Only
You (2/1)
人気投票の結果を見て一つ勉強になった。それは、いついかなる世界においてもメジャーなものは強いという事だ。パソコン通信よりは開けているとは言え、インターネットはまだまだカルトな世界だ。だからカルトなものが意外に健闘するのではないかと思っていたが、結局は原宿でアンケートを取るよりも年齢層があがったくらいで、さほど偏った結果にはならなかった様に見受けられる。ただ、世間で言えば大人気絶頂の予定のキムタクより、中居が勝ったあたりがややカルトか。
私が一番意外だったのは東山紀之の健闘である。正直言って、ノリに負けるとは思わなかった。さすが内海光司。東山を越える事は本人が許さなかったか(もしかして内海が投票してたんじゃないのか)私は内海光司の順位をあげる為に、こっそり少年隊ファンにお願いしようかと思っていた。実は少年隊ファンなら、今のジャニーズは少年隊以外結構どうでもいいと思っているだろうから、そのどうでもいい票を内海光司に回してはくれないだろうかと思っていたのだ。しかし今回は「三人まで投票」との事だったので、それじゃ少年隊ファンはメンバー三人に投票するに決まっているから内海の入る余地はないな、と断念した次第である。
しかし。錦織ファンが東山と植草に、東山ファンが錦織と植草に、そして植草ファンが錦織と東山に入れた…筈なのに、どうしてノリだけがあんなに抜きん出ているのだろうか。すると光一ファンや智也、太一ファンあたりが余った票を東山に入れたわけだろうか。だからメジャーは強いと感心したのである。やはりメジャーリーグの仕事は損にはならないという事か。
内海光司と錦織一清は似ている。ファンのポリシーの堅さがそっくりだ。カルトすぎるあまり人数が少なく「あっくんも好きだっしー、准くんも好きだっしー、でもぉ、今はやっぱりKinkiかなって感じだっしー」というチョウチョの様に軽やかなファンに膝を屈する事になる。そしてチョウチョは「…内海君(ニッキ)のファンってえ、なんだかマニアックな感じでえ、なんか今さら入っていけないっしー」と軽やかに飛び立っていってしまう。待っておくれ。これでも門戸は開いているつもりなんだ。いつでも入ってきておくれ。そう思っても、はやかの人はお花畑の向こう…メルヘンである。
タレントがカルトだからファンもカルトなのか。はたまたファンがカルトだからタレントをカルトにしているのか。キノッピー掲示板でも申し上げたが、これが「持ち点100点を配分しなさい」だったら内海ファンと錦織ファンはとりあえず100点を彼に投入するだろう。そうじゃないなら98点を彼にして、残りを1点ずつ配分するとか。もっと言えば「熱く焼けた鉄棒を握り締めたら彼にお仕事をあげましょう、さあどうぞ」と言われて真っ先に前に進み出るのはこの二人のファンの様な気がする。「あたしが先よ!」「あたしよ!」などとケンカまではじめそうな勢いである。そうして内海ファンや錦織ファンがのたうちまわって(でも顔は喜んでる。すごい怖い)るのを見てから覚悟を決めた寛之ファンや国分太一ファンあたりがチャレンジしそうな感じがする。嫌だなあ。熱そうだなあ(もうやる気らしい)
ナンパーワンよりオンリーワン。ジャニマガで遠ちゃんがその様に言っていた。私は個人的にはナンバーワンの方がいい。しかし内海光司はオンリーワンの男だ。"みんなに愛されるよりも誰かに一番愛される方がいい"言葉にすると美しいが、やはり芸能界はみんなに愛されてなんぼな気もする。とりあえず掌を鍛えようっと。
天にまします(2/3)
さて本日は節分。そう言えば今年は誰かジャニーズが豆をまいたという話は聞かない。やはり昨年で懲りたのだろうか。我が家は商売をやっているので、今時律儀に豆を撒く。Macにもフリーズやシステムエラーを起こさない様にと豆を投げたら、筐体の中に皮が入りそうになって死ぬほど焦った。やはり電脳機械には神も仏もないのか。
鬼はーそとー、福はーうちー…うみー…。思わず呟いてしまう自分が悲しい。今年は念頭に述べた通り、データ上は物凄く精力的にお仕事をしてくれる筈なのだが。二月になってもまだビッグでグレートなお仕事の予定は入らない様だ。映画に出て欲しいとわめき続けたら、神様が大沢君を映画に出してくれると言った。神、人の話は最後まで聞け。
自分に、メディアに対する影響力がない以上、縋れるものは神様だけである。京都でお寺めぐりをして、全ての寺社で「光のミュージカル」と祈った事も今となっては懐かしい思い出である。どこかで「内海の主演舞台」とか「光のシングルデビュー」とか書いた絵馬を見つけたら私だと思って頂きたい。今年の初詣は、芸能にいい寺社はないだろうかという事で友達と相談しあって、新宿の花園神社に出かけた。ここの境内には芸能(多分元は芸者さん用だったと思われる)の神様が奉られた小さなお社がある。柏手を打ったが最後、みんな自分の欲望のたけを神仏にぶつけるのに必死で誰も動かない。誰かが「いい加減諦めろよ!」と怒鳴るまで直訴は続いた。
神様は私の直訴よりも先に、憂慮すべき問題が色々とあるだろうと思う。戦争とか飢饉とか、近いところでは重油流出とか。だから些末な事で神様の手を煩わせるのは申し訳ないと私とて思う。ジャニーズショップはプリクラなんかを作るよりも、まず神社を作るべきではないのだろうか。よくデパートの屋上なんかにある小さな奴だ。何ならゲームのおみくじみたいに、お賽銭を入れるとお守りと称してタレントの写真が出てくる様にしてみたらどうだ。巫女さんの人形が運んでくる奴。
それで、願い事を言うとそれがご神体のテープレコーダーに録音される。それを事務所の偉い人達が目安箱として参考にするというわけである。おそらく「健君大好き!」とか「つよちゃん激ラブ! 超カッコイイよ!」などという声に混じって「私はやはり内海光司をもっとメディアに露出するべきだと思います。企画を三つ用意したので聞いて下さい」などとプレゼンを始める声が録音される事だろう。多分バックグラウンドで「ちょっと前の人ながーい」「なんか読み上げてるよ、超力入ってるー」などという囁きが入る事と思うが。
まあとりあえず、鬼も追い出した事だし、 これで内海光司のお仕事マンネリ鬼もどこかへ行ってくれた事を期待しよう。
恒例行事(2/7)
ジャニーズ事務所は今年、バレンタインのチョコレートの代わりに阪神淡路大震災の義援金を募集するという。神戸のファンは今みんな途方に暮れているだろう。マッチポンプである。
最近はどうだか知らないが、 以前はバレンタインになるとタレントが何人かプレスサービスにファンクラブを訪問して、 女の子からチョコを受け取るところとか、
チョコの山に埋もれた写真なんかを撮影させたものである。 それを目当てにしたのと、送るより持っていった方が速いというのと両方で、ファンは2/14には大挙してファミリークラブを訪れた。ある年は、ファミリークラブから延びた列が恵比寿駅前までも続いたものだ。えびす様もびっくりである。それで対処に困ったらしいファンクラブの人が、当時まだ黒かった(半透明ならまだ何とか形もついた気もするのだが…)ゴミ袋を持って奔走するはめになった。私はファンクラブの人ではなかったが、どうした理由からか手伝う事になって「チョコレートはここに入れてくださーい」をやった。寒い冬の日、ずっしりと重くなったゴミ袋を背負いながら、私ゃサンタかと途方に暮れた思い出がある。今年もし、義援金を募金する列が駅前まで続いたなら、私はよろこんで手伝おう。そして季節外れのサンタクロースはあさっての方向に向かって逃走するだろう。貧乏なんだ、今。
ちなみに失礼を承知で申し上げれば、ジャニーズ事務所はJ-STAGEの収入を全て交通遺児に募金しているというが、私はジャニーズのタレントがボランティア団体の代表の人なりにそれを手渡してにっこりしているという写真を見たことがない。勿論銘打っている以上どこかへ募金されているのであろうが、それならばその明細とはいかないまでも、結果をもう少し大々的にアピールした方がいいのではないだろうか。せめて末端のファンである私が見た事あるぐらいには。実は私は内海光司のJ-STAGEにちょっと公開出来ない程の金額を賭けた事がある。結果としてJ-STAGEに行けて、衣装も貰えたので金額に後悔はないが、あれはどこへ行ったのかなと時々思い出す。まあ今回は新聞で義援金を募ったくらいだから、Kinkiあたりから結果発表される事だろうと思うが。
さて、義援金であるが、送らせて頂いた。いくらにしようか悩んだのだが、義援活動はジャニーズ事務所に音頭をとって頂くまでもなく会社でさせて頂いているので、まあそう張りきる事もあるまいと思い、いつもチョコレートはそのくらいの金額であげているからという事で千円にさせて頂いた。シケててすみません。それで、募金する場合には、イチオシの名前と自分の住所氏名を書いた官製はがきを同封との事だったが、このハガキはいつの日か私のもとに帰って来てしまう。帰ってきたハガキに「内海光司くん大好き!」などとうっかり私の字で書いてあった場合、家人の失笑が悲しい。どう書けば一番恥ずかしくないのだ。「内海光司君」とハガキの片隅に可能な限り小さく書けばいいのか、いやそれでは事務所側でよく見てもらえなくて適当にSMAPあたりからお返事が来てしまいそうな気がする。どうすればいいのだ。どうすれば。
挙げ句、 千円を現金書留で送ったら局員の人がプッと笑いながら「送料500円かかりますよ」 と言った。 わざわざ募金するくせに千円しか入れないで送料500円も取られてやがると思ったのか、
ジャニーズファミリークラブというあて名を見て笑ったのかどっちだ。 いずれにせよ、私のこの様々な思いを受け止めてくれ、神戸。頑張ろう、神戸。
Please(2/9)
本日、セーラームーンは最終回だった。ビデオレンタルを含めて、一番最初のシリーズからこのアニメを見続けていた私にとってはなかなか感慨深い。ピンクレディーも光GENJIもそうだが、ブームになったものがその後成長していこうと思ったら"子供"を顧客リストからスッパリ切らなくてはいけない。セーラームーンは玩具を売らなくてはならないという足枷からついに子供を切ることが出来なかった。いっそOAVで対象年齢を上げればもう一ラウンドいける様な気もするが、まあ綺麗に終わった事だしこれでいいのか。
最終回、敵を倒して全員が復活…というのはもはや推定ではなく決定であるから心配はしていなかったが、その後どうするのかなと思ったら、衛とうさぎのキスシーンの後、いきなり"ムーンライト伝説"(一般に「セーラームーンの歌」として認識されている方の主題歌)がかかってそのままエンディング。セーラームーンが始まって四シリーズだから、多分五年くらい経ったと思うのだが、スタッフはその間ずっとセーラームーンという作品を守り育て愛してきたのだなあとしみじみしてしまった。
子供という足枷がある限り、世界観は平坦のままに見える。愛すべき登場人物が死ぬこともないし、救われない登場人物が生まれる事もない。セーラームーンの世界では悪役も常に救われてきた。先が見えてつまらない程に。例えばもっと残酷にしたら、もっと救いのない世界観にしたら、セーラームーンの世界に漂うマンネリ感は打破されただろう。いくら登場人物を増やしても、基本的に視聴者が「負けるわけがない」「死ぬわけがない」とタカをくくっている以上、冒険は冒険として意味をなさない。それでもスタッフはセーラームーンの世界を変える事はしなかった。仲間を信じる気持ちや生きる希望は必ず世界を救った。それが古いのだと言われたら、成程、終わらせるより他ないだろう。
世間では"まっすぐに明るいもの"を非とする風潮が強くなった様に思う。"いい子"など存在するわけがない、という風潮は、人間の人間的弱さを認める一方で、非道徳観をも増長させている様な気がする。"サイコメトラーEIJI"を毎週楽しく見ているわけだが、あのドラマの中で映児は友達とカツアゲしようとしたり万引きしようとしたりする。どれも未遂に終わるしコミカルに描かれているから「おっ、ジャニーズがドラマの中でもカツアゲする時代になったぜ」とそれも楽しく思っていたが、今週は子供の死体がのっけから大量に出た。しかも犯人も子供。うまくまとめているから絶望感はない、むしろ形式としては美談で終わっているが、私にはかなり衝撃的だった。だってこれはジャニーズのドラマなのだ。ジャニーズのファンの女の子達やその世代の子供が見る筈の番組なのだ。しかし小学生の惨殺死体が出てしまうのだ。やばくないのか、それは。
一つのOKは、続くハードルをどんどん低くさせていく。「これはすれすれでOK」「これはまあ、見方によってはOK」が続けばいつか「やばいけどいいじゃん」にたどり着く。いいのかそれって。アニメも、ジャニーズも、子供達に夢を与える存在だったものにすら、夢や倫理やいい子の居場所はなくなっていく。セーラームーン。光GENJI。どちらもダサいものの代名詞だ。何せ言っている事がダサい。愛も勇気も希望も、心のどこかにあるだろうけど、臆面もなく口にするなんてカッコ悪い。でも、本当にダサいか。本当に今の時代には不必要か。
「うちのたまごっち変になったから殺した」と女の子が楽しそうに言う時代。 ジャニーズのタレントが汚れ役から売れていく時代。結構怖いよ。新しい事に挑戦して欲しいと思う半面、
内海光司には、時代遅れでもカッコ悪くてもいいから、 明るくてまっすぐで楽しい世界を守っていって欲しいと思う。
ともあれ、入院騒動を乗り越え、葛城ミサトという爆弾を抱えながらセーラームーンを演じ続けた三石琴乃さん。長い間お疲れさまでした。
昼間のパパは(2/19)
"Jaま〜る"の御友達募集の欄に、内海光司ファンの方、というのがあったので、友達の少ないじゃあなさんは一瞬御友達になって貰おうかと思ったら、なんと年齢制限に満たなかった。この年になってその様な事態に出くわすとは。何だか胸の奥がほんわりと暖かくなる事件であった。
そう言えば私は会社の帰り道に大抵青山劇場の前を通るのだが、今はダフ屋が私の様な時代遅れの内海光司ファンにまで"にせ皿屋敷"のチケットを売ってくれようとするのでとても嬉しい。思わず友人と「あたし達SMAPファンに見えてるよ!」「バレてないね!イケてる、時代掴んでるよ!」と喜んでしまった。
それはさておき、本日、じゃあなさんのママがテレビ東京の"レディス4"という番組にゲストで出演する事になったので、じゃあなさんはスタジオまでついて行った。レディス4はその名の通り4時から、愛ラブジュニアはご存じの通り6時半からで、テレビ欄では近いが収録と生放送の隔たりは遠かった。何等私に益のない出演と言えよう。モグリのじゃあなさんはラブジュニの収録がどこで行われているのかも知らないのだが、この階段を内海が通ったかも知れないんだわ、とか、この楽屋に内海がいたかも知れないんだわ、などとせいぜい浮かれて遊んできた次第である。
しかしテレビというのは大変だ。ちょっと関わるだけでも準備段階から大騒ぎだし、本番ともなるとスタッフの緊張感も凄い。私達は今日限りでも"レディス4"のスタッフは毎日これをやってるんだから凄いなあと思い、そう言えば内海光司も毎週こんな事を二回もやって、それも自分でシキっているんだから本当に凄いなあと思ってしまった。お父さんの仕事場を見学に行って感心して帰ってくる子供の如きである。
こんなに大変なんだから、 アイオンで内海光司が空白の時間ただニヤニヤしているだけなのも、 動じないだけプロなのに違いないと思…う…わけもないが。
カメラの向こうの「世界」を意識してしまったら物凄く緊張するのが人として当然である。 その「世界」を前にしてラップでクッキングなどと踊り騒いでいるジュニアの少年達は、
さだめしひとかどの人物に違いない。
ところでテレビ局の楽屋のロッカーには、歌手やタレントのシールやステッカーがべたべた貼ってある。本人が貼ったのか専属のスタッフが貼っているのかは謎だが「さすがジャニーズはいない。ジャニーズ事務所の子はみんなお行儀がいいんだな」と感心したら忍者のステッカーを見つけてしまった。スタッフでないならやはり高木あたりがあやしいか。
ラジオデイズ(2/20)
もしも私に時間を止める能力があるとすれば、全宇宙の時間はとっくに停止している。それほど私は時間が止まる事を切望した事があった。あの時のパワーを全てぶつけたなら、スプーンの一つも曲がったに違いない。それは、光のスターライトキッス最終回の瞬間の事である。
毎週月曜日から金曜日まで、十分間だけ放送していたこのラジオは、当時の私の人生の全てだった。毎日毎日録音し続けた情熱だけでも相当なものだが、「光のおやすみコール」なる、光のどちらかが家に電話してきてくれるコーナーに何とか当たる為に、一日一枚はハガキを書いていた。途中このコーナーは、電話口で物真似をしなければならないという条件が追加されたので、私は一子相伝の秘術「東山紀之の物真似をするヤカンの真似」の特訓に日々を費やしていた。結局内海光司が我が家に電話してくる事はなかった為に、秘術はいまだ神秘のベールに包まれたままである。
「おやすみコール」以外にもハガキは出しまくった。ともかく光に名前を呼んで貰いたかったから、怒涛のがぶり寄りでニッポン放送にハガキを送り続けた。授業中は大抵ラジオのハガキかベストテン・トップテンのリクエストハガキを書いていた。だから私はこんなにも頭が悪いのだなあ。茶色のペンで書くと読まれやすいなど、当時は私なりのジンクスがあった様な気がする。
当時は今程、旅行にも出張にも行かなかったが、それでも修学旅行やスキー旅行で家を空ける機会はあり、九州修学旅行の折などはラジオ付きウオークマンを片手に旅館内の電波状況の良いところを求めて探し歩いたものである。イヤホンを掲げながらふらふらとさ迷う姿はガイガーカウンターを手に被爆地を歩く人に良く似ていた。何故やっていた当人がその姿について評論出来るかというと、ポップスマップを聞くために同じ事をしていたバカがもう一人いた為である。結局私は廊下、彼女は押入れの中に安住の地を求めたものだ。
ラジオに関しては、いい事もあった。悪い事もあった。それでも私は毎日を光の声とともに過ごしていた。うたた寝をしていても時間には必ず目を覚ます程に。終わると聞いた時は、ビーバーエアコンが提供からいなくなったから、そろそろだという予感はしていたのでそれほどショックでもなかった気がする。光の二人がなかなか揃わなくなり、水曜日と木曜日は一人一人のコーナーになってしまっていて、番組自体が結構つまらなくなっていたせいもあった。だがいざ終わるとなった日の動揺は凄まじかった。あと十分したら、五分したら、もう二度と50分に二人の声がする事はなくなるのだ。そんな生活あるのか。あと二分したら、一分したら。
今、ここにこうしている以上、時間は止まらなかった。時計の針が進むにつれて、急に口数の少なくなった内海と、いきなり饒舌になった樹生に泣き笑いしているうちに番組は終わってしまった。タイトルは知らないが、スターライトキッスのエンディングの音楽は有名な曲らしくて、今でも時々有線などで耳にする事がある。楽しげなのか、穏やかなのか、切ないのかわからないあのメロディーは、成程あの番組には相応しかった様に思う。
保険(2/21)
内海光司のお仕事の情報が転がりこんできた。有難い有難い。 私の大好きな浜木綿子先生とまた舞台をご一緒出来るとは。有難い有難い。 しかも準主役が藤岡琢也さんという事は、
どう転んでも若い二枚目の役は内海光司のもの?(ニヤリ) これで当分は機嫌良く生きていけそうである。 今から知っている以上十月まで「お仕事がない!」と憤らずに済むから、
年内の保険は確保した様なものだ。
で、その10月の舞台の楽日と初日を団体予約で申し込もうと思うので、ご希望の方は是非MAIL下さい。団体予約一番乗り予定なので、悪くても三列目以内がゲット出来るんじゃないかなと思います。今回は目黒祐樹親衛隊以来の強敵・杜けあきさんファンとバトルしなくちゃいけなくなるので、何としても団体で初と楽を押さえておきたいところです。キャンセルは9月初旬の一般発売日前日まで受付ますので、今から有給がとれるかどうかくよくよせずに、いっちょ申し込んで下さい。大丈夫!八ヶ月もあれば根回し出来るって!(って、自分が行けなくなったりしてじゃあな。ありうる)
さて。さてと言っても本日頭がうかれぽんちなので書くことがなかなか思い当たらないが、そう言えばジュニアの「大坂くん」というのを内海が呼ぶと「大沢(おーさあ)!」と言っている様で平静でいられない、と打ち明けたら、赤坂ファンのまあなちゃんからは「えっ、あたし『赤坂(あーさか!)』って聞こえて仕方ないんだけど!」と言われた。「またまたー永野さん耳腐ってる」とでも言われるかと思ったのに意外すぎる展開であった。みんな耳が腐っているという事か。あなたはどう聞こえますか?
ジャニーズっち(2/23)
たまごっちというのは「べびーっち」「こどもっち」という成長過程を経て、ユーザーに高い人気を誇るのが「うさぎっち」という耳のはえた形態になる事だと言う。へびみたいになって足が生えたり、たらこ唇のたらこっちなどはあまり人気がないらしい。「やだー、失敗したから殺すー」という事になる様だ。
「ジャニーズっち」というゲームが発売されたら最初は「ジュニアっち」「シニアっち」と成長していって「デビューっち」とか「バックっち」に道が分かれ、「Kinkiっち」や「SMAPっち」になればおそらく可愛がって育てて貰えるだろうが「バックっち」から「忍者っち」や「内海っち」になってしまったら、かなり多くのユーザーが「やだー失敗したから殺すー」という事にするのだろう。自分で書いててグサッと来てしまったが、今。
しかし見事「デビューっち」 となり「スターっち」になれたとしても将来は薔薇色ばかりではない。 うかうかしているとすぐ「脱退っち」になってしまい「独立っち」になると画面からいなくなってしまう。…シュールだ。「引き抜きっち」も同じ末路を辿るぞ。
これが個人別になると、内海などは「きのっち」「うちうみっち」から「おやじっち」「司会っち」「ロン毛っち」などに成長していくのであろう。「ロン毛っち」は嫌だな。掻き上げたりして。和己などは「ぼうずっち」から「バンダナっち」となり「ちょび毛っち」とか「パツキンっち」「マッチョっち」となって「独立っち」「ゴールドクラブっち」と育っていく。樹生なんかどう育てても「みっきーっち」「樹生っち」「オルフェっち」「ヤキソバンっち」「てんてんまゆげっち」などを経て「脱退っち」「はげっち」「MOSTっち」行き着く先は「子連れ親父っち」だ。おやじっちの背中にこどもっちを背負ったグラフィックになってとぼとぼ歩いていくのだろう。育て甲斐がない事はなはだしい。
時節ネタが続くが、今日渋谷で米米クラブのフレームのプリクラを見た。そうかジャニーズのプリクラが出来たらきっとこんな感じなんだなと思って見ていたのだが、ジャニーズのプリクラというのはあの「はーい、笑ってー」というコメントは本人ボイスなのだろうか。セガもそこまでは凝らないのか。晃ファンの友人が「やだよー、晃だったら絶対『はーい笑ってー。いいねーいいねー、可愛いねー、いいよーそのままー』とか、何だかわかんない音声が入る事になるよー」と言っていたが、内海などはさしずめ「はーい笑ってー。今僕がとびきりのギャグを言ってあげるからねー。くすくすっ。あっ、ごめん、今言う前に先に笑っちゃったよー。あっはっはー」などという音声が入ってしまいそうだ。おそらくそれでも微笑みながら写真を残せるファンはいないだろう。内海ファンみんな怒った顔して写るのだな。
今だったら「はーい撮るよー。僕の舞台見に来てねー」と言えば、思わず微笑みながら映れるかも知れない。しかし、実際問題として内海の横で微笑んでいる自分のシールというのは使い道がない。映りが良くても悪くても使用方法に困るだろう。きっとジャニーズのプリクラが出来ても私は「はーい撮るよー」の瞬間自分はその場にしゃがんで、内海だけのシールを手に入れて喜ぶに違いない。とりあえずそれは手帳と携帯に貼ろう。気が若いんだか何だか自分でもよくわからない。
保険(2/21)
内海君の出演する舞台「菊がさね」の初日と楽日の団体予約に沢山のご参加有難うございました。楽日は本日限りで締め切らせて頂きます。初日の方はまだ余っていますので「行ってみたいぞ!」という方はじゃあなまでMAIL下さいませ。
前回「恋風」の時も団体予約をしましたが、その時は「○枚お願いね」と言った友達が音信不通になってしまい、余った券を抱えて途方に暮れた覚えがあります。結局、彼女はその私に連絡をくれなくなった頃から容体が悪化していたらしく、亡くなってしまいました。団体予約の事に関わっていると、あの頃の事をよく思い出します。悪戦苦闘したわりに、チケットは最後に一枚だけどうしても余ってしまって、泣く泣く貧乏な私が引き取ったんですが後に彼女が亡くなったと聞かされた時に、そうかこれはあの子の分だったのかと思いました。本当に色々な偶然と勘違いのせいで一枚だけ余ってしまったんですよ。そういう事ってあるもんですね。
さて。さてと言ってもなかなか切り替わりにくい話から始まりました本日のDiary。えー、さて。さて…何にしようかな。そうそう。内海光司の髪ですが、長いですね。ラブジュニでは切っている様に見えるけど、アイオンのロン毛ぶりには思わず右手が鋏の形になってしまいますね。ちょきちょきしながらテレビを睨んでいる私はかなり不気味です。
「菊がさね」は時代劇だと思っていたから、ヅラならロン毛は見えないし、しかもヅラの時は大抵みんな髪を切るから、よっしゃ十月はスッキリした内海だ、と思っていたら、チラシの内海はぴっかりしたデコとぺったりしたマイロン毛。助けて。思わず「1月11日に生まれた男の髪を一房持っていると必ず志望校に合格する」というデマを流そうかと思った。三越のライオンに登ったり有名人の表札を盗んだりする奴がいまだにいるくらいだから、誰か一人くらい信じて内海に襲いかかってくれるかも知れない。その際にナイフや鋏だと危ないから、必ず「すきばさみ」で切る事、という条件も加えておこう。皆広めるとよろしい。もしかしたら松岡昌宏が襲われるかも知れないという危険性を孕んではいるが。
ちなみに晃の髪型がね、と嘆いている早苗ちゃんに「何よ! 晃なんていいじゃない、内海の方がひどいのよ!」と言ったら「他人のヅラは良く見える」と言われてしまった。けだし名言である。
ジャニーズ・ヴァリアブル・ジオ(2/26)
衝動的にMDを買ってしまった。さあ内海光司よ。いつでも再々再々デビューをするがいい。出来ればSONY系からが望ましいぞ。
とは言え、ジャニーズ一の歌唱力を誇る男が本格的な歌手活動をしていないこのご時世に、 内海光司のシングルデビューなどを望むのは些かおこがましい気がしないでもない。
大体内海光司が鳴り物入りで 「最高のバラッドを君に…Kohji Uchiumi 待望のソロ活動始動! 今、新しい伝説が始まる!!」などと言いはって山手線全駅にポスターを貼れるわけもない。せいぜいアニメの主題歌か。アニメ声優→挿入歌を歌ってCD化→博品館劇場でミュージカル主演→文化放送でラジオ番組レギュラー→声優界のプリンスとして君臨…が理想であるが、仕方ない。ゲームの主題歌でも我慢しよう。それもちゃんとCD化しないで、そのゲームの中でしか聞けない様な奴でも許そう。その代わり格ゲーでキャラクターボイスもやらせて貰うとしよう(誰と取り引きしているのだ私は)
「行くぜ!」とか「とりゃあっ!」とか言う内海光司。結構嬉しい。おそらくサウンドデータにしてMacのエラー音に使うであろう自分がキライ。しかも「うわっ!」「くそっ!」などとやられた時の声が聞きたくて内海キャラをボコボコにするであろう自分が更にイヤ。折角だから美形のラスボスで、主人公の直情型熱血少年にやられた暁には「道を譲る時が来た様だな…」とか言って死んで欲しい。
いっそキャラボイスは全部ジャニーズが担当したらどうだ。 女の子同士で対戦する格ゲーがあるんだから、 全部男の子しか出てこない格ゲーで、未開拓の消費者をゲット
(その代わり開拓済の男性ユーザーは誰もついてこないだろうが)するのだ。それで内海光司がラスボス。やられた時は「これからはお前達の時代だ…」勝ち台詞は「もう一度ジュニアから出直すんだな」もしくは「まだまだ若いもんには負けん」。
でもそんなゲームが発売されたらおそらく主題歌はV6「FINAL BATTLE」 とかになるんだろう。内海光司の主題歌はどこへ。
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