海光司地獄メドレーさえも覚悟していたわりには、いい公演内容でホッとした。ホッとしたと言えば、オフも滞りなく終了して、皆様お疲れ様でした。大人数だしテーブルが分かれてしまったので、果たして皆さん楽しんで頂けたものやら知れませんが、少しでも喜んで頂けたら参加者リストまで作ったバカ幹事は嬉しいです。
内海光司の公演内容はレポートに譲るとして、それにしても関東ジュニアが全然いなかったのには失望した。折角予習復習して、リトル以外の判別は大方つくようになって臨んだというのに残念だ。私と悦ちゃんのお気に入りは秋山・国分・浜田・勉である。見よ、この売れセンを外したメンバーを。どうしてもマイナーリーグに偏ってしまうのだ。従順な子を選ぶとそうなるのかも知れない。アッキーはともかく、残りの三人はどこへ行ってしまったのだろう。カミセンのコンサートか、はたまた24時間TVか。
日頃(こちらが)世話をかけている内海光司のステージなどはどうでもいいのだろうか。これで東山の時に全員集合したら私は東山に式神を送っておこう。←最近このネタが気に入っているのだ。晃がちょっと常軌を逸した事をしたファンの子を叱りつけたという話から「晃をそこまで怒らせるなんて珍しいよね」という話になって「内海だったら、そんな事したら『今夜、君の家に僕の式神を送っておくから』とか言われて、その子朝になったら息がないよね」という話をしていたのである。ちなみに内海光司の式神返しとしては、少年隊のポスターを部屋に貼っておくと「あっ、このポスター僕の部屋にもある!うーん、やっぱりカッコイイなあ。きゃっ、目が合っちゃった」と喜んで帰っていってしまうので安心である。私は式神返しに余念がない。
で、何だっけ。ああ、京都か。忍者とはやはり公演時期がずれてしまったが、大村真有美がいたのはオイシかった。玉三郎門下だかバレエの経験があるんだか知らないが、あの子の美しさとダンスは高く評価するけど、歌と感性のずれっぷりはただ事ではない。私はそこがお気に入りなのだ。理想の男性は「白馬に乗った王子様」である。帰りの新幹線で「そうだ、知美が駄目でも真有美がいたな…」と悦ちゃんが内海光司の嫁についてまだ悩んでいたが、なるほど得意料理が「ともミンチ」(メンチカツ)と「にしむラザニア」だと言いきる西村知美と「王子様じゃなきゃ嫌なの」と言い放つ大村真有美はどこか通じる物がある。年齢差は大きいが真有美と光司という組み合わせも、少なくともジャニーさんは祝福してくれるに違いない。森光子がジャニーズ事務所の長女だとすれば、大村真有美は間違いなくジャニーズ事務所の次女である。二人だけの姉妹。年齢差については言及しない。
いずれにせよ、相変わらず8/23で世界が終わる様な気がしていたので、放り出していた仕事や宿題がたまっている。世界は変わらずに回り続け、私達は働かざるをえない。とりあえずこの思い出を反芻出来るうちは、仕事もはかどりそうな気がする。頑張りましょう。次は舞台です。くどいようですが初日余っています。
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