さらばDiary

君を育てたい(4/1)

世間では未だたまごっちが騒がれている。Macで熱帯魚を飼っている人も多かろう。そんな中で私は、Macでうにを飼っている。そういうソフトがあるのだ。うには雲丹である。食べられない雲丹を育ててどうすると姉にせせら笑われたが、たまごも熱帯魚もうにも、育ててみれば結構可愛い。ちなみに名前は「うちうに」である。性格は「ストレスに強くお腹が空きやすい」。

うには機嫌がいいとしりとりをしたがる。しりとりでこちら側が使った言葉はどんどん学習していくので、どうしても内海らしい言葉を教えようと変な気合いが入ってしまう。「うど」→「どじゃーす」「りんす」→「すぱるたんえっくす」「しょうかき」→「きむたく」ここで問題なのは如何にも内海らしい言葉にはどうにも「ん」がつきやすく落ちやすいという事だろう。「ひがしくん」「せーらーむーん」「ばっとまん」私はこれで負けました。うに強し。

育成ゲームと言うと、最近「ヒロインドリーム」というPSソフトをやった。これは「DEBUT」と同様に、女の子を育ててスターにさせる事が目的なわけだが(ちなみに担当の女の子は名前が最初から決まっていて「舞木静」という)最初はデパートのポスターなんかから、レベルアップしていくにつれて映画の主役、ミュージカルの主役、レギュラーのラジオ番組なんかがこなせる様になる。このゲームは育成よりもギャルゲーとして力が入っているらしく、音声データは派手だが、ゲーム自体の難易度は極めて低い。であるから静はSMAPもびっくりのスピードでスターダムにのしあがっていく。あっという間にスーパースターである。「世の中はこんなものじゃない!」思わずFONT SIZEを5にして叫びたくなる程である。

こんな風に私がぴこぴこコントローラーを押すだけで内海光司に仕事が来れば世話はない。「静が映画の主役に決まった!」「静がミュージカルの主役に決まった」ええい静はいいから内海にこの仕事をよこせ、とゲーム相手に懇願したくなってしまい、寂しいったらない。私は完全にディレクター失格である。

ところでうになんであるが、育てていくと子供を産む事があるそうだ。子供が生まれたあかつきには「こうに」と名づけようと今から楽しみにしている。




番外野郎が行く(4/3)

折角半袖の季節に向けて二の腕を何とかしようとダンベル体操を実践しているというのに、昨日は筋肉バトルを見たらあまりにも疲れて「あーよく運動した」などとわけのわからない事を言って寝てしまった。いかん。こんな事をしていたらナミコの二の腕は遠のくばかりだ。

ともあれ、私はあの番組が好きだ。なぜならば私の理想の男性・野村将希が出演しているからだ。昨日は残念ながら野村氏腰痛の為途中リタイヤしてしまったが、それでもシゲちゃん・ヒロ君・森脇健ちゃんと、どうも他人とは思えない様な人(他人だが)が多数出演していたので、手に汗握りながら最後まで見てしまった。

親友・元メンバー・元クラスメート。果たして内海光司は誰の応援をしていたのか聞いてみたいところだ。私自身も野村将希リタイヤ後は誰を応援したらいいのかわからず、健ちゃんの記録をシゲちゃんが塗り替えた時などは泣いていいのか笑っていいのかわからなかった。わからないでいたらすぐにケイン・コスギがまた新記録を樹立してくれたので思わずホッとしたが。

ヒロ君は元メンバーであるから、やはり応援しないわけにはいくまい。健ちゃんには内海光司が日頃あれだけお世話になっているのだから、頑張ってもらいたいものだ。そしてシゲ。何せシゲは長いこと私の「理想の旦那様」だった。シゲちゃんの勝利を願う事こそ貞女の生きる道ではないのかという気もする。

シゲが二代目ジャニーズ花束贈呈係を勇退してからの世代には、中村繁之というのはひかる一平や渋谷哲平並に馴染みがないかと思われるが、光GENJIデビュー前後はシゲもまだ、ジャニーズで今の内海光司の様に、難破しかかった舟の様に活躍していたものだった。そうでもないね。「ぼくのシンデレラ」や「ローマを見た」があった分、内海光司よりは活躍していたか。そんな中でシゲの数々の「いい奴伝説」は綺羅星のごとく輝いていた。

御三家のコンサートで骨折した和己に合宿所でずっと付き添っていたというシゲ。「大丈夫か。可哀想になあ」と言ってずっとついていてくれた、という言葉には当時大感動したものである。「大丈夫か」と言って付き添ってくれる人ならいるだろう。だけど「可哀想に」と言ってくれるのはシゲしかいない。ニッキのスーパーギャングでシゲはいつの間にかレギュラーに落ち着いていたが、番組の最後の方で時たま人生相談の様なハガキが読まれる事があった。そんな時はシゲの出番だ。以前につきあっていた彼が不治の病で死んでしまった。もっと一緒にいれば、もっと優しくしてあげれば、と悔やむ彼女に、シゲは一生懸命自分の言葉で答えてあげていた。あの時のシゲの言葉と声音は本当に真摯で素敵だった。シゲいい奴! やっぱり旦那様にするならシゲよね! そうすれば内海光司が新婚家庭に遊びに来るし〜、などと、セコい計算もふまえてシゲは理想の旦那様だったのだ。

内海光司と中村繁之が今どの程度親交があるのかは知らない。しかし内海光司が友とするならやはりシゲ程の男であって欲しいと私はずっと思っていた。内海光司の口からシゲの事を聞く機会は殆どなかったが、解散コンサートの頃妙によくシゲの名前が出る様になっていて、やっぱり波乱の時期に頼りになるのはシゲよね!! と一人深く頷いていたものである。

あの頃内海光司は「俺はもう一度イーグルス再結成するんだよ。もう中村繁之には話を通してあるんだ」などと言っていたが、私は一向に構わないぞ。サクセスにトライしている(し続けている。そして一生し続けるだけだろう)どこかの元メンバーは不満を唱えるかも知れないが、そこはシゲの人徳でねじ伏せるとよろしい。彼もシゲには弱い様だ。さて、あとはマーチンの都合を聞くだけである。



危険な曲がり角(4/5)

デッドマンズカーブ。危険な曲がり角。そんな時、キミはどうする。どうもしねーよ。

それはさておき。私、最近キレてます。何がキレているのかと言えば、耳が切れているんである。ピアスをしたままセーターを脱ごうとしたらひっかかって耳の下がちょっとピピッといった。こわい。結構人間の耳って適当についてる。ピアスの皆さん、お気をつけ下さい。

こわいと言えば、最近もう一つ恐怖体験をした。職場にディスプレイで大きな花輪があって、本物の枝なんかを使っているから結構重い。これを二本のテグスで支えているわけだが、その片方が切れていた。で、もう一回テグスで輪っかを作って、それを通して、上のフックにかけようとしたところ、どうも先端がへろへろ逃げてうまくいかない。自分の指先に輪を通してから掛けようとしたら、指先がキュウと締められた。痛い。でも片手はその花輪を支えるのに使われている。締められた方の手では何も出来ない。だからと言って花輪を支えている片手を離したらそれだけでいかん事になる様な気がする。しかしこのまま放っておいたら指がもっといかん事になる様な気がする。助けを求めようにもその日は休日出勤で同僚は誰もいない。頭の中で鳴り響く「必殺!」のテーマソング。たしかこういう殺し方でスパッと首を切断する人がいた様な気がする。組み紐屋の竜は現代版必殺で、テグスでバイクをつりあげていたではないか。左手の人指し指がなくなったらキーボードが打ちにくいだろうなあ。脚じゃないから親子デーでも有利にならないだろうしなあ…人間パニックの時に考える事は結構くだらない。ちなみに私は現在十本の指を駆使してキーボードを叩いている。どうやって助かったのかと言えば、花輪を蹴り上げたからに他ならない。

誰であれいつ大怪我をするか、死ぬかわからない危険と背中合わせで生きている。特に内海光司のいるテレビ業界というのは、古来より「ライトが落ちてくる」という定番ネタが潜んでいる。ダンスシューズに画びょうを入れられる可能性も一般人の約二十八倍(当社比)だ。だから毎週月曜日に三十分間だけ、ジュニアの真ん中でデコをぴかぴか光らせている内海光司を見ると、何となくホッとして「…元気がいちばん」と呟いてしまう私は結構過保護かも知れない。



おお大将
(4/7)

歌番組特集もドラマ特集も見ないくせに「ザッツお台場エンターテイメント」のお笑い特集を見てしまった。欽ちゃん一家が見たかった為だ。もっとも、それまで孤軍奮闘して番組を盛り上げていた明石家さんまちゃんと、欽ちゃん一家とではお笑いのポイントとスピードが違った為に、急に番組が重たくなった気がして、さして面白くもなかったが。関根勤一人で両方のお笑いの時間軸を跳梁していて、さながらタイムトラベラーのごとしであった。

ジャニーさんと欽ちゃんは仲良しなのだと、欽劇所属の友人が言っていた。言われてみればジャニーズは昔からタレントを欽ちゃんに貸している。中村ノブなどは振り返ってみれば、結局ジャニーズだったのか欽劇だったのかわからない程だ。しかし草ナギ剛を最後に、大将のところへ里子に出されたジャニーズはいない様だ。単に欽ちゃんのレギュラー番組がなくなったからだろう。

「ザッツお台場エンターテイメント」で、コント55号のコントを久しぶりに見て思ったのだが、欽ちゃんには後継者がいない。私はよくこの三人を同一線上に考えるのだが、萩本欽一、市川猿之助、長嶋茂雄。どれも一時代を築き、その後若手の育成に尽力した男たちである。その中で、欽ちゃんだけは後継者らしき後継者が育っていない。せいぜい言えば小堺一機なんであるが、小堺一機には大将から大切なものが受け継がれていない。それはあの身の軽さだ。コント55号でジローさんに飛び蹴りをくらわす欽ちゃんのジャンプ力たるや目を見張るものがある。そしてあのスピーディーなコケ。後世に残すべき、見事なコケである。

そう。段々パターン化してきたからそろそろ皆さんも私が何を主張したいかおわかりだろう。欽ちゃん は内海光司を自らの後継者として育てるべきではないのか。内海光司はコケに関しては天賦の才能がある。蝶の様にコケ、蜂の様に立ち上がる。骨折無しにあのコケを真似られるものは今の日本お笑い界に存在しないだろう。

大将が内海光司を金の卵だと主張すれば、パパは喜んで内海光司を貸してくれるだろう。ただ単にくれるかも知れない。いやんパパ。ただ問題は、ジャニーズにいても昼行灯だが、存在そのものが昼行灯の欽劇に飛び込んで今さらいい事があるだろうかという事だが。立ち上がれ大将。伝統文化を担う若者の為にもう一度「どこまでやるの?!」を復活だ。是非フジテレビ朝10時より小倉智昭を追い出して「欽ちゃんのどーなってるの?!」で復活するとよろしい。テレビ欄的には何の違和感も感じないだろう。



番長惑星
(4/10)

NHK朝ドラ「ふたりっ子」のせいか、何となく双子が注目されている世の中である。内海も双子だったらウケたかなあと、考えてもせんない事をつれづれなるままに考えてしまう今日この頃である。

ファンの皆さんはご存じの通り、内海光司にはひとつ違いのお兄さんがいる。歳が一つしか違わないせいか、背格好雰囲気ともによく似ている。時々コンサートや舞台に来ては、弟の仕事ぶりを仏頂面で眺めているあたり、性格も似ているものと思われる。

この内海兄、かつてはジャニーズ事務所に所属していたらしい。ジャニーズ事務所の歴史の中でも、兄弟でジャニーズというのは仲々いない。慎吾の弟などはファンに事務所入りを切望されながらついに果たされなかったし、デビューしていないながらもその伝説は広くファンの間に浸透していた柳沢超の美貌の弟も、兄と同じ道は歩まなかった様だ。そう言えばジュノンボーイに登場していた瑞樹の弟というのは、ジャニーズに所属しているのだろうか。いずれにせよ、私の知る限り、メジャーデビューを果たした中で兄弟でジャニーズ事務所に所属していた、というのは成田兄弟と内海兄弟だけである。

どうせなら兄弟で同じグループに入ってくれればもっと注目されただろうか。こんなに双子がウケるのならば、年齢もひとつしか違わないのだから、内海兄弟も双子だと出生詐称をして売り出せば少しは脚光を浴びただろうか。しかし沖本姉妹、高橋兄弟、ややスタンスは違うが椎名桜子・桂子姉妹と、数ある双子がさほどブレイクしていないところを見るとそれでもあまり変わらないのだろうか…。

内海兄と言うと、思い出すのであるが、私が大学に入学した当時、仲よくなった女の子に「内海光司のファンで」と言うと「うちのお兄ちゃん、あの人のお兄ちゃんと同じ中学だったんだよ」と言って笑い出した。何が可笑しいのかと思ったら、彼女いわく「あの人のお兄ちゃん、番長だったんだって」と言う。彼女も、学年こそ大きく違うが内海兄弟、そして自分の兄と同じ中学に通ったそうなので「…あなたの中学、番長なんていたの…?」と尋ねると「うん、内海君のお兄ちゃんって人が最後らしい」との返事である。

荒川区で最後の番長という事は、おそらく都内二十三区での最後の番長に間違いない(荒川区民の皆さんごめんなさい。私は愛と欲望の街・五反田在住です)。「東京最後の番長」…「双子のアイドル」よりよっぽど貴重で注目すべき存在であろう。「東京最後の番長の弟」…平凡な内海光司が初めて稀有な存在となれるキャッチである。

内海光司一人ではなかなか弾けないのならば、いっそお兄ちゃんが東京最後の番長としてメディアに進出し、その番長道を語り、子分を増やし、他校との「戦争」を実況生中継するなどして、一躍時代の寵児となってくれないだろうか。内海はその「弟」として細々と食い込んでいけばよろしい。ところで本日のタイトルなんであるが、先日見かけた漫画の題名である。買う勇気はなかったが、立ち読み出来る状況でもなかった。内容をご存じの方は是非教えて下さい。星中みんな番長なんでしょうか。




呪術と信仰(4/14)

そう言えば高校の頃だったか「すぐ髪型を変える人って浮気性なんだって」と聞いて、諸星ファンの友人は青くなったが、私は鼻高々だった。「やっぱねー、かあくんじゃ危なっかしいよねー。その点内海君は誠実って言うかー」…あの頃の私よ。不誠実な短髪の男の方が誠実なロン毛の男よりも魅力的だという事に何故気づかなかったのか。

内海光司の髪型について…最近内海光司ブレイク計画か髪型についてしか書いていない様な気もするが時節柄いたしかたあるまい…内海光司の髪型について、私はありとあらゆる角度から考察をめぐらせてみたのだが、一体何故切らないのか。何故周囲の誰も止めないのか。どうして誰か一言「内海君そのアタマ変だよ。中身じゃなくて
」と言ってくれないのだろう。下からいくら言っても聞く内海ではあるまい。あっくんが「内海君その頭超ダセー」と本当の事を言ったところで「ふっ、あっくんにはまだまだ俺のセンスがわかってないようだな。ついて来いよ! メンバーのファッションリーダーによ!」などとキラリと歯を光らせて一人で走って行ってしまうに違いない。追いかけなくていいよ。あっくん。

従って、上から言って貰うしかないのだが、何故ジャニーさんは樹生のキャベツ頭は注意したくせに、内海の北京原人ヘアについては文句を言ってくれないのだろう。「ユー、その髪、なってないね」と…。トシちゃんの胸毛だとか、晃のスネ毛だとか、そういう滅多に見えないものはどうだっていいのに、どうして公衆の面前にあれだけ堂々と曝されている問題のある毛については何も言ってくれないのだ。木の葉を見て森を見ずとはまさにこの事である。ジャニー喜多川、衰えたか。

何故自ら切らないのかについてのうちの姉の仮説は「耳を隠す為」である。なるほど。たしかにロン毛に隠れて耳は見えにくい。だが内海よ。今人気急上昇の佐藤藍子ちゃんとてキュートな耳を売り物に頑張っているではないか。あの子は耳があるからあんなに可愛いのだぞ。松本伊代だって江川だって、自分の耳を無下にした事は一度もない筈だ。親から貰った大事な体に何の不満があろうか。

「ロン毛の方が老けて(大人っぽく)みえるから」という意見もある。だが今内海光司が髪を切ったところで、ラブジュニで「ジュニアばっかりで内海君がどこにいるのかわかんな〜い」という事態には決してなるまい。ふくふくした頬を失った時点で、彼が童顔だという世論は消えた。残されたのは三十路への真っ直ぐな一本道を走り出した男がいるばかりである。ジュニアとの差別化という意味では、あの髪はまるで無駄である。

人が髪を伸ばす理由は様々だろうが、その殆どは「その方が似合うから」である。「その方が似合わない」のに伸ばす場合の、残された可能性は「願をかけているから」であろうか。内海光司が日本古来より伝わるこの秘術に携わっているかどうかは知る術がないが、そう言えば彼はよく「僕にとっての奇跡の女神は」だの「メンバーに会わせてくれた神様に」だのと神仏を持ち出す傾向にある。考えられない事ではない。何に願をかけているのか。主演ミュージカルやソロデビューを祈っているのなら、私達ももはや彼を止めはすまい。一緒にお百度でも水垢離でもしよう。太鼓を叩いて丸太を振り回しながら奇怪な踊りを踊っても構わない。だが「浜省に会えますように(きゃっ)」だの、「AIRMAX限定版が買えますように」だった場合は容赦すまい。呪術には呪術で対抗してくれる。幸いその長い髪が有意義に活用出来るたった一つの方法が、我が国には願掛け同様に今日まで伝わっているではないか。



春風
(4/18)

内海光司に情報局が出来た。嬉しい。12枚もハガキを送ったところで、12通分も情報があるのか彼にはという寂しい疑問はあるのだが。ちなみに私はフジテレビを見る度に「…内海光司はいったいいつお台場に足を踏み入れる事が出来るのだろう…」と悲しい疑問を抱いてしまうのだが、いや、涙は見せまい。せっかく明るい未来が開けてきたところではないか。何となればコンサートの予定もあるというではないか。正直言ってまだ信じられない。またステージで踊る内海光司が見られるなんて。アイオン放映終了以来、もう年単位で諦めていたから。えっ、こんなに早くにいいんですか神様。俺達もう少し辛抱出来ますぜ、と謙虚な気持ちにすらなってしまったが。勿論、一度頂いたご馳走は今さら手放す気もない。おいしくいただきます。南無。

それにしても、私達に与えられた情報は「内海・山本、関西方面でコンサート予定」という一文だけである。如何に日本語が「行間を読む言語」とは言え、これだけではジョイコンなのかソロコンなのか、大阪なのか京都なのかはたまた神戸なのか、さっぱりわからない。一番ありそうなのが京都の劇場でジョイコン、二番目にありそうなのが京都の劇場で、元光GENJIが日替わりでソロコン、という感じか。ホワイトシアターの時みたいに、全ジャニーズがあそこでコンサートをやって、そのうちの一日を内海一人なり淳君と二人なりがコンサートに使うんじゃないだろうか。一部淳君、二部内海、とか。

私にはちらっと夢があった。それはショップ限定販売でいいから、ジャニーズレコードが発足したあかつきには、内海光司のCDなんかもインディーズすれすれで出してくれないだろうかという希望である。ちょうど青山劇場限定発売された中村繁之「ガラスの靴」みたいな感じだ。コンサートをするというのなら、会場限定販売でCDを出してくれないだろうか。しかしこの間東スポに、ジャニーズレコードはメリーさんとジュリーさんが内緒で作っていたのを東スポがすっぱぬいた為にパパが怒って、白紙に戻った、という記事が載っていた。東スポですら知っていた事をどうしてパパが知らなかったのかははなはだ疑問であるが、是非この夢を叶える為にパパも心を広く持って、ジャニーズレコード設立に全力を尽くして頂きたいものだ。

ところで「どうして二人で関西なんだろうね」という友人に「二人で今度こそ関西ボーヤとしてデビュ−するんじゃないかな」と答えたら総スカンをくらった。




ちょきちょき(4/19)

さて、今日は原宿に行って参りました。GUESTBOOKで教えて頂いたので、ジュニアの写真の片隅に写っている内海光司の写真を買いに行った次第である。律儀だねじゃあなちゃん。頑張るね。うん。俺いつでも全力投球だよ。…しかし、私は「○○番ですよ」と教えて頂いた番号を、間違えて覚えており、その番号では国分博が私に向かって微笑んでいた。

「…これは…ちがう…」仕方なく少女達をかき分け、ウォーリーを探す私。何だか修学旅行で好きな男の子の写真を探して廊下でうろうろしている人みたいな気分と状況である。ちょっと混んでいたので、完璧の自信はないが、私が見つけられたのは二枚。あと「絶対これは彼のロン毛のきれっぱし!」というのも見つけたが、そちらはさすがに購入しなかった。

しかしジャニーズショップも変わったものだ。脂取り紙ときたもんだ。私がかつて主張した「彼の部品」としてのグッズ(声を使った目覚まし時計とか)ではなく、彼らはどこまでも「日常どうしても必要なものをジャニーズブランドで揃えさせる」という方針でいくらしい。シャンプー。脂取り紙。しかしあまり生活臭が出るのは如何なものか。そのうち「KinkiKidsの"ごはんですよ"」(提携・江戸むらさき)とか発売されそうで怖い。その場合「KinkiKidsの"ごはんやで"」の方がいいかも知れない。内海光司の場合は「キノッピーの"ごはんですよ〜皆さん!"」か。

「〜ですよ〜皆さん!」と言えば「TOKI-kin急行好きだよ!好きやねん!」が始まった頃、私は番組出して欲しさに「是非この番組も内海光司を司会にして"UCHI-kin急行好きだよ!好きやねん!好きですよ〜皆さん!"にタイトル変更しよう!」と主張したものだ。「テレビ欄に入らない」と一言で却下されたが。ちなみに和己が出演する場合「好きだよ!好きやねん!好きだって言ってんだろこのヤロウ!」、晃が出演する場合「好きだよ!好きやねん!好きになったりしちゃったりしちゃってま〜す!」。これなどは2時間ワクでもない限りテレビ欄には書ききれないタイトルである。なお、その日の欽ドン賞は友人が言った東山紀之司会の「好きだよ!好きやねん!みんなの愛を森さんへ」であった。すみません、ここ編集でカットしておいて下さい。


賢弟愚兄(4/27)

光GENJIは何人?と聞くと大抵の人が「七人」と答える。SMAPって何人?と聞くと大抵の人が 「五人」と答える。どちらか一方の説に従うなら、光GENJIは五人でなくてはならないし、SMAPは六人であるべきだろう。だが何故か光GENJIは七人でSMAPは五人だ。そしてこれから、もっと光GENJIは七人になっていくだろうし、もっとSMAPは五人になっていくのだろう。とても国文学科を出たとは思えない日本語が続いて恐縮であるが、大意はおわかり頂ける事と思う。

これは別に光GENJIファンが心から大沢樹生と佐藤寛之を愛していて、SMAPファンが森且行を忘れた為ではない。ただ単に、光GENJIは五人では殆ど活動しなかったから、みんなスーパー5などというグループの存在は忘れてしまっただけの事なのである。一年分の記憶がすっぽ抜けているのだ。

且くんがSMAPを脱退する時に、光GENJIファンは「いっそ解散すればいいのに」と余計な事を言ったものである。意地悪から言ったつもりではなかった。むしろ老婆心であった。五人で活動してからいつか解散するなら、六人で解散した方が綺麗ではないかと。自分達が二度もお家騒動をやったから、ついいらぬ口を挟んだのである。

しかし、活動量の違いというのはこれだけ人の記憶に影響するのか。SMAPの喪失感は少しずつ薄れていって、且くんの位置づけはいつしか「SMAPと、別の場所で頑張っているもう一人のSMAP」という扱いになった。スーパー5は、五人でいるところを見慣れる程活動しなかったものだから、結局最後まで「樹生とヒロ君のいない光GENJI」になってしまった感がある。

光GENJIは五人なの、七人なの。スーパー5として活動した一年間、私達は気持ちの整理がつかないままどうも居心地の悪い思いをした。「レーサーになる」という断固とした目的を持っていた且くんにひきかえ、樹生とヒロ君は結局何でやめたのか真相が明らかにならなかったからというせいもある。送り出していいのか、ひきとめていいのか。五人なのか七人なのか。結局割りきれないまま光GENJIは解散してしまった。しかも、何故か、七人として。

解散記念に出た商品の全てが七人ブランドであったし、最後のステージにも代筆で七人分のサインが残った。「あんたたちはスーパー5じゃなかったのー」というファンの当惑をよそに、五人はしらじらと「俺たちいつまでも光GENJIー」などとうそぶいていなくなってしまった。真意の程は知らないが、キャラクター的に、一番「七人の光GENJI」にもこだわりそうだが、「光GENJIを解散させない」事にもこだわりそうな内海光司でさえ、最後のステージでは「メンバー六人に会わせてくれた神様に感謝します」などとのたまっていた。結局私達は、本人達ですらよく消化出来ていない構成のグループのファンになろうと一年間努力した挙げ句、本人達に「やっぱこれ変だわ」と逃げられてしまったに過ぎない。

だからSMAPも、ああいう間抜けな真似をするくらいならいっそ解散した方がいいんじゃないかと思っていたら、彼らはうまく自分達のスタンスを消化して、綺麗に立ち回っている。まったくいらぬお世話であった。大体SMAPというのは出来のいい弟みたいなものだ。兄貴が失敗してドブにはまっているのを見ているから、すいすいとドブを避けて進んでいく。こっちは、あっちのドブにはまり、そっちの電柱にぶつかりながらヨロヨロしてるってのに。結局、誰一人として器用に立ち回れなかった、メンバー一丸となった要領の悪さが光GENJIの光GENJIたる所以なのだろう。そういうところだけ、あの兄弟は七人揃って本当によく似ていた。




愛という名のもとに(4/29)

ゴールデンウイークにはちょっとホームページ新企画なんかもupしちゃって、あちこち更新しちゃおうかしら。そうそう、お部屋の大掃除や衣更え、お買い物もいいわよね…と、思っていた私はどこに死んだのか。愛に死んだ。「アンジェリークSpecial2」を買ったばかりに、オスカー様との愛以外全てを投げ捨てている今の私がいる。

頭の記憶容量が足りないばかりにRPGをやれず、頭のクロック数が遅いばかりにパズルゲームをやれない私にとって「アンジェリーク」はダビスタ、スーパーロボット対戦シリーズと並んで希少なお楽しみソフトだ。発売日にわくわく購入してきて、わくわくプレステの電源を入れようとしたら、入らない。どうやら断線らしい。姉がペルソナの為に百回電源を入れても壊れないというのに、私がたまたまポチっとなと押してみたら壊れるとは何事か。おのれPS。私とオスカー様の愛を邪魔する気だな。障害がある程燃え上がる恋。ようやくハードが直ってきた今となっては、もはや愛の奔流。怒涛のがぶり寄りである。

今回は、自分の名前とともに、自分が育成する「聖獣」という、 耳の長い猫の様な羽の生えたウサギの様な獣の名前がつけられる (この聖獣、昔サイボーグ999の映画に出てきた宇宙生物に凄く似ているのだが誰も知るまい) とりあえず自分の名前は「じゃあな」にした。私の本名は「美衣」であるが、 平仮名で表記するとこの名前は大変間が抜けているのであまり使いたくない。 もっとも「じゃあな」にしたところで「じゃーね、じゃあな」とか「じゃあな、じゃあな」 とか言われてしまって弊害はあるのだが。ゼフェルに至っては「それじゃあな」である。 かけ声なんだか挨拶なんだか理解に苦しむ。

そして聖獣の名前を「キノッピー」にした。名付けてみると大変可愛らしい。大体名前によく似合う。街を歩いている人100人に「キノッピーの絵を描いて下さい」と言ったら二人くらいはこういう生物が描く人がいる様な気がする。

キノッピーは前作でいうところの神官の役割なので、欲しい守護聖様の力なんかをこちらに伝えてくれる。と、言っても「きゅっ、きゅきゅきゅっ、くぴー」とか言ってるだけで、主人公が勝手に「闇の力が欲しいのねっ」とか解釈してくれるわけだが。この「きゅんっ」とか言ってるキノッピーが大変可愛い。ライバルに負けている時に会いに行ったりするとこちらに背を向けてしゅんとしていたりして、それがまた可愛い。

ところが、勝手に心が通い合っているつもりでいたキノッピーと私。意外な落とし穴があって、思っていたよりもうんと相性値が悪かった。すると守護聖さまがどれだけ育成してくれても、こちらの力が作用しにくいのである。慌ててキノッピーにラブラブフラッシュをかける私。「じゃあなの心、キノッピーに届け。ラブラブフラッシュ!」…結構嬉しい気がするから我ながら嫌になる。

だが所詮どんなに可愛くてもキノッピーは所詮サイボーグ999の宇宙生物。 前作から引き続き燃えている私のオスカー様への愛は止められない。 少なくともオスカー様とのラブラブエンディングを全バージョン制覇しない事には気が済まない。 とりあえず連休中なかなか更新されなくても、 じゃあなはどこかの宇宙で幸福に暮らしていると思って下さい。

 

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