ダークグリーン(7/27)
元々初恋のお方(大教授ビアス様)だが最近「ケロロ軍曹」の伍長可愛さとあいまって愛が再燃している。今の私の携帯の着声は中田譲治様の土方歳三ボイスで「メールが届いている様だが。…見ないのか?」である。メールが届くたびに「え、そんな、見るけど、いやん、その」と一人でもじもじしていて危ないながらもシアワセだ。みんなどんどん私の携帯にメールを送ってくれ。勤務時間外に。(昼間はマナーモードだもんね…)
今は着声もCDやら何やら音源から自分で作れるらしいが、どれだけ脳内データベースを探っても内海光司の口から「メール」という言葉を聞いた覚えがない。言った事はあるのかも知れないが、少なくとも思い当たる様なメディアには残っていない。「メール、届いたよ」とかそういう都合のいい内海の台詞…。ふっ、ないわね。彼が活発に活動していた5〜6年前(今、自分で真実を暴きすぎてちょっと心臓が痛い)には「メール」なんて言葉はそんなに使われなかったんだもの。「ケータイ」も危ないところだ。多分…持っているとは思うけど…(心臓が…)。大体、内海光司の声で「メール、届いたよ」なんて言われても「お前からは来ないガナー」と毎回腹が立ちそうである。彼からの最後のメールは年賀メール(しかも相当遅れた)ではなかったか。暑中見舞いは来ないんだろうか。
いや。もしかしたら内海光司はそれどころではないのかも知れない。最近、テレビにも出ない、プライベートな情報は元々出ない彼の目撃談が、ゲストブックに続々と寄せられている。彼は今でも活躍中なのだ。「夢の中で」。
白昼夢ではなく、ヤツはレム睡眠中に現れるらしい。しかも恐ろしいのが、現役ファンだけでなく、ずーっと昔にファンで、最近彼の事を忘れかけていた様な人の夢にも登場するらしい。佐々木淳子の漫画で「ダークグリーン」というのがあるのだが、これは全世界の人がひとつの共通した夢=Rドリームというのを体験するという物語だ。昼は普通の世界で生活して、夜、眠ると異世界で「侵略者ゼル」と戦う冒険を繰り広げる事になる。もしや人類はRドリームを体験しているのでは。Rドリームの中では何人か有名人が出てくるのだが(ネットアイドルとかはてな貴族みたいなもんか?)勇者リュオンや戦士ホクトに並んで、内海光司も今絶賛売り出し中なのだろうか。…夢の中で。
仕事をしない、メールも寄越さない、と私たちがふくれている時、内海光司は世界の為にRドリームでゼルと戦っているのかも知れない…ただ単に「おじいちゃん夢枕に立って何か言いたげだった」と考えるよりは少しカッコイイかも知れない…っていうかおじいちゃんホントに大丈夫?! やっぱり生存確認に暑中見舞いを下さい!! 虫の知らせではなく。

カケルといっしょ。
リリーフエース(7/15)
前厄にふさわしくあちこち故障中である。この機械の身体もいい加減旧式なのだから仕方がない。
沖縄から帰ってきた私は世間のブームに一足遅れて五月病に罹患していた。普通の人は連休が終わると「ああ〜もう休みがない〜」と思ってずんと落ち込むものらしいが、元々もゴールデンウィークのなかった私は楽しみにしていた沖縄旅行がなくなったところでドスンと来たらしい。
せめて南国の思い出に浸ろうと、お土産に自宅に送っていたマンゴーを朝晩食べていたらジンマシンが大量発生。マンゴーというのは、かなり強力なアレルゲンとなるらしい。知らなかった。かゆい。
カユイ中にも膝が痛い。なんだこりゃ。やぱいくらい痛いぞと思ったら、靱帯炎だそうである。理由は不明だが、まあ私の場合立ち仕事なので、脚部パーツは壊れやすいのだろう。
と、ここまで来るともはやパターンとして、私の弱り目、祟り目の時期には必ずヤツがやって来る。そう、かっぽれの発表会である。異動と引っ越しに名取り試験、〆切前には発表会…と、人が「踊ってる場合じゃないよ」という時に限ってヤツはやってくる。今度は道場の十五周年記念会である。
靱帯炎の治療にあたり、私の通院しているのは、元々スポーツ外来に力を入れているクリニックなので、8月になるとスタッフがこぞってアテネに行ってしまう様なプロ仕様のところである。ハッキリ言って場違いである。フェラーリをメンテナンスする工場に、オート三輪を持ち込んでいる様なものであるが、さすが医は仁術。ドクターもトレーナーも文句も言わず看てくれる。
だが何しろ、本職のコマンドーを相手にしている人たちなので、感覚がちょっと一般とずれている。「痛いんですけど、運動は控えた方がいいんでしょうか」「テーピングをしておきますから、これで頑張ってみてください」いや、頑張りたくない。絶対安静です。移動も出来るだけタクシーにして下さいとか、そのくらい言って欲しい。
「あの…かっぽれはどうでしょう。ええと、ご存じないと思いますけど、あの、踊りで…」「ああ! はいはい、わかりますよ」若いに似合わず珍しい事を知っている人だと感心したが、別段ドクターストップをかけてくれる様子もない。ちっ、と思いつつ、超音波治療などを受けていると、先生は呑気な事を言い出す。「あれは向こうの音楽に合わせて踊るんですよねえ」向こうも何も、かっぽれは日本の伝統芸能である。私が困惑気味にそう言うと、破顔一笑。「ああ! カポエラと間違えてました!」…カポエラを止めてくれないんだから、かっぽれなんか止めてもくれないよな…とますます膝の痛みが増した。
ちなみにかっぽれの先生に靱帯炎を訴えたところ「私なんて片脚の靱帯は全部切れてる」と頼もしいお返事が。「踊ってる最中にも膝が外れるから、そのたび踊りながら直してる。手術すると半年は踊れないって言われたから、筋肉だけで支えてこのままいこうと思う」ああ、ここにもコマンドーが。
相変わらず私は涙のかっぽれ人生なのであった。この踊りと芸道に懸けている負担を全て内海光司とかわってあげたい…って言うか替わらせたい…「先生! じゃあなさん踊れません!」「ひ、膝が…。どうしよう、舞台に穴が…」「僕に任せてくれたまえ!」「ああっ、あなたは!」…ごめん、テーピングの下のジンマシンがカユイから、こんな妄想でもして紛らわせるしかないんだ…。
見栄晴
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