うらみ節(5/1)
じゃあな節。誰が言い出したのだろう。私のこの偉そうな文体を示すらしい。
先日コンビニで小学生の男の子が「ようやく俺にも運が向いてきたようだな」と言ったので思わず吹き出してしまったが、思えばあの子もじゃあな節である。じゃあな節のポイントは車田正美の漫画に出てくる長髪美形キャラの様な喋り方であろうか。二葉亭四迷の努力もむなしく、私の書く文章はこの現代においてどう考えても言文一致体ではない。
思えば ホームページを作る前から、友達へのFAXも全部この文体だった。よく考えれば失礼な奴である。さすがに人と話す時はこのまま喋りはしないが、独り言は大抵この口調になる。それこそ「ようやく俺にも運が向いて来た様だな」という小学生と一緒だ。一人で「ふぬう、この様な事になるとは」とか「ふっ、私もヤキが回った様だ」とか呟いている。私は私以外の人間で実際に「ふっ」と無意識のうちに言える人を知らない。私の身体の中には車田正美の血でも流れているんじゃなかろうか。最近ガンダム劇場版を全フィルムブック化した本を買ったが、シャアも私と他人とは思えない喋り方をしている様だ。私もそのうち「坊やだからさ」とか言い出しそうな気がする。
私の事はさておき、内海光司も「光司節」の男である。じゃあな節が「〜である、だからとて〜ふっ〜おのれ〜なかろうか〜的次第である」ならば光司節は「大体ねっ、僕だってねっ、なにが〜やねん〜イエーイ〜さーあ皆さん〜ですよ〜なわけ?」という感じであろうか。私が友人に「〜である」と言わない様に、内海光司とてプライベートでは「イエーイ」などと言うまい(と思いたい)。
ここ数年、芝居をしているか司会をしている彼しか見ていないので、彼の「素の言葉」というのを聞く機会は極めて少なくなった様だ。一番最近聞いた彼の素の言葉は夏ジョイコンの「すまん!」かも知れない。いや、最近に限らず、彼はデビュー以来、素で喋る機会が極端に少ない男であったと言えよう。進行役に回って、メンバーの素の意見を聞き出すアナウンサー的スタンスだからだろう。コンサートでボソリと「うるせえんだよこの野郎」と呟いただけで、メンバー全員が血相を変えて「内海君イメージ! イメージ!」と叫んでしまった程の男だ。「やっぱ、すっげえ〜でもマジ〜じゃん?」のナチュラルなキムタク節が受けている昨今には苦しいキャラクターである。
(それを要求する、というのは、何となく自分で自分を分析したくなってしまう感情であるが)やはりファンとしてはよりプライベートに近い彼、というのを知りたい気もする。遠ちゃんとラジオで喋っていた時が、私の知る限りでは一番素に近い等身大の内海光司だったろうか。遠慮会釈なく楽しそうな彼というのを久しぶりに見てみたい。
監督のやさしさ(5/7)
連休の間、軽井沢の別荘に行っていた。ここには小さいテレビしかない。ラーメン屋の屋台でおじちゃんがプロ野球を見ている様なサイズだ。だからそれでS&Nを見て、今改めて部屋のテレビでビデオを見たら、ちょっとびっくりしてしまった…。そうか、こういう顎だったか。軽井沢では可愛かったんだが。思わず家のテレビを小さい物に買い換えようかと思ってしまった。
しかしまあ、ニュースの間中前方のモニタを覗き込んで乗り出していたのは何度見ても結構可愛いか(親ばか)。この放映は終始饒舌・ご機嫌でなかなか良かったのであるが、この日もしも巨人が負けていたらまったく逆の状況になったのだろうかと勝利の女神に感謝したい気持ちである。
番組中、内海光司は「友人と西武球場で大騒ぎをして森監督に注意された」という様な事を言っていたが、これに関しては悲しい思い出がある。彼が示唆したものと同じ時か、はたまた別の機会だったかは知らないが、内海光司の言う友人とは森脇健児の事である。そして二人は試合を見に行き、森脇健児は選手をやじり倒して観客のウケをとりまくった。彼が面白い事を言う度に客席はどっと湧く。羨ましくなった内海光司もちょっと参加してみたらしい。「ブーマあ!」「…ぶうまー…」「〜したらんかーいっ!」「…そうだ〜」…弱々しい。いじらしい。
森脇健児の野次の尻馬に乗って、ちいーさい声で言ってみただけらしい。森監督「君達、うるさい」という注意は、内海光司のいじらしさへの彼一流の優しさだったのかも知れない。有難う監督。さすが名将たるもの人の心の機微に通じておられる。
機嫌良くぺらぺらと喋る内海光司を見ると…しかも女子アナに向かって「ファンの心がわかってませんね」などと説教までする内海光司を見ると、デコの皺の数だけ、こめかみの血管の数だけ彼も成長したのだとしみじみしてしまう春の夜であった。
ひとつ積んでは(5/9)
しかしジャニーズ事務所というのは面白くない事務所だ。十年もお世話になっているのにのっけから不満を述べて申し訳ないが、あのジャニーズファンタジーというのはどうにも解せない。京都の劇場というのは結局ジャニーズだけの持ち物ではないらしいが、その設立にジャニーズがかなりのバックアップをしたのは事実だろう。何せ私が高校の頃からあった噂である。かれこれ五年以上前から、パパはあの劇場に執心してきた筈なのだ。その晴れの門出の演目が、あの程度というのは少々お粗末ではないのか。
あの程度、と言ったところで、まだ実際には上演もされていないのだからどの程度とも言えないのだが、どうして事務所あげてのお祭りに参加しないタレントが出てきてしまうのだろうか。たかだか900数席である。何故忍者の公演日を作らないのか。忍者は別機動で動いている独立愚連隊ですから、と言うなら、ジャニマガにも載せなければよろしい。都合のいい時だけファミリーで、都合が悪くなると別機動だと、そんな事をしているから「ジャニーズファミリー」とやらがどんどん形骸化していくのである。
錦織と植草の扱いに関しても得心がいかない。少年隊とはいつから東山紀之一人の事になったのか。マッチが上皇的存在である以上、動員実数では他のグループに譲るかも知れないが、それでも、少年隊というのはジャニーズファミリーの頂点ではなかったのか。大看板なくしてジャニーズファンタジーとは笑止千万である。
そも、事務所が総力をあげて作った筈の劇場で、最初の看板になるのがジュニアのミュージカル、というのが理解し難い。ジャニーズジュニアというのは文字通り、ジャニーズのジュニアリーグの少年達だ。言わば少年探偵団的、準タレント的存在である。それを、大の大人が対外的に「ジャニーズ事務所とはこれこの様なものでございます」と名刺として差し出しているのだ。何か変ではないのか。ジュニアの魅力と人気を否定するものではないが、ジュニアファンに「ジャニーズ事務所ってジュニアに代表される様なタレントの事務所ですか?」と聞いたら「多分違う」と答えるのではないだろうか。多分違うと思うのだ。私も。
ジャニーズファンタジーの出演者は、ジャニーズ事務所の「職人」達を無視した構成になっている。ベテランも新人も含めた全てがジャニーズ事務所ではないのだろうか。私達はタレントを好きになる時に「今は歌も踊りも下手くそだけど、応援するから一緒に頑張っていこうね」という気持ちでスタートした筈だ。丹精込めて水をあげたおかげか、彼らはすくすくと成長し、アイドルという枠を超えた大輪の花を咲かせつつある。だが、花が咲いた頃には造園主は見向きもしない。また一生懸命新しい種を撒いては、新しい庭師を集めている。ジャニーズ事務所が販売しているのは、成長していく「過程」であって「結果」ではないのだろうか。
ジャニーズファンタジーはサカタの種袋である。 芽吹く前の種子が売られている。花屋ならば花を売れ。 ジャニーズには大人のタレントを育てた前例がない。
今マッチがその記録を更新し続けている程度の臨床例に過ぎない。 それで不安になってやめたがるタレントもいると言う。 漫画で、ペットとして飼えるコアラを販売した会社が、
わざとコアラの寿命を短く設定して、 ブームが去っで飽きた頃にコアラが死ぬ計算になるから、 その時に新しいペットを売り出せばいい、という手口を使っているものがあった。ジャニーズ事務所の経営方針も白血病のコアラなのだろうか。私達にも新しいペットを探せと言いたいのだろうか。だが私のコアラはまだ生きている。元気で、毎日少しずつ大きくなっている。とても捨てられるものではない。
丹精こめて育てて、肥料をやって水をやって、花が咲いたら握りつぶして種を撒く。賽の河原で石を積むのとどこが違うのだろう。
凶と京(5/25)
ところで「KYO TO
KYO」は、パパとともに宝塚の演出の人が制作に携わるらしい。宝塚に関しては全くの門外漢なのでよく知らないのだが、コンサートの最後に内海光司が羽を背負って大階段を降りてきたらそれはそれで嬉しいのかも知れない。もっとも内海ならばソロだからいいが(自慢)カミセンあたりになると狭い階段に三人が羽を背負ってならばなくちゃいけないから危険きわまりない。体が大きいからトニセンの方が危険なのか。ジュニアは全員で小さい羽をぴこぴこつけたりして。
宝塚という事で、「じゃあジャニーズの事もこれから『〜ちゃま』とか呼んだりしなくちゃいけないのかな」という話をしていたら、悦ちゃんが「じゃあ内海の事『トム』って呼んでいいかな」と一人でさっさと決めていた。パッと思い浮かんだあたりだと国分博の「ぶータン」、東山紀之で「ノンちゃん」、長瀬智也で「トミー」なんていうのはどうだろう。
そういえば私は門外漢と言いながら、一年間だけ宝塚のファンクラブというのに入っていた。宝塚劇場の予約が優先になるという噂があって、何だか入会金も安かったので思わず入ってはみたが、当たり前だが宝塚歌劇団公演しか安くはならず、OGの浜先生の公演では別段特権がなかった。他人である森光子公演に至っては言わずもがなである。
だが時々送られて来る小雑誌(タイトル忘れたなあ…)は面白くて、毎回愛読していた。ファンの女の子が、自分の応援する団員(と、いうのか)の推薦文というか応援文の様なものを掲載しているのだが、厳選されているのか元からレベルが高いのか、大変文章が巧い。読んでいると「なるほど、この『ともちゃん』というのは頑張り屋さんの素晴らしい女性なのだな」と思わず感心してしまう程だった。ジャニーズであれをやったら必ず「つよちゃんへ。だーいスキ、だよ。いつまでもみゆっぺの王子様でいてね」などと聞いてもいない事を書いてくる人がごまんといるだろうが、宝塚は違った。「○○ちゃんの成長ぶりは鮮やかで、目覚ましい程です。次回公演ではきっと素敵なナントカ姫を見せてくれる事でしょう」という具合で、殆ど雑誌の演劇評である。やはりジャニーズのファンというとそこらのグルーピーという気がするが、宝塚というとお嬢様の道楽という感じがする。そこらへんの違いが文化水準に現れているのだろうか。
あと「KYO TO KYO」で何かと話題なのが「第五部は外人が出るから1000円高い」という奴である。これを聞く度に光GENJIファンは「パパはまだBBBが忘れられないのね…」と懐古な気持ちになってしまうのではないだろうか。BBBというのはパパがある日どこからかつれてきた黒人少年三人からなるボーカルグループで、光GENJIのコンサートにも出て来て何だか知らないが一曲歌っていった事すらある。コンサートの時は「休憩タイム」とばかりに何も見なかったし、夜ヒットでも光GENJIにくっついて出演した事があったが、当時を知る者の誰のビデオでも歌い出した瞬間に切られている。風の様に現れて風の様に消えていったBBB。消えていったわりにアイドル博で再び我々の前に現れたが、やはり消えていったBBB。風の中のあいつ、それがBBBだった。
「KYO TO KYO」で外人のショーが、と聞くと、皆「BBBかな」と言う。「パパ、よっぽど悔しかったんだね」という者もいる。あの時、あのコンサートで私達がBBBに熱狂的に手を振っていれば、あの夜ヒットをカットさえしなければ、今1000円多く支払わずに済んだかも知れないのに。今度、もし、BBBに会えたら「あの時はごめん」と謝るべきだろうか。
ストロングザボーガーよ永遠に(5/27)
Macintosh版のアンジェリークスクリーンセーバーには、音声データが入っていない。悔しくなった私は、CDから自分で音声入力してくれようと、レンタルCD屋さんにアンジェリークボイスコレクションを借りに行った。生憎それは置いていなくて、守護聖様のシングルCD(私が見たのはジュリアスとマルセルとランディ)ならばあったのだが、ジュリアスの歌詞を見て脱力してしまったのでそちらは借りない事にした。ジュリアス…孤独なのはお前じゃ…。
それでアニメや特撮のコーナーをうろうろしていたら「電人ザボーガー」のサントラを発見してしまった。「スタスキー&ハッチ」同様、内海光司がかつて喜んで見ていたらしいテレビ番組である。夏コンでその話題が出た時に、たかねさんが関連サイトを紹介して下さったので、ザボーガーとザボーガー基地というのは見たことがあったのだが、鮮明な画像で見るザボーガーは、空き缶で作ったボスボロットよりも適当な作りをしているメカであった。顔は、ポセイドンがキカイダーになった様な顔をしており(どんな顔だ)足は極めて短い。これがバイクに変身すると、両手のないザボーガーが腹這いになった状態で、胸とお腹にタイヤがつく様な感じになる。この時、腹が出ているのがまた情けない。
ザボーガーというのは、主人公(大門というらしい)の父親が作ったロボットで、歌詞に「物言わぬお前だが俺の兄弟」みたいなフレーズがあるから特に喋ったりはしないらしい。それが、最初は「秘密殺人強盗軍団Σ」というのと戦うらしい。秘密殺人強盗…いかにも悪そうである。ショッカーでも死ね死ね団でも、幼稚園のバスを襲う集団は数多くあったが、秘密裏に殺人を犯ししかも強盗までしようという組織はなかなかなかった様に思う。恐るべし、Σ。それで、中盤にΣを壊滅させた後は、今度は「三ツ首竜軍団」という新たな敵と戦うらしい。その際にザボーガーは一度敗れ、今度は「ストロングザボーガー」としてパワーアップするらしい。
三ツ首竜軍団との熾烈な戦いの末に、ついにザボーガーはその身を犠牲にして勝利を勝ち取るらしい。有難うザボーガー。強いぞ僕らのザボーガー。ストロングザボーガーよ永遠に…!! と、いうのが歌詞カードの作品解説から読み取れる、電人ザボーガーの武勇伝であった。
しかしいくつか疑問は残るのだ。それは、ザボーガーは人間サイズのロボットなのである。別に巨大化するわけでもないし、敵の怪人も人間サイズらしい。それがΣや三ツ首竜軍団と戦っている間、大門は何をしていたのだろう。ザボーガーは鉄人28号の様なリモートコントロールを必要としないらしい。すると大門は兄弟とも呼ぶザボーガーが戦っている間、自分は「やれっそこだっ!」などと言っているだけなのだろうか。
そして、ザボーガーは大門の父親が作り出したらしいが「父を殺したΣ」という歌詞がある以上、大門博士はΣ団に殺されているらしい。するとザボーガーをストロングザボーガーに改造したのは一体誰なのだろう。もし今度、京都でも内海君に質問コーナーがあったとしたら、誰か手をあげて「ザボーガーをストロングザボーガーに改造したのは誰なんですか」と聞いてみて頂きたい。
ちなみに私は、京都で歌うかも知れないと思って、念の為ザボーガーのサントラをレンタルして聞いてみた。京都で内海が「シグマシグマ」と歌い出したら、それはザボーガーの歌と思って間違いない。
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