さらばDiary


沖縄旅日記(6/24)

沖縄に行って来た(そして帰ってきた)。
出張は多いが観光旅行に行く事は稀な私の稀少なバカンス。ガイドブックを何冊も購入し、しゃかりきコロンブスに仕事を片づけ、いざ! と思ったら台風が反対側から「いざ!」とやって来た…。
前夜まで「飛ばないかも知れない…」と、悶々と台風情報サイトをリロードし続け、当日の羽田でもなお「どうする? 飛ばなかったら」「温泉行く?」と不安がっていたのだが、何とか無事たどりつく事が出来た。
 
予報に反して雨にも降られず、初日の観光予定もサクサクこなした。今帰仁(なきじん)城跡は凄く雰囲気があって良かった。行ったこともないのに万里の長城気分。そしてちょっと宮崎駿気分。
二日目は美ら海(ちゅらうみ)水族館へ。国内最大規模の水族館という事で、これも楽しかった。看板イルカのオキちゃんが出産の為休業中なのが残念だったけど。後に「オキちゃんはピンク色なんですよ。背中とかうっすらピンクがかった凄く珍しいイルカなんです!」と誇らしげに言われて悔しさ倍増。

そして三日目。慣れぬマリンアクティビティに挑戦…。アウトドアに不向きな引きこもりオタク三人で出かけたものだから、最初は「え? 海? 入るの?」「いいよ、めんどくさい」とまで言っていたのだが、周囲の「沖縄に行くのに海に入らないなんて!」という冷たい視線に耐えかねて渋々水着を購入。スポーツクラブ用じゃないファッション水着を購入するなんて、何年ぶりかしらねえ…しぶしぶ。で、頭に丸いドームの様なものをかぶって海底を散策する「シーウォーク」に挑戦。
 
楽しかったので勢いづいて、今度は「シュノーケリングバケーション」なるプログラムに特攻。これは、大型のヨットでポイントまでセーリングを楽しみ、そこでシュノーケリングをしましょう…という企画らしい。ところが台風で、別のマリーナに避難させていたヨットがまだ戻って来ない為、そのかわりにクルーザーでポイントまで行く事になった。
 
好奇心旺盛なまあなちゃんや、アウトドア志向のまあねちゃんのいないこの旅で、私たちがこんなに活発に活動するとは! 「有明じゃない海を見るのは久しぶりだよ」などとのたまい、「もう私たち、ヒッキー返上ね! ただのオタッキーよ!」とはしゃいで「それは後退してるんだよ」と冷たく指摘されても、私たちは自分達の行動力に酔っていた。そして船にも酔っていった。ポイントについた時点でじゃあなさんに残されたHP、わずか。「海に入れば治るに違いない、何しろ母なる海」そう思って果敢にシュノーケリングに挑戦し、波間に浮いてみるも、海はどくのぬまちだった。じゃあなさん、瀕死。一人クルーザーに這い上がり、倒れる。ガイドさんが「大丈夫ですか〜? ポカリとウーロン茶とコーラがありますけど、どれにしますか〜?」と聞いてくれたので、炭酸を飲めばスッキリするだろうとコーラを飲んだところでとどめだった。おおじゃあな、死んでしまうとはなさけない! 「C2じゃねえのかよ…」と呪詛の声をあげたあたりから、意識がない。
悦子が最初に船に乗った時に呟いた「不安になってきた…やはりオタクは陸の上でしか生きられない生き物…」という言葉がしみじみ身に染みる。結局全員船酔いして、その日はそれから一日グラグラだった。

沖縄のリゾートで働いている日焼けした若者達は、みんな、沖縄が好きで、海が好きでたまらないという喜びにあふれている。顔立ちや名前を見ても本土出身者が多い様子で、沖縄に憧れて来て、ここにいられる事が何より幸福だ…という風情である。確かに沖縄は楽しい。人はみんな明るく、気さくで優しい。食べ物も、私はウチナー料理が大好きだ。こんなところで育っていたら、私は全然違う人間になっていたに違いない。学校の鞄に水着を入れて、帰りのバスを飛び降りてクラスメートと海でスポーツに興じる。ブランド品になぞ興味を持たず、日焼けした肌にTシャツとジーンズ、ビーサンでいつもナチュラルなワタシ…と想像の中の小麦色の自分にうっとりしていたのだが、さて、私は沖縄に来る前に読んでいた漫画の続きがとても気になっていた。
 
「結界師」の一巻だけ買って読んだところ、最後に出てきたキャラが北岡先生そっくりで私のタイプではないか。あの先生(実際、職業も学校教師なので先生だった)はそれからも出てくるの? 彼にステキな攻は現れないのかしら? 旅行の間中「本屋があったら入る。漫画買う」とぶつぶつ言っていてチャンスに恵まれなかった私は、ついに国際通りで良さそうな書店を発見した。コミック売場に行くと、冬水社コミックスから筋肉男まで頼もしいラインナップ。地方に売ってないとか言ってごめんなさい、シャレード文庫もちゃんとありました。でも目指す「結界師」はなかったんだけど。
 
で、さっきの話に戻って、「ねえ、私もこの島に生まれてたら、今とは違った人間になってたよね」と小麦色の肌の健康的スポーツ少女バージョンじゃあなさんの夢を打ち明けたら「ならないよ」と即答された。「ならないよ。『どうして冬水社コミックスは発売から三日たたないと入荷しないんですか』とかさっきの本屋さんにねじこむ様なオタクになるんだよ」…だそうだ。言い返せないのはどうしてだろう。
 
土地はかわり、言葉はかわれど、それはそれ…パラルダ…。ささやかに内海光司の話などすれば、彼は握手会で沖縄に来ているのだから、どこかの食堂にサインのひとつも残っていないだろうかと思って、それらしい色紙を見るたびに目を皿のようにして探したのだが見付からなかった。ジャニーズはサインをしないと言われるが、赤坂晃のサインは結構色々なところにあるのだが。




ごきげん。(この後熱射病で倒れる)




SUMMARY(6/9)


「SUMMARY」とかいうミュージカル? を、昔ホワイトシアターだったところでやるらしい。
主演は若い子(もう今の私にとって、タッキー以降はみんな「若い子」。個別認識なし。グループ・ユニット名称不明)で、ジャニーズの歴史を振り返るのだそうだ。
ん? ジャニーズの歴史をミュージカルで振り返る?

再upする為に当時の日記を読み返したから記憶に新しいが、それは1997年の「KYO TO KYO」の時に出た企画ではないか。結局、京都の歴史とジャニーズの歴史を融合させる事が不可能だったのか(私の妄想ではちゃんと作れたのだが…)「KYO TO KYO」は結局、テーマ曲の「ラブラブ京都」(ちょっとタイトルが違う)の時に、何となく祇園祭りっぽい人たちが後ろで踊ってた…というだけで「京都の郷土色を生かし、古都の歴史を十分に堪能できるステージ」という事になったらしい。無理があるが。

で、そのお蔵入りになった「ジャニーズの歴史」部分が、今度の「SUMMARY」で日の目を見るらしい。パパも大概にしつこいと言うか、初志貫徹でご立派と言うか。思えば「ジャニーズ専用の劇場を作る」という構想も、私が高校生の時から噂になっていて、1997年のシアター1200でひとまずの実現を果たした。今度の「ジャニーズの歴史をミュージカルで」は1997年に話題になってからおよそ7年の歳月を経て実現される。パパは一度口にした事はやる人なんだね。命ある限りは。東京ドームお笑いライブをまったく実現させる気もない内海君や、ファンみんなを招待してくれると言ったのにいつまでも私に「ミッキ島」への招待状を送って来ない大沢君とは、人間の器が違うね。

まあ「SUMMARY」はミュージカルというよりは「ショー」「エンターテイメント」らしいので、単にジャニーズのヒット曲を、背景に古い映像なんか流しながら歌っていって、途中PLAYZONEか帝国MASKのワンシーンが折り込まれる程度なんじゃないだろうか。予想。スクリーンで曲に入る手前の芝居が流れて、いざ曲になったら若い子が出てきて歌う。とか。

まさかテレビ局の廊下で郷ひろみが「君、スターになる気はないかい」などとスカウトされたり、錦織が初めて出会った植草の前でバック転してみせて「俺、錦織。よろしくな」などと笑顔をキメてくれる場面はないだろう。って言うか、それをやるなら誰かが「ジャニーさんの役」で登場しないといけない。これは大役だ! ちょっとやそっとのジュニアじゃ出来ないぞ、なんたってジャニーさんの役だもん! えっ? 少年隊はPLAYZONEで忙しい? あっくんと晃も出られない? …ああ、一人、余ってますね。歳をとっていて、ジャニーさんとのつきあいも長くて、暇な人。

この夏、内海光司はジャニーさんの役で、「ユー、なってないね!」とか「もしもしジャニーだけどユー誰?」とかいう芝居を見せてくれるかも知れない。ある意味WSストーリーのトニー以上の大役かも。でもそれって演技指導どうするんだろう。「もっとジャニーさんの心になりきって!」「ジャニーさんらしく踊れ!」彼は昨年からの潜伏期間の間、ずっとジャニーさんになりきる為に、紅天女の里か何かで修行をしているのかも知れないな。





伝説の番組(6/6)


「キスした?SMAP」が復活だそうである。

オブザーバーの意見としては、「キスした?SMAP」は中居正広の初司会番組という事で記念碑的存在らしいが、実際は「ヤンヤンもぎたて族」(面白いタイトルだった…)「学園キッズ」「愛ラブSMAP」とテレ東の似たような枠で似たような事をしていたのが、朝日放送に移って、やっぱり似たような事になった番組…というイメージがある(いや、ファンにとっては違うのかも知れないが)。
SMAPの初のアタリバラエティは「夢がMORIMORI」の方だろう。なんで今さら「キスした?SMAP」? という気がする。同じ朝日系列なら、アイドル共和国か桜っ子クラブを復活させてくれればいいものを…と、都合良く自分の導き出したい答の方に論点を引きずっていくわけだが。

桜っ子クラブは今にして思えば豪華な番組だった。SMAPとTOKIOと菅野美穂と中谷美紀をレギュラーにした番組なんてもう作れないだろう。 中谷美紀は「隣りのマブ子ちゃん大賞」というキョーレツな賞を受賞してメンバー入りしたのだが(「あなたの周囲の可愛い子をさくら組に推薦して下さい」という主旨の企画だった。中谷美紀は後にユニットを組む東恵子ちゃんとともに「電車の中でいつも見かける可愛い子」という推薦で出てきたが、どう考えてもツクリだった)当時から浮ついたところのない、クールな女の子だった。
菅野美穂は中学生でレギュラー入りしたので、最初から明るく元気で怖いもの知らずのキャラクターだった。オーディションの時の特技披露は「座り歩き」。座ったまま、ぺたぺたぺたーっと歩くのだが、今でもあれは出来るのだろうか。
セーラームーンミュージカルの初代セーラームーン役として「セラミュー」の基礎を築いた大山アンザは、近々「ミス・サイゴン」に出演する。バンド活動もしているらしいが、ミュージカルの世界では実力派の若手として頑張っているみたいだ。立派だ。
比較的後半にメンバー入りして、おっとりして目立たない子だったのに新春のライブでいきなりソロで歌い出して、その思わぬ歌唱力で視聴者を驚かせた春原由紀ちゃん(現・春原佑紀)とか、メインメンバーとして活躍し、留学を経て最近また注目を浴びてきた加藤紀子ちゃんとか。SMAPとTOKIOは言わずもがな。

そんな輝いた桜っ子クラブだが、司会の二人はと言えば、一人は「マネーの虎」から「一ヶ月一万円生活」という、芸能人生命の片道切符を握りしめて後戻りの出来ないレールを暴走中。もう一人はファンですら動向を掴めず、トイレの花子さんよりも謎めいた存在と成り果てている。 桜っ子クラブ復活に際して、SMAP・TOKIOと人気女優二人のギャラを支払うより、元さくら組を探すより、内海光司を発見する事の方が難しいかも知れない…。

いや、きっと一ヶ月一万円生活の人が草の根分けても探し出してくれるかも! 「内海ーっ、どこやーっ、ウチウミー?!」「内海ーっ、出てきてくれー、あと230円しかないんやー!!」あっ、そっちの企画も続行中なんですか。すみません、番組は北海道から中継でお願いします。



えへ。


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