さらばDiary
君の為にできること
今回は公開御返事道場である。このホームページをいつも見て下さっている方から「今までの、そしてこれからの内海光司の扱われ方についてどう思いますか?」という深遠なる質問を頂いた、その御返事である。
彼女とていきなりそんな禅問答みたいな事が聞きたかったわけではない。要するに最近の内海光司の仕事ぶりと、他のメンバーやタレントの仕事ぶりを比較するにつけ、内海光司は不等な評価を受けている様で我慢がならないが、そこのところをどう思うか、という御質問なわけである。
何だか深い質問なのでかなり長く悩んでしまった。ちょうど訃報が届いたばかりであるが遠藤周作の小説で、人生の晩年に突如天啓の如く「今までの自分の人生は間違っていた!」と気づいてしまう男が出てくるが、思わずそれを思い出してしまった。ここで今までの内海光司の仕事ぶりが全く満足のいかないものであり、十年間もその境遇に甘んじてきたとすればそれこそ「私の人生は間違っていた!」事になるからである。
しかしながら、振り返ってみるにつけ、内海光司というのはわりと恵まれたお仕事をしてきた様に思う。ドラマも舞台も全て王道。レギュラー番組がなかった事が殆どない、というのはメンバー中でも内海だけだろう。ファッションで言うならカチンコチンのイングリッシュ・トラディショナルといった感じである。よそのパンクスーツの人やレゲエファッションの人達から比べると、内海光司は大切に育てられた良家の子息といった趣がある。
こうして思い返してみても「やらなければ良かった」と思うお仕事というのはない。どれも思い返してみればいいところもある仕事ばかりだ。せいぜい「魔の季節」が「やらなくても良かった」様な気もするが、あれも放映当時は毎週楽しみに見ていたわけだし、第一あれが将来の「もう一度家族」へのステップになったと思えば安いものである。
で、あるから、これまでに関しては、確かにもっともっと盛り立てて貰っても全く結構だったんであるが、不満しかない程不満だったわけではない。で、これからに関してであるが、これはもう彼の成長とそれを認める周囲の評価を期待するしかない。…じれったい。「もっと評価してくれよ、俺こんなに好きなんだよ!」と地団太を踏みたい気持ちはよくわかる。よくわかるから、慢性的「内海光司にお仕事が来ない苛々症候群」の皆様にはその処方箋をご紹介しよう。
まず第一は「健全な精神は健全な肉体に宿る」という先人の知恵を利用する事である。悶々とする精神の鬱屈を、肉体で行動する事によって晴らす。人これを昇華という。「どうしてお仕事が来ないの!!」というイライラを、自ら動く事によって解消するのだ。来ないなら、取ってきて見せましょうホトトギス。
内海光司の記事が掲載された雑誌のアンケートを出す事は勿論、可能性がありそうな女性誌のアンケートには片っ端から内海光司について書きまくる。懸賞も当たってお得だネ。私などはこれでテレカ、エムカ、図書カ−ド、ファミコンカセット、時計、ドライヤーなど数々のグッズを手に入れた。一番驚いたのが家に「小学五年生様より、あらいぐま」という宅急便の不在通知が入っていた時であろうか。あらいぐまのぬいぐるみだったんだけど。
雑誌同様、出演したテレビ番組にも感想のハガキを送る。そしてメンバーや事務所のタレントが出た番組もワクとして期待出来る。すかさずハガキだ。「○○君がゲストの回、とっても面白かったです。今度は内海光司君をゲスト出演させて下さい。彼のキャラクターならきっと楽しく番組を盛り上げてくれると期待してます」などと書いて「○○番組担当者様」でポストイン(ちなみにこれをやり続けると、番組の観覧希望者が足りない時に呼び出されてしまう事がある)最近は便利なもので各局インターネットで感想を送れるから、経費もグッと安くて済む。
そして手を変え品を変え名前を変え、ジャニーズ事務所にもハガキだ。「ファンクラブ作って下さい」「ソロコンサートやって下さい」別に作って欲しくなくともやって欲しくなくとも構わない。内海光司ファンが健在であることをせっせとアピールし続けるのである。ファンレターも大事だ。勿論内海に読ませるわけではない。途中で開封する事務所のお姉さんに宛てる気持ちでしたためる。これもやりすぎると本人から御返事が来てしまうが、それは余祿として有難く受け取るが良い。
署名。これもいっぱいやった。うんざりするくらいやったが、実はこれは報われたためしがないのでお勧めはしない。
また、これは基本的な事だが、内海光司ファンである事を隠すなどはもっての他である。一族郎党下人に至るまで、声を大にして「内海光司ファンだ」と主張する事が肝要である。そうすれば意外な情報が手に入る事もあるし、どこかの偉い人まで「内海光司ファンがいる」という事が伝わるかも知れない。ちなみに私はかつて思い詰めるあまり「もし近所だったらお近づきになろう…」と芸能界紳士録で皇さんの住所を調べた事がある(笑)ちなみに全然近所ではなかったので未だに皇家との交流はない。
ここまでやれば内海光司を恨んでいる暇などない。「私がしっかりしなくちゃ!」などとすっかりおふくろさんの気持ちになれるので昇華完了である。
そしてあなたが今いる場所で上り詰める事も、彼の為であると思い昇華の一環にするべきだ。あなたがテレビ局に勤めているなら話は早い。さっさと出世してディレクターになればいいわけだが、「えっ、私なんてマスコミ業界とは無縁のただのタワシ職人なのに」と思ってもそこで投げてはいけない。タワシ職人なら日本一のタワシ職人となるのだ。そして日本伝統工芸文化の一大柱となるのである。もし地元の新聞がインタビューに来たら「ここまで来られたのも内海光司のおかげです」と答えよう。園遊会に招待されたら、両陛下に「内海光司のコンサートに一度お出まし下さいませ」と奏上申し上げるのも良かろう。来ないとは思うけど。
OLなら日本一のOLになれ。主婦なら我が子を子タレにして、一躍スターダムに押し上げ「光司お兄ちゃんみたいになりたい!」と九官鳥の様に叫ばせ続けろ。宗教に入って上り詰め、内海光司を学会員のイメージキャラクターに推奨しろ。腕に覚えのある者は人気漫画家となって内海をモデルとした作品を描き続け、ドラマ化の際は内海光司以外の人間には決して主演を承諾させるな。絵が描けないなら小説だ。サントリーミステリー大賞を狙えば必ずドラマ化だ。SFとファンタジーは間違っても描くな。時代劇はいいぞ。
何よりも、あなたがイイ女になる事が一番内海光司の株を上げると思う事だ。江角マキ子が「理想の男性?内海光司さんです。あんな素敵な人が恋人だったら最高ですね」と言ったなら、世間の評価も「おっ、内海光司って意外と凄い奴かも知れない」と上がる事だろう。「あの人が惚れてるんだから凄い男」だと思わせる事である。
ま、ここまで言って何だが、所詮内海光司は他人である。他人の人生にあまり自分のマイナスのエネルギーを使わない事だ。会った事もない男の為にストレスを貯めるなんてもっての他である。私は常に「彼等」は「薬」であると言っている。ビタミン剤でありカンフル剤である。だが決して麻薬であってはならない。私達の生活はまず私達が中心でなければいけないわけで、彼等に合わせる程溺れてはいけないのだ。(10/3)
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宿題です
ところで最初にお断りしておくと、私は10/4〜10/16まで海外出張になるので、このホームページの更新が出来ません。17日以降頑張って更新するので暫くお休みとさせて頂きますので悪しからず。国内ならPOWER
BOOKを担いで出かけるところだが、海外まで苦労して担いでいって、ホテルのモジュラージャックが全て埋込式だったら目もあてられない(大体そこまで苦労して更新するほどのものだろうか…我ながら…)
そこで、出かける前に皆さんに宿題を出して行く。久々のアンケート【バーチャル企画!土曜夜9時日本テレビ・内海光司主演作品大募集】である。あの「金田一」「銀狼怪奇ファイル」「ザ・シェフ」「透明人間」など、多数のジャニーズドラマを生み出したあのワクで、もし内海光司が主演でドラマを作るとしたら?原作付もよし、オリジナル設定を考えてもよし、共演者や主題歌、ロケ地など微に入り細に入り妄想を働かせて頂きたい。考えている間は楽しいぞ。不意にむなしくなるけどな。
そうですねえ。私はヒロ君には夢を持っているのでいくらでも思いつくんですが。「金田一」の明智警視はぜひぜひヒロ君にやって欲しかった(そして剣持のオッサンを内海にやらせたかった…20巻の「警察の者ですよ」を絶対内海とヒロ君でやって欲しかった。しくしく)「イタズラなKISS」の入江君もヒロ君が良かった。「マダムとミスター」のバトラーもヒロ君にやって欲しい(…それは外人だよ…)という人間なのですが。内海だと何にしようかなあ。
このホームページを作る途中の段階でポシャッた企画の中で、内海光司の架空のドラマが「現在放映されているもの」として毎週感想をアップし、訪問者からも話を合わせて貰って嘘八百のレポートを募集する、というのがあったが(ポシャッた理由は勿論、むなしいからだ)その時そのドラマの原作として選んだのは安孫子武丸氏原作の「人形はこたつで推理する」シリーズだった。これの主人公の朝永さんというのは、そこそこのハンサムというビジュアルと、情けないところが何とも内海であった。
原作を読んでいない方にはややネタバレであるが、天才腹話術師の朝永さんはガールフレンド(ちなみに保母さん)の睦月ちゃんとともに次々と事件に巻き込まれていく。それを見事な推理で解決していくのが朝永の操る人形の「鞠夫」、勿論人形が生きているわけではなくて、鞠夫は朝永さんのもう一つの人格として存在している。朝永本人が気づかない些細なヒントを、もう一つの人格である鞠夫は目ざとく見つけて明解な推理を披露するわけである。どっちがパクったのか(作品としては安孫子氏の方が先に出版されたが)それとも偶然の一致か知らないが、ジャンプコミックスの「あやつり右近」に大変似ている設定である。私は本当は右近くんの方をやって欲しかったのだが、そう言ったら色々な人にいっぱい殴られたので朝永さんで諦める事にした次第である。
今までの劇画的原作に比べるとストーリーがやや地味な上に主役が内海なので、睦月役にはよっぽど視聴率の取れる女の子を持って来なくてはなるまい。保母さんという役どころと、内海のガールフレンド役という設定から、清潔感のある爽やかな美人を抜擢したいところだ。和久井映美…は無理だろうなああのワクじゃ…。高橋由美子、持田真樹あたりが無難か。
と、まあこの様な妄想をいっぱい考えてメールにて送って下さい。あて先はこちら。では行ってきまーす。(10/4)
メイド・イン・ジャパン
まことにくだらない理由により、予定より早く帰国してしまった。帰ってきた私を待っていたのは、節分豆のかわりに煮干しを撒いた我が家であった。
ワタクシは猫を飼っておるのであるが、この駄猫が、餌をやりに来てくれている有難い、彼にとっては天地創造の神にも等しい恩人に噛み付いて重傷を負わせて篭城。
餌に睡眠薬を混ぜて与えるも効かず、癇癪を起こして暴れまわるのについに消防隊が呼ばれ、大の男五人で取り押さえにかかったが事成らずして援軍が呼ばれ、十人がかりで捕獲。何とか病院に放り込んだけどうるさいから引き取ってくれ……ここまで言われては帰らないわけにはいかない…。
知らせを受けたワタクシはフィレンツェにいたので、慌ててミラノに戻って飛行機に飛び乗って帰ってきたわけだが、列車、飛行機、自分の車…と、これで船にさえ乗っていたら一日で陸海空制覇したのにな、と泥の様に疲れつつちょっと思った。あとヘリとか。
そんなわけで折角内海・東山・森光子・ケロンパ一行と同じイタリア→パリと行く筈が、イタリアだけで帰ってきてしまった。まあお蔭様で行き慣れたイタリアも「ここに光司が来たかも…」と思うとちょっと新鮮で楽しかった。
しかし。ミラノに着く。ホテルへ行くのにタクシーに乗る。アメリカだとリムジンのお迎えをよく見るが、イタリアでは大抵タクシーの様だ。定員は一台につきせいぜい四人。だが各々スーツケースがあるから結局二台に分乗する事になるだろう。やはり光子・東山なのだろうか。そうするとケロンパ・内海なのだろうか。
ホテルに着く。疑惑再燃。ホテルの部屋はエキストラベッドを入れてもせいぜい三人が限度だ。例え四人入れたところで、男女混合四人部屋というのは凄いものがある。体連の合宿じゃないんだから。従って光子東山…いやそうするとケロンピー…キンキン! ちょっとキンキンは何をしているの?!(混乱)
全員個室というのもおかしな話だ。それともスター様は我々とはちょっと違ってホテルは個室が常識だったりするんだろうか。いずれにせよここはケロンパ・光子、東山・内海で丸く納めたいところである。
さて、ケロンパ、光子、東山とくればやはりモンテ・ナポレオーネ通りにお買い物であろう。シャネルやエルメスなど高級ブランドが目白押しのこの通りは、大体いつも日本人でごったがえしている。海外で見る日本人というのはお互い様だがなかなかカッコ良くない。背が小さいのが何より悲しい。で、あるからここを東山が颯爽と歩いていく姿なんてのはちょっといいねと一人微笑むじゃあなであった。
ケロンパはそのブランド好きから、我々から見るとやや過剰であるが、光子はいつも上品で綺麗だ。日本を代表する女優の貫禄もある。群れをなして歩いていく日本のオバサン達とは違って、こちらもきっと素敵に違いない。
しかし、内海。よもや、まさかジャージではあるまい。するとジャケットか。6月であるから意外とTシャツかも知れない。麗しい人々の後ろを、キャップにTシャツにジーンズにでっかいカメラを首からぶら下げて、片手にビデオムービーを構えて、とてとて着いて行く日本人。それじゃアンタカメラ小僧だよ。
見兼ねた同行者が「内海君、あのジャケットいいわよ」とか「おお、あれは内海にぴったりだ」とか「すてきー、光司くーん」などと囃したててかのプラダを買わせたのかも知れないなあ…と、かの地に行ってまで最愛の彼に夢を見られずに帰ってきた次第である。
がんばれ霧ヶ谷
何げなくテレビをつけたらTBSの新番組で「ひとり暮らし」という奴であった。チャンネルを変えようかとぼんやり見ていたら、高橋克典の後ろに霧ヶ谷がいた。何故、今ここに霧ヶ谷。大地くんはどこ。トリップしている場合ではない。あの忘れようもない顔は、まさしく一也である。眼鏡をかけると今でも霧ヶ谷なのだなあ。偶然出会えた事が嬉しくて、にこにこしながら一時間見てしまった。
一也は、今は高橋和也と言う。ただ個人的には「一也」という字の方が彼の一本気な性格に似合っていたと思う。男闘呼組が事実上解散してしまってからこれで何年になるのか。
ジャニーズファミリーと一口に言うが、誰と誰がファミリーであるかという基準はファン一人一人によって違うだろう。好きになったアイドルによって変わると言ってもいい。KinkiのファンならばファミリーはSMAPとTOKIO、カミセンあたりだろうか。少年隊ファンならそのピラミッドはマッチから始まる。そして私にとってのジャニーズファミリーとは、少年隊、中村繁之、光GENJI、男闘呼組、少年忍者であった(…なんだか丁度下積み長い人だけ寄せ集めた様なファミリーであるが…ほぼ全員「仮面舞踏会」のバックにいた様な…)
Kinkiやカミセンも可愛い。もっと内海に懐いてくれればなお言う事はない。だけどその可愛さと、ファミリーと呼んだ20人とは愛着の深さが違う(この数字、微妙ですが、忍者に中村ノブを入れないで勘定しています。やはり彼はCHA-CHAとして評価されるべきでしょう。嫌いじゃないけど)彼等は戦友でありクラスメイトであり、また自分の子供か教え子の様な責任感と親近感さえ感じるのである。守備範囲外だと思いつつも動向を気にしてしまうし、出来る限り応援してあげたいと思う。それは樹生やヒロ君は勿論、耕陽やシゲちゃんでも同じ事だ。その比重の違いこそあれ、みんな可愛いと思っている。
一也は事務所を出て、アッカーマンの家のプールで泳いだ後、舞台やVシネマ、最近では映画にも出演して地道に着実に活動してきた。「このままチンピラ専門役者になっちゃうのかなあ」とも思っていたが、いきなりメジャードラマに進出ではないか。一也偉い! よく頑張った! 「ひとり暮らし」の次のワクでは、かつて彼に心酔していた木村拓哉が主役の一人である。木村の人気は勿論木村のものだ。木村だって頑張っている。だけど、身内贔屓と言われようと、一也のレギュラーは木村の主役と比べても同じかそれ以上の重みがあると思う。一也は一人でよく頑張った。先生はとてもとても嬉しいぞ。
今、渋谷のハチ公前交差点からは「ひとり暮らし」の大きな垂れ幕が見える。一也の名前は常盤貴子、高橋克典、永作博美らに続いて四番目か五番目に大きく書かれている。それは今になってもまだどこか馴染めない「高橋和也」の名前であるが、それを見る度に私はちょっと誇らしい気分になる。「うちの子も立派になって」という気持ちだ。手がかかって困っていた悪童が、立派になってスーツを着て挨拶に来たような心境である。そんな心境になった事はないけど。
一也はこんなに頑張ったぞ。昭次も、耕陽も、みんな頑張って、そして先生にスラブ・ボーイズの第二章を見せておくれ。事務所を出た人達は勿論、残っている人達もみんな一生懸命頑張りなさい。君達がステージの上で綺羅星の如く輝いていた時代はもはや終わった。だけど先生はずっと君達を見てるよ。(10/13)
カーテンコール
ところで京都にジャニーズの劇場が出来るという。私が高校の頃からあった噂だから息の長い真ネタだと言えよう。確かにテレビ界をジャニーズがジャックするよりも、自分達で公演をした方がお金は儲かるだろう。それに365日も公演をするなら、メジャーなメディアではなかなか使えない人材も活用出来て、骨の髄までオイシイという感じだ。つまり姥捨山という意味なんだが。
しかし、この企画はそもそも宝塚をお手本にしたに相違ないが、本家本元の宝塚というのは全国から大学よりも狭き門を通って、難関を突破したエリート達がさらに専門過程を経てようやくステージにあがる、切磋琢磨の本格派である。歌やダンスは折り紙付きだし、お行儀のいい事といったらただ事ではない。それに比べるとどうもこちらは見劣りがする。果たして人はスター性だけで365日着いてくるものだろうか。
まあともあれ、PLAYZONEのビデオを見返しても思うのは、私のあのカーテンコールという奴が大好きなんである。あの共演者がさっと手をあげて、続くキャストを迎え入れるアレだ。勿論最後に内海光司が颯爽と登場してくれるのが一番望ましいが、この際途中でもいい。宝塚劇場では滅多にお目にかかれないこの演出を、ぜひ一度なりと京都で拝みたいと思う次第である。
大体このサイトの「TEA for TWO」にしてからが、私は内海の出演作品というだけならば「たそや行燈」の方が好きなんである。しかし、「内海光司私設後援会・たそや倶楽部」というのも何だかなあと思ったのもさる事ながら、「二人でお茶を」にはカーテンコールがあった!というそれだけの理由でこのタイトルを起用したんである。
初日、内海光司が歌い出した瞬間、会場が爆笑したという恐ろしい記憶をふり捨ててもこの舞台を愛するのは、ひとえにカーテンコールのソロダンス、そしてキャスト中央に立つ内海光司、という夢の様な記憶ゆえである。
ぜひぜひ京都の劇場とやらでは、演目一律キャスト手招きカーテンコール方式でお願いしたい。そして是非中央近くに内海光司を! でもその後に来るのが少年隊なら文句は言わないけど。
あと私はブロードウエイでミュージカルを見る度に、キャストが最後にオーケストラピットを指さすのが大好きなのだ。日本だと手を掲げて紹介するが、向こうだとそれまでおしとやかなお姫様だったり、老人だったりしたキャストがヤンキーらしくピッと指さすのがこれまたカッコイイのだ。ジャニーズの作る劇場にオケスペがあると思う方がおかしいかも知れないが…これもまた夢の一つである。(10/16)
おかめはちもく
11月号のMacUserのCD-ROMに収録されているフリーウエア「おかめマスコット」が、最高に可愛い。おかめインコのマスコットがトコトコ歩いたり飛んだり、そこらへんをつついたりするのだ。うちのデスクトップマシンは寛之という名前なので、何としてもこの白おかめインコのマスコットをインストールせねばなるまい! と勢い込んで入れたみたわけだが、いやーんもう可愛い。こうやってエディタで打ち込んでいても、このウインドの後ろにはあの愛らしいおかめ寛之がと思うとちょっと気が気ではない。Macユーザーの方は是非お試しあれ。
で、おかめ寛之はともかくとして、最近愛らしさとは無縁の男・内海光司。今一つイケていない。ワイドショーで森光子に「お、おめでとうございます」などと頭を下げた彼を見た時は「あらっ、どうしてストリートファイターのダルシムがここに?」と不思議になった程だ。
愛ラブジュニアなんぞという、若者の殿堂、ついに柳沢超のいない世界で、番組最長老となってしまった彼は、ともかく一人でイケていない。ダルシム。いつ火を噴き出すかと気が気ではない。
色が黒いか髪が長いかどっちかにして頂きたいものだが、まずもみあげを何とかする事から始めようではないか。内海光司が何を目指しているのかはよくわかる。「さよならゲーム」のシングルジャケットを見た時は、すわ内海光司ソロデビューかと思ってしまった程だ。かつて美容院にトシちゃんの写真を持って行って「これとおんなじにして下さい」と言った男だから、今でも美容院にハマショーの写真を持って行って「このスタイルでビシッとキメて下さい」などとのたまったのかも知れない。美容師、どうして止めてくれなかったのか。
たかね師匠がお留守だと思うとさすがのじゃあなにも自立心が芽生えるらしく、今月号などは載っていそうもないジュノンをわざわざチェックしてみたが、表紙の「男は顔だ!」というタイトルからしてもう駄目だという感じである。しかし載っていたよ、タレント名鑑に。そして『単行本「HAPPY!」が97年1月に発売』などと書いてあった。そりゃもう出たよジュノン。主婦と生活社もダルシムの情報までは細かくチェック出来なかったという事だろうか。そうだろうな。
ダルシムダルシムと言っていたら何だか愛着が沸いてしまったのか、今日近所の子供にダルシムのシールを貰って思わず喜んでしまった。内海だと思うとダルシムも可愛い。しかしどうして本物の内海にはここまで寛大になれないのか我が事ながら不思議だ。
一緒に暮らそう
しかし浜田省吾「さよならゲーム」のジャケットは内海に見える。思わず購入してしまった。
私はどちらかと言うと、浜省よりも尾崎の世代である。であるから浜省というのは「内海が死ぬほど惚れている男」というイメージしかない。自然、「ああ、光司はこんな歌詞にうっとりなのね」とか「ここのシャウトで光司はしびれるのね」などといった聞き方しか出来ない。
内海光司は浜省が大好きらしい。浜省仲間の遠ちゃんと二人で、黒のタンクトップにジーンズ(これが浜省ファンの制服らしい)でコンサートに拳を振り上げに行くらしい。何せ彼が生まれて初めて浜省に会って言った言葉が「今日は浜田さんのコンサートで心も体も熱くなりました」というのだから驚きだ。しかも15や16の時ではない。20をとうに過ぎてからの事である。ちなみにその爆弾告白に浜省はどうしたのか。内海本人の弁によれば「力強く頷いてくれた」との事だが、ひっくりかえりそうになったのを踏ん張っただけではないのか。
ともあれ「さよならゲーム」もまた、内海の心も体も熱くしてくれそうな曲である(もしかして通には何か一家言あるのかも知れないけど)今の男っぽい内海で歌ってくれたらカッコイイだろうなあとちょっと夢を見る。「俺の部屋で暮らさないか」なんてドラマでも言わないからうっとりしちゃうなあ。うっとり。内海の部屋で暮らしたらMacが2台になっちゃうなあ。ネットワークでつなごうかなあ。そんな事どうでもいいんだけど。
「本気だぜ」「無理やり休暇とって旅に出ないか」うーんワイルドだ。光司ったら強引。もう浜省の立場も内海の立場もなく勝手に夢を見ている。休暇か。内海だったらセコく「無理やり代休とって旅に出ないか」とか言いそうだな。
「俺と生きてみないか」ドラマでもいいからこんな台詞を言ってくれないかなあ。大体彼の十八番「本気さBABY」でも、私が一番好きな歌詞は「ちゃんと惚れているよ」である。「惚れる」ひゅー。カッコイイなあ男っぽい内海。「結婚しよう!」ばっかりでなく、どうせプロポーズするならこのくらいカッコイイ台詞を言って頂きたいものである。
ところで「俺と生きてみないか」と言われても私の人生下半期今のところ内海光司 一色である。一方的に君と生きているのだから、今さら生きてみないかと言われても困る。
大体万が一にでも私が内海光司と生活した場合、内海が稼いできた収入を内海光司のコンサ ートで使ってしまっては、まったく社会的生産活動に貢献しないではないか。社会の一員た
る者そんな事ではいけない様な気がする。(10/25)
MASK'97
出張で一泊金沢に行ってきた。食べ物が美味しかったので大変いいところだった。是非プライベートで出かけてみたいものである。
ま、それはともかく、帰ってきたら「MASK」の再演が話題になっている。いくら上演権を一度獲得したからって 、なにも「MASK」でなくってもという気もする。松竹。
だってどうすんだよ。例えばトニセンがやるなら「俺達の夢、V6、その最後の舞台だ…」とか言って坂本がバー飛び越えるんだろうか。最後の舞台ったって君達デビューしたばっかりなんじゃ…。これがKinkiやJrなら「デビューしてないんじゃ…」という事になる。すると、一番この舞台に相応しいのは忍者だろうか。
ノブが(やはり顔が同じな以上この役はノブに行くだろう)不治の病で、正木がそれを知りストーンウエルに移籍。「これ以上忍者の活動を続けて、あいつの体に負担をかけたくないんだ」おい正木、今の活動内容じゃちっとも負担にならないぞ。名鉄劇場で頑張る彼の許に超が来て「もう一度一緒にやろう」ともちかける。楽屋で踊る二人。踊るなよ。下、畳だろ。
そうこうするうちに正木の舞台の共演者の中になんと高木が。「橋田先生に頼んで俺も出して貰ったんだ!」やはり声の出演で石井ふく子あたりが出てくるのかも知れない。劇中劇・「かたき同士」何だかなあ。
病室で静かに流れるピアノのメロディー・「お祭り忍者」。「双眼鏡の事は、ふたござ。脚立の事は、こたつ。お前、前に言ってたっけ…お前、最後の最後までバカだったな…」呟く遠ちゃん。ここにしか出番がない。すまない。「…目を開けろよ高木!!」ジリリリリリ…。
ここでやっぱり「ニューヨークニューヨーク!」と言って錦織が駆け出して来ないと気が済まない。目が醒めるとジャニーズの合宿所。バスローブで飛び込んできて、忍者を叩き起こす錦織。東山が駆け込んできて「おい始まるぞ!MASKの舞台!」「やばい!!」しまった植草もどこかに出そう。そうだ「やばい!」の後に植草がハリボテの車で来て「おいお前たちお前たち! 乗ってくか?」「勿論!」で青山劇場へしゅっぱーつ!「車に乗ーるならっ、勿論っ、大型っ」後ろを必死で走る三輪車の錦織。…結構楽しそうだな。いいな。
と、まるで冗談の様であるが。しかし誰がやったって冗談になっちまうのだ。 だったらいっそここまでやって欲しいものである。
「MASK」というのは少年隊の為だけの舞台だ。それでも十分惜しいけれど 、どうしてもやりたいと言うのなら「AGAIN」や「カプリッチョ」にすれば いい。「MASK」では、やられる少年隊やそのファンもさる事ながら、やる方
が一番バカみたいだ。内容的にもバカみたいだし、難しい楽曲が多いから比べられると気の毒である。 うーん、凄く惜しい。もうとっても惜しいけど仕方ない! 涙を呑んで「MOON」をあげよう! 誰だか知らないがあの名作をもう一度演じたまえ。我々は喜んで応援しよう。
どうしても何がなんでも「MASK」だと言うのなら、必ず日生劇場月岡夢路バージョンにしてくれ。「いつまでもジャニーズって、素敵じゃないこと?」とあの高木ブーの雷様みたいな天使と一緒に夢路ママが微笑まなくちゃ気が済まない。
ところで内海光司であるが、どうしても出してくれるというのなら、ニューヨークで「ヘーイニッキ!」と言って消えるあの外人がいい。そう言えばニューヨークに言っても忍者がステージにいて可笑しかったな、初演の「MASK」。(10/30)